第65話 神様とミレイユ

 バシャーン。


 俯いたミレイユの頭に、盛大にお湯をぶっかける。


 ここは館のお風呂場だ。私たちは、やっとの思いで館まで帰ってきていた。


 いやー大変だった。泣き喚くミレイユをどうにか宥め、服を着せて、手を引いて、長い夜道をここまでなんとか帰ってきた。道中、発作のように泣き始めるミレイユを宥めながら、励ましながらの道程は、大変じゃなかったと言えば嘘になるな。


 なぜ風呂に入っているのかというと、館に着くなりミレイユが、ポツリと一言「お風呂…」と呟いたからだ。


 ミレイユは相変わらず塞ぎこんだまま。お湯を頭からかけられたというのに、俯いたまま反応が無い。まぁ泣き喚かなくなっただけマシか。


 どうしたものか……。今回の事件『ミレイユ誘拐レイプ未遂事件』は、危ういところでミレイユの純潔を守ることはできたが、その心に深い傷を残したようだ。まだ15歳の少女には、刺激が強すぎた体験だったのだろう。


「洗うぞ」

「うん…」


 動かないミレイユの代わりに、ミレイユの頭を宝具の石鹸で洗い始めると、ミレイユがのろのろとした動作で、石鹸で体を洗い始めた。


「ぐすっ…」


 ミレイユが執拗に胸や股間、お尻を洗う。そして……。


「私、汚されちゃった……」


 ミレイユの呟きは、静寂に満ちた浴室に大きく響いた。


「ミレイユは綺麗だよ」

「汚されちゃったのよ!」


 私の答えに、ミレイユの悲鳴が返る。


「落ちない、落ちないのよ」


 ミレイユが何度も胸をタオルで拭う。肌が赤く染まって痛々しい。それでもミレイユは胸を拭うのを止めない。


「あの男たちに触られた感覚が、どうしても消えないの!消えてくれないの!」


 これ以上は自傷行為と変わらない。私は胸を擦るミレイユの腕を止める。そしてミレイユを後ろから抱きしめた。


「今も男たちの指が、体中を這い回ってるの……。嫌なのに、思い出しちゃうの……」


 涙を流しながら訴えるミレイユ。気のせいだとは軽々しく口に出せなかった。


「こんなの嫌…助けて……助けてよ、ルー……」


 ミレイユが、強く私に抱きつきながら哀願する。


「私が、忘れさせてやる」


 私は、ミレイユの赤くなった胸に手を伸ばした。そして、ゆっくりと優しく胸に触る。


「ルー…?」


 ミレイユが、不思議そうな声を上げる。


「私が、上書きしてやる。男たちのことなど忘れてしまうくらい強烈にな」

「上書き…?」

「そうだ」


 ミレイユの擦られて真っ赤になった胸の蕾に優しく触れる。


「はんっ…!」


 こんな方法が合っているのか、間違っているのか、分からない。もしかしたら、ミレイユの心を余計に傷つけてしまう愚行なのかもしれない。


「ぁ…は…あんっ!」


 それでも、ミレイユは私を拒絶しなかった。


「なに、これ…!?知らない、こんな、の、知らない…!」


 優しく丁寧に、ミレイユのことを最優先に考える。ミレイユがだんだん高まっていくのが分かった。


「怖、い…怖い、よ…ルー…」

「大丈夫だ。そのまま身を任せてしまえ」

「う、ん……あぁっ!」


 


「あぁぁああぁぅああああああ!」



 ◇



 ミレイユの手を引いて、ミレイユの部屋へと入る。相変わらず殺風景な部屋だ。物が少ない。ミレイユらしさをあまり感じない部屋だ。


 ミレイユをベッドに誘うと、素直に付いて来た。2人してベッドの上に座る。ベッドは、軋み一つ上げず、私たちを支えてみせた。


 ミレイユは、顔を俯かせて黙っている。食卓では、皆に心配をかけないようにか、普段通りに振る舞っていたが、1人になると、途端に物憂げな表情を見せる。今のミレイユを1人にすると、どこかに消えてしまいそうで、私はミレイユと一緒に居ることにした。


「今日は、ありがとう…」


 ベッドの上に上がってしばらくすると、ミレイユがポツリと呟く。


「急にどうした?」

「まだちゃんとお礼言ってなかったから。助けてくれてありがとう。それと、ごめんなさい……」

「何を謝る?」

「私のせいで、ルーの手を汚しちゃったから……」


 手を汚したとは、人を殺したことを言っているのだろうか?


「気にするな」


 自分が大変な目に遭ったというのに、私のことまで心配してくれるらしい。ミレイユは良い娘だな。あるいは、それだけ周りを思いやる心の余裕を取り戻せたのかもしれない。それなら良いのだが……。


「それより今は、ミレイユのことだ。大丈夫か?」

「ダメかも……」


 ミレイユが顔を俯かせたまま言う。その顔は、髪に隠れて窺い知れない。まぁそうだよなぁ……心の傷がそんな簡単に癒えるはずもないか。


「だから…ね」


 ミレイユがおずおずと両手で私の手を取る。そして、自分の胸に私の手を導いた。


「もう一度だけ、全てを忘れさせて……」


 ミレイユが顔を上げて、上目遣いに私に懇願する。その顔は、真っ赤に染まっていた。


 私はミレイユを胸に抱きしめた。


「優しくするよ」


 ミレイユの耳元で囁く。


 ミレイユはピクリと体を震わせて答える。


「乱暴にして。私を……傷物にして……」


 ミレイユの言いたいことは分かる。分かるだけに、少し驚いてしまった。


「いいのか?」

「お願い…」


 私は、ミレイユの願いに応えるように、強く抱きしめた。

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