第43話 神様とニワトリ③

 オオカミの立つ地面が鋭角に棘のように隆起し、オオカミを刺し貫く。ディアネットの魔法だ。オオカミは刺し貫かれたまま煙となって消えた。


 見渡す限り、もうモンスターの影は無い。先程のオオカミが最後だったようだ。私はようやく肩の力を抜いて弓を下ろした。


「エル!」


 ミレイユが悲痛な叫びを上げてエレオノールへと駆け寄る。エレオノールはボロボロだった。怪我を負っているというよりは、砂埃で全身を汚している感じだ。顔も土で汚れ、綺麗に後頭部で編み込まれていた髪も解けてしまっている。


「ミレイユ、わたくしは大丈夫です」


 自分で立っているし、意識もはっきりしているようだ。目立った怪我もないし、本当に大丈夫なのだろう。


「いいから、座りなさいよ!」


 ミレイユが有無を言わさずエレオノールを座らせる。エレオノールは苦笑を浮かべながら大人しく座った。


「マールよ、この者に癒しの奇跡を賜らんことを…」


 ミレイユが祈りを捧げる。マールか。地母神マール、人間の間で広く信仰されている神だ。特に農村部では信仰が篤い。ミレイユはマールの加護を受けているようだ。


 エレオノールの体が淡い緑色に輝きに包まれる。癒しの奇跡だ。


「ありがとうございます、ミレイユ。体が軽くなりました」


「もー、無茶ばっかりして…」


 聞けば、エレオノールは8体のモンスター相手に、単身で突撃したらしい。なんとも無茶をしたものだ。よく無事だったな。


「おかげで、助かった…」


 ディアネットがぼそりと呟く。エレオノールは、勇戦したらしい。モンスターに突き飛ばされて転がされても、噛みつかれても、何度でも立ち上がり、後ろにモンスターを通さなかったようだ。そのおかげで、ディアネットが魔法を撃つことができたし、ミレイユも奇跡を行使し、エレオノールを回復することもできた。エレオノールは盾役をやり通したと言える。


「あーしにも癒しちょうだーい。もー全身が痛くて。特に背中がヤバイ」


 リリムも3体のモンスター相手によく戦っていた。ここに来たということは、オオカミは無事に撃破できたのだろう。


「うわ、結構深いわね。マールよ、この者に癒しの奇跡を賜らんことを…」


 リリムの背中の怪我は、おそらくヒツジの突進によるものだろう。角が刺さったんだと思う。


 ともあれ、全員無事なようでホッとした。あれだけ大量のモンスターに襲われて死者が出なかったのは僥倖だったな。


 そうなると気になるのは、なぜいきなり大量のモンスターに襲撃されたかだ。もうだいたい想像はついているが、確認はしておくべきだろう。


「ルーは大丈夫?」


「ああ、傷一つ無いよ。それより、なぜ急に大量のモンスターたちに襲われたんだ?」


「なぜって、ニワトリでしょ?」


「ニワトリ?」


「あなた知らないの!?」


 ニワトリの鳴き声はモンスターを呼び寄せる。ニワトリに気を付けろというのは、冒険者では常識のようだ。知らないことに驚かれてしまった。


「ルーは冒険者になったばかりですから、知らなくても無理はありません。ルーも知っているだろうと情報を共有しなかった私たちの落ち度ですね」


「いや、私も情報収集してしかるべきだった。すまなかったな」


 私は、ダンジョンが簡単すぎたため、あえてダンジョンの情報を集めていなかった。いわゆる縛りプレイというやつだ。その方が楽しそうだと思ったのである。


 だが、今回は一歩間違えれば死者が出ていたかもしれない。私の楽しみのためにパーティーメンバーの命を危険にさらすのは、良くないな。これは彼女たちの信頼を裏切るような行為だ。反省しよう。



 ◇



 ダンジョン第七階層の階層ボスは、巨大な巌のようなヒツジだった。大きく背が盛り上がり、その高さは優に3メートルを超えていただろう。ここまで巨大だと、かわいらしい印象はまるで抱かなかった。その巨体と、その体に見合う大きな捩じくれた角は、ただただ身の危険を感じさせるものだった。まさに階層ボスに相応しい異様を誇っていたと言える。


 そんなヒツジだったが、その最後はあっけなかった。ディアネットの爆炎の魔法で一発だ。全身毛むくじゃらだからね。よく燃えたよ。


 こうして第七階層を突破した私たちだが、今回の攻略はここでストップとなった。理由は消耗だ。ニワトリによるモンスターの襲撃をなんとか凌いだ私たちだが、体力、魔力、共に消耗してしまった。


 消耗してしまったものは他にもある。それは装備だ。エレオノールの白銀の鎧は、あちこち凹んでいたし、リリムの鎧なんて穴が開いてしまった。私も矢を大量に使ったし、特にタスラムを全て使ってしまったのが大きい。


 そこで私たちは、万全を期すために、一度引き上げることにしたのだ。別に攻略を急ぐ理由もないからね。



 ◇



 カポーン。


「お昼に帰ってくるとか、なんだか変な感じね」


「いつも夜まで潜っていますからね」


 5人揃ってお湯に浸かってまったりとする。ダンジョンから帰ったら、まずお風呂というのが定番になりつつあるな。汚れも落ちるし、疲れも取れる。良い習慣だと思う。私としても、この楽園のような光景を見れるのは、とても眼福である。もうすごいんだ。あちこちでぷるぷる揺れて、どこを見ればいいか分からないほどである。


「あーしお腹空いたー」


 浴槽のふちに座ったリリムが足をバタつかせて言う。足をバタつかせているだけのに、胸がぷるぷると揺れる様は、目を楽しませてくれる。


「お昼ご飯はどうしましょうね。久しぶりに外に食べに行きますか?」


「お!いーねー」


「そうね。たまにはいいんじゃない?」


 エレオノールの言葉に、賛同する声が響く。実は、今日は夜まで潜る予定だったので、アリスにお昼ご飯はいらないと言ってしまっていたのだ。なので、このまま家に居ても昼ご飯が出てくることは無い。


 外食か。少しワクワクするな。アリスの作るご飯も美味しいが、たまには別の味が食べたくなるのだ。

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