第61話 神様と過去からの訪問者③
ファサッと手で髪を弾いて靡かせる。サラリと靡いた髪は、まだ早朝と言ってもいい朝日を浴びて、キラキラと輝いた。私はその様子に満足感を覚えて、もう一度髪を靡かせる。瑞々しいツヤツヤな髪は、無限に触っていたくなるほど触り心地が良い。
前を見れば、エレオノール、リリム、ミレイユも自分の髪を弄っている。今は、ダンジョンに行く冒険者の列に並んでいて暇だから、というのもあるだろうが、彼女たちが髪を触っているのはそれだけが理由じゃない。彼女たちの髪もツヤツヤなのだ。
実は昨日、宝具の石鹸を皆で試してみたのだ。神がその効果を保証した宝具の石鹸だけあって、普通の石鹸とは、目で見えるほど違いがあった。髪が芯からしなやかに、サラサラのツヤツヤになったのだ。これには皆、大喜びだった。
サラサラの髪に上機嫌な私たちに、近づく影があった。カラフルで派手なケバケバしい3人の影。元二代目【赤の女王】、冒険者崩れの3人の女たちだ。彼女たちは、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、こちらに歩いてくる。
「やっと見つけたよ小娘共」
「この間は、手荒い歓迎ありがとね」
「あなたたちは!?」
「よっわいオバさんたちじゃん」
「オバッ!?」
「ムカつくガキ共だ」
「あのババアは、どういう教育しているのかしら」
「あのババアに教育なんて無理でしょ。剣を振るしか能の無い野蛮人だもの」
「それもそうね」
女たちはケタケタと嘲笑う。
「おばちゃんを悪く言うな!」
それにキレたのがリリムだ。リリムは、アリスを実の親のように慕っている。アリスをバカにされるのは許せないのだろう。槍を構えて臨戦態勢だ。
怒っているのはリリムだけではない。【赤の女王】の皆が険しい顔で女たちを睨んでいる。
「おお、怖い怖い」
「職員さーん!助けてくださーい!」
「コイツら市民に向かって暴力を振る気ですよ!」
「リリム、槍を下げろ!」
女たちの狙いに気付き、私はリリムに注意を飛ばす。
「え!?うん…」
リリムが不満げに構えを解くが……。
「君たち!何をやってるんだ!」
少し間に合わなかったな。冒険者ギルドの職員に、リリムが女たちに槍を向けているところを見られてしまった。これは面倒なことになったな。
「職員さん、コイツらがいきなり武器を向けてきたんですよ。もう怖くて怖くて」
「市民に暴力を振るう冒険者が居るなんて、なんて恐ろしい」
「こんな
女たちは、やって来た冒険者ギルドの職員にすり寄る。私たちを悪者にしようというのだろう。冒険者ギルドは、この手の話に敏感だ。なんでも昔、市民に暴力を振るった冒険者が居て、大きな問題になったらしい。それからは、ギルドの職員が毎朝冒険者の列を監視するようにこうして立っている。
「ご婦人方、この度はウチの冒険者がすみません。彼女たちには、しかるべき対応をしますので。ほら、君たちも謝って」
やけに腰が低い冒険者ギルドの男が、女たちにペコペコと頭を下げる。大きな問題にしたくないという考えが、透けて見えるような対応だ。とりあえず謝って場を収めようという魂胆だろう。
「そうよそうよ。早く跪いて謝りなさい」
「ほら、裸になって靴でも舐めたら許してあげるわよ?」
「それだけじゃ足りないわ。慰謝料も貰わないと」
ギルド職員の対応に気を良くしたのか、女たちが騒ぎ出す。
「お言葉ですが、わたくしたちは謝るつもりはありません。彼女たちは、わたくしたちの師を侮辱しました。むしろ彼女たちに謝罪を要求します」
エレオノールが凛々しい顔できっぱりと言う。
「まあ、なんて言い草かしら」
「冒険者ギルドの教育はどうなっているの?」
「いやぁすみませんね。ちょっと君たち!」
ギルド職員が私たちを咎めるように近づいてくる。
「……ギルドは大きな問題にはしたくないんだ。嘘でもいいから頭を下げることはできないかい?」
ギルド職員が、小声で私たちに打診してくるが……。
「できません」
エレオノールがきっぱりと断る。私としても、あの女たちに頭を下げるのは嫌なので、エレオノールを支持するように頷いた。
「なんで冒険者ってこんな頑固なんだ……」
ギルド職員が、中間管理職のような板挟みの悲哀をにじませた声を漏らして項垂れる。
そこから先は、侮辱した、していないの水掛け論だ。双方、共に謝罪を求める平行線が続き、時間ばかりが過ぎていく。
結局その日は、冒険者ギルドに呼び出されて厳重注意を受け、しばらくダンジョンに潜ることを禁止されてしまった。どんな理由があれ、市民に武器を向けたことを咎められてしまったのだ。
女たちが、去り際に見せたいやらしい嗤いを思い出すに、女たちの狙いはこれだったのだろう。今回は、女たちのいいようにやられてしまったようだな。
ダンジョンに潜れないのは退屈だが、たまにはこんなハプニングがあってもいいだろう。私は暢気にそう考えていたのだが……まさかあんなことになるとはなぁ……。
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