第67話 神様と神界②
白。
どこまでも白い空間に、私は在った。
ここは、人間たちの言葉で言うところの神界だ。人間たちの住む下界とは、隔絶した空間。神々の在るべき場所。より正確に言うなら、その中の私だけの私的な空間だ。神界における私の部屋と言ってもいいかもしれない。
私の目の前には、四角く平面的に切り取られた闇がある。一見、真っ黒に塗り潰された絵画のようにも見えるが、よく見れば、闇の濃淡で描かれているものがあり、その何かは、微かな動きを見せていた。これは絵画の類ではない。強いて言うなら、映像が近いかな。正確には神の目だ。
下界のありとあらゆる場所を、それこそ、人間たちが必死になって構築した対防諜の魔法や設備をあざ笑うかのように、下界の全てを見通すことが出来る神の目。
神の目に映し出されるのは、なにも物質だけではない。精霊を始め、人には不可知の存在や、大地を巡るマナの息吹き、見ようと思えば、人の精神体や、人の思考なども読める。
私が、そんな神の目で見ているのは、タルベナーレに在る、とある館の一室だ。その一室を俯瞰するような視点で眺めている。
もう夜も遅い時間。とっくに消灯した後だ。部屋には、窓から差し込む微かな月明りくらいしか光源がない。それで、目の前には真っ暗な四角く切り取られた闇が広がっているという訳だ。
まぁ闇を見通すなど、神である私には容易いことだ。今もしっかり見えている。いや、診えているというべきかな。
切り取られた四角い闇の中に映し出されているのは、ベッドで眠る2人の少女だ。1人は微かな月明りに銀に輝く髪の持ち主。私が使っている肉の体。ルーだ。もう1人は、色素の薄くピンク色に見えるストロベリーブロンドの髪の持ち主。背丈や体型は、ルーによく似ている。小柄な痩せ型の人影。ミレイユだ。
2人は今日もお互いに向き合って、手を繋いで寝ていた。そこだけ見れば、なんとも微笑ましい光景だね。実際には、2人の近くには脱ぎ捨てられた服が散乱しており、2人とも裸だ。明らかに情事の後だと察せられる。まぁ仲良きことは美しきかなということにしておこう。
どうも私はルーの体に入ると感情の抑制が上手く出来なくなってしまう傾向があるな。言ってしまえば、欲に流されやすくなってしまっている。下界に降臨する時には、ハーレムを作るなんて計画は無かったんだが……欲に流された結果なのか、今ではディアネットとミレイユの2人の恋人持ち、ハーレムの主になってしまった。
人生ってどうなるか分からないものだなぁ……。
そんなことを考えながら、神の目の視点をミレイユへと近づけていく。
ミレイユは安心しきっているのか、穏やかな表情を見せて眠っていた。ちょっぴり開いた口がむにゃむにゃと動かされる。
しばらくの間ミレイユを観察する。今日は大丈夫そうかな?
そう思った直後だった。
「やぁ……」
ミレイユの綺麗に整った双眸が歪み、苦悶の表情を浮かべる。閉じられた目の端に涙を浮かべ、手足を緩慢な動作でバタつかせるミレイユ。まるで何かを振り払うような動きだ。
私はすぐにルーの体へと入る。しかし、睡眠時間の不足からか、いつもより覚醒が遅い。いつもより重い瞼を開けて、思考がぼんやりとする中、私は隣で暴れるミレイユの背中を優しく撫で、ミレイユの耳元と囁く。
「大丈夫。大丈夫だ、ミレイユ」
ミレイユの暴れる手足が何度か私の体に当たるが、私は何度も繰り返しミレイユに囁く。
「もう大丈夫だよ、ミレイユ」
次第にミレイユの手足の動きが治まり、顔もまるで憑き物が落ちたように穏やかな寝顔に変わる。
私はそれを見届けると、ルーの体から神界へと帰るのだった。
「ふむ…今日もか…」
白い空間に私の呟きが響く。その声は我ながら暗澹たるものだ。
あのミレイユ誘拐強姦未遂事件から、ミレイユはこうして悪夢にうなされることがよくあった。それだけ彼女の心に深い傷を残してしまったのだろう。
私がもっと早く気付けていれば……。
下界では神の力を制限しているから難しいことは分かっているが、そう思わずにはいられなかった。
しかし、こうも思う。
1人を救う為に6人を殺めてしまうのは、正しい行いだったのだろうか?
人を殺めることに対して今更なにも思わないが、流石に1人の人間相手に贔屓が過ぎるのではないかと思わないでもない。
世の中に、悲しいことだが事件などいくらでもある。中にはミレイユよりも酷い目に遭った人も大勢居るだろう。その人々を救わずに、ミレイユだけを救うのは、不公平だと思う自分もいる。
「やれやれ、ままならないものだな……」
私は不真面目な神だが、それでも多少はそういったことも考えてしまうのだ。たぶん、ミレイユの心を完全には救えなかった自分への失望が原因なのだろう。ようは自虐だ。自分の欠点探しとも言える。
「それに……」
私は今回の事件で、ルーに警邏の捜査の手が伸びないように、証拠の隠滅をした。神の力を使ってやることが、人々を救うことではなくコレとは……我ながら呆れてしまう。
「ただまあ……」
私の視界には、穏やかな表情で眠るミレイユが映る。そのことに僅かな達成感を感じることも確かだった。
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