第42話 神様とニワトリ②
ヒツジは立ち上がると、脇目も振らずに駆けて来る。速い。ヒツジと聞けば暢気なイメージを持ちがちだが、その鋭く大きな角とスピードが合わさると脅威だ。生半可な鎧では貫かれてしまうだろう。侮ることはできない。特に今の肉の体は、ルーの体は貧弱だ。打ち所が悪ければ、即死ということもありえるだろう。100年以上久々の、ルーの体では初めてのピンチに少しワクワクする。私の悪いクセだな。
私はヒツジの突進をギリギリまで引き付けてサイドステップで左に躱し、すれ違いざまに喉に短剣を叩きこむ。普通に短剣を振っては、ヒツジの縦に長い顔が邪魔で喉を斬ることができない。下から掬い上げるように短剣を振る。手応えはあった。だが……。
背後からすれ違ったヒツジの駆ける音が聞こえる。その足取りは確かだ。
振り返って確認すると、ヒツジが弧を描くようにUターンしているのが見えた。
ヒツジは健在だった。ヒツジの喉から血ではなく、もくもくと白い煙を上げているが、ヒツジ自身が煙となる様子はない。ダンジョンのモンスターは、血を流さない。その代りに傷口から煙を吐き出す。もくもくと勢いよく吐き出される煙の量から見て、動脈を斬ったのだろう。間違いなく致命傷だ。だが、浅かった。
原因は二つ。
一つは単純に私の腕力不足だ。ルーの貧弱な細腕では、ヒツジの首を刎ね飛ばすなんてマネはできなかった。
もう一つはヒツジのもふもふの毛が原因だ。ヒツジは、なにも人々を癒すためにもふもふの毛を生やしているわけではない。もふもふの毛はヒツジの鎧なのだ。
遠くで爆発音が聞こえる。ディアネットの魔法だろう。エレオノールの方でも戦端が切られたようだ。羊の向こうには、リリムが3匹のモンスター相手に苦戦しているのが見える。早くヒツジを片付けて援護したいところだ。
ヒツジが再度、私目掛けて突進してくる。そこには致命傷を負った恐怖など存在しない。まるでアンデッドのように自分の傷には無頓着だ。あくまで人間を排除しようとする姿は、プログラムされたことを愚直に守る機械的ですらある。
私は再度ヒツジの突進をサイドステップで躱し、その喉へ短剣を突き立てる。先程の行動の再現だ。先程よりも深い手応えに、ヒツジの全身が煙となって消えていくのを感じた。私は、ヒツジのドロップアイテムには目もくれず、即座にリリムの援護へと動き出す。
私とリリムとの距離は離れている。まずは弓が必要だ。私は先程投げ捨てた弓を拾うと、矢を番えて弓を引き絞る。
リリムは3体のモンスターに襲われていた。ヒツジとオオカミ、そしてシカだ。リリムがシカに突きを放ち、シカはポンッと白い煙へと変わる。残すは、ヒツジとオオカミの2匹だ。
シカに突きを放ったリリムの隙を突くように、ヒツジとオオカミが襲いかかる。私は、リリムへと跳びかかるオオカミに矢を放つ。矢は狙い通りに真っ直ぐ飛び、オオカミがリリムの首に噛みつく寸前に命中した。オオカミの体は、矢を受けたことによってその身を流され、オオカミの咢が空を噛む。危ないところだった。もう少しで、リリムがオオカミに首を噛まれるところだった。
しかし、オオカミの攻撃はなんとか凌げたが、シカに突きを放った直後のリリムは、もはや死に体だった。とにかく敵の数を減らそうと無理を通しすぎた。彼女はその代償を払うことになる。リリムは、ヒツジの突進を避けることも防御することもできずにモロに受けてしまった。リリムの体が宙に舞い、受け身を取ることもできずに地面へと転がったのが見えた。
「リリム!」
思わず悲鳴じみた声が出てしまう。そんな自分に少し驚いてしまう。どうやら私は、リリムのことを思った以上に気に入っていたらしい。
地面を転がる勢いを利用して、リリムの体が跳ね起きる。跳ね起きると、すぐに槍を構えるリリム。どうやら無事のようだ。少なくとも生きてはいる。私はそのことに安堵すると同時に、魔力を籠め終わったタスラムを投げる。狙いはヒツジだ。先程までは、リリムとヒツジの距離が近すぎて、危険で使えなかったが、リリムがヒツジに突き飛ばされた今なら両者の距離は空いている。これならリリムを巻き込むこともない。
タスラムがヒツジに命中すると同時に、ドンッとお腹に響く重い音を立てて爆発する。ヒツジの体は宙を舞い、ポンッと煙へと変わった。これで残すはオオカミのみ。
「あーしはいいから!エルエルの援護!」
オオカミとにらみ合いをするリリムから叫ぶように指示が飛ぶ。残ったオオカミは自分が1人で片付けるつもりなのだろう。
「分かった!無理はするなよ!」
リリムならオオカミ相手でもおそらく勝てるだろうが……それは彼女が万全の場合だ。そのことに若干の心配を抱くが、今はリリムの言葉に従う。エレオノールが心配なのは私も同じだ。
私は心配を断ち切り、リリムに背を向けて走り出す。私の行く手に爆炎が広がったのはその直後だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます