第56話 神様と指名依頼③

「その依頼、受けよう」


 結局、私は宝箱を解錠することにした。やはり金貨400枚は惜しい。何をするにも金は必要だからね。それに、ちょっと考えがあるし、貰えるものは貰っておこう。


 悪目立ちする点は諦めた。私を神と見破れる者なんて、滅多に居ないだろう。居たとしても神殿の奥で囲われているに違いない。神殿に近寄らなければ大丈夫だ。たぶん。


「まぁそうだろうな」


 アッガイが深く頷く。依頼を受けるだけで金貨100枚貰えるのだ。断る奴など居まい。


「それで、どの宝箱を開ければいいんだ?」


「ああ。あれだ」


 アッガイが指したのは、残り2つとなった『開かずの宝箱』の1つだった。右側の赤い宝箱で、豪華な装飾が施されている。


「あれか……」


 あれは、いずれ開ける予定だったので、丁度良いといえば、丁度良い。


「嬢ちゃんが、一向に開けないものだから、向こうがシビレを切らしたみたいだな」


「なるほどな」


 あれは中身の宝具も期待できそうだからな。指名依頼を出してまで早く開けて欲しいというのも分かる。


「あれの賞金はどうなるんだ?」


 『開かずの宝箱』には、賞金が懸けられている。その賞金は、どういう扱いになるんだ?


「開ければもちろん嬢ちゃんのだ」


「ほう…」


 宝箱の賞金は、金貨200枚まで膨れ上がったらしい。指名依頼の報酬と合わせて、金貨700枚だ。まだこの地域の物価を正確には把握しきれていないが、かなりの大金なのは間違いない。慎ましく暮らせば、死ぬまで働かなくてよさそうだ。いや、ちょっと足りないか?


 まぁこんなチャンスは滅多にないに違いない。しっかり稼がせてもらおうかな。



 ◇



「がんばりなさいよ!」

「目指せ!一獲千金!」

「応援しています」

「がんばって…」


 パーティメンバーからの声援を受けて、私は『開かずの宝箱』に向かい合う。


「ふーむ…」


 これも小難しい鍵をしているな。解錠できそうだが、時間が掛かりそうだ。


 前回は、解錠が早すぎて不信感を持たれたからな。今回はじっくりとやろう。


「あの嬢ちゃんが、『開かずの宝箱』の宝箱を開けたっていう盗賊か…」

「マジかよ。まだ下の毛も生えてねぇようなガキじゃねぇか」

「可憐だ…」


 カチャカチャとピッキングツールを動かしていると、次第に人が集まってきた。今では大勢の冒険者が人垣を作っている。


「大そうな顔だが、その実力はどうかな」

「無理に決まってる。<開かずの宝箱>だぜ?開かないからそう呼ばれてるんだ」

「でもあの子、一度<開かずの宝箱>を開けてるわよ」

「運が良かっただけだろ…」

「今回もその豪運が味方するとしたら?」

「違うね。あれは運が良くて開くなんてヤワな鍵じゃないよ」

「かわいい娘ね。食べちゃいたいくらいだわ」


 ざわつく冒険者たちを無視して解錠を進める。そろそろ開けられるな。どうするか……もうちょっと苦戦しているフリでもしておくか。



 ◇



 ガチャリ。


 ざわつく冒険者たちの中にあって、その音はやけに大きく響いた。


「まさか…!」

「いやいや、そんなわけ…」

「だが、たしかに聞こえたぞ」

「マジで…?」


 冒険者たちにも聞こえたようだ。ざわめきが大きくなる。


「開いたのか!?」


 傍に居たアッガイが驚き尋ねてきた。


「ああ。開いたぞ」


 私は、解錠できたことを証明するように『開かずの宝箱』の蓋を持ち上げてみせる。『開かずの宝箱』の隙間から眩い光が漏れ出した。


「おいおい、嘘だろ…」

「マジかよ!?」

「んなバカな…」

「欲しい…!」


 冒険者たちから次々と驚きの声が上がる。私が『開かずの宝箱』を解錠できたことが信じられないようだ。見た目年端もいかない女の子が、熟練の盗賊でも解錠できなかった『開かずの宝箱』を解錠すれば、こんな反応にもなるか。


「これでいいか?」


「ああ…。いや、驚いたな。まさか本当に開けちまうとは……。おーい!誰か来てくれー!」


 アッガイがギルド職員を呼び、職員が宝箱の中身を回収していく。一度冒険者ギルドで預かり、後日【穿つ明星】に渡されるらしい。


「くぅー…」


 私は立ち上がって腰を伸ばす。長いこと屈んで同じ体勢でいたから、疲れがたまっている。凝り固まった筋肉が伸びて気持ちが良い。


「ルー!」


 何だ?と思ったら、同じくらいの背丈の人影が飛び掛かってきた。慌てて抱き止める。


「すごい。すごいわ、ルー!あなたってすごい盗賊だったのね。ほんとに『開かずの宝箱』を開けちゃうなんて!」


 ミレイユだ。ミレイユが感極まったように私に抱きついてきた。背中に回された手が、背中をバシバシと叩いてきて、ちょっと痛い。


「さすがです、ルー」


「ほんとほんと。ルールーマジすごいって!」


 エレオノールが「ほぅ」と熱いため息を吐き、リリムがまるで自分のことのように喜んでいる。2人ともミレイユに感化されたのか、抱きついてくる。エレオノールが右から、リリムが左からだ。


 後頭部にぽよんとしたものが押し当てられる。いつもの感触だ。


「すごい…!」


 背中にピッタリと貼り付くように、ディアネットが後ろから抱きついてきた。


「ふへへ……」


 四方から美少女に抱きしめられて、とても気分が良い。ぷにぷにふかふかで良い匂いもする。私は、つかの間の楽園に頬を緩めるのだった。



 ◇



 『開かずの宝箱』を開けて、指名依頼の報酬と賞金を受け取る。全部で金貨700枚超えだ。ジャラジャラと音を立てるズシリと重たい袋を8つ受け取った。金貨100枚が入った袋が7つ。もう1つは、端数の銀貨や銅貨が入った袋だ。


 持ち運びに苦労しそうな量と重さだが、私にはマジックバッグがある。全てマジックバッグの中にしまったのだが……問題はその後だった。


 我先にと争う冒険者たちから、パーティへの勧誘を受けたり、マジックバッグを売ってくれと頼まれたり、愛の告白をされたり、投資の話を持ちかけられたり、金を貸してくれと言われたり、もう大変だった。


 こうなることは分かってはいたが、うんざりしたな。素直に引いてくれる奴も居れば、諦めの悪い奴も居た。本当に同じ言葉を話しているのか疑問に思える奴も居たな……。とにかく大変だった。


 冒険者たちの誘いを断っている間、ディアネットが「誰にも渡すもんか」と言わんばかりに、後ろからギュッと抱きしめてきたことが唯一の癒しだった。


 結局、【赤の女王】の皆の力を借りて全て断った。皆には何かお礼の品でも贈ろうと思う。皆には迷惑をかけてしまったからな。


 だが、おかげで金貨700枚もの大金が手に入った。この金があれば……ふふふ。

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