第38話 神様と第六階層
昼食を済ませた私たちは、第六階層へとやって来ていた。一度ダンジョンを出るという意見も出たが、まだ時間もあるし、気力体力共に充実しているので、第六階層へ挑戦してみようとなったのだ。
話に聞けば、第六階層からは難易度が上がるらしい。なので、無理はしない。まずは、第六階層のモンスターの強さを確認する為に、実際に戦ってみようとなった。
「ここが第六階層か…」
どこまでも続く草原と青空。見た目は第一から第五階層と変わらないように見えるが……はたしてどうだろう。この地のモンスターは、私を楽しませてくれるだろうか。
「ディア、ここから一番近いモンスターはどこでしょう?」
「3時…」
3時、右方向だな。私たちは、一団となって草原を進む。そのスピードはゆっくりとしたものだ。第六階層からモンスターが強くなるから警戒しているのだ。それに、エレオノールたちにとっても第六階層は未知の階層だ。既知であった第五階層までとは態度が違う。皆それぞれ真剣な面持ちだ。
「あれは…」
草原の向こうに、茶色の動く点が見えた。何か居る。私たちはそちらに向けて歩き出した。
近づくにつれて、相手の姿が明確に見えてくる。茶色の動く点は、シカだった。立派な角を生やしたオスのシカだ。ダンジョンでシカの姿を見たのは初めてだ。おそらく、第六階層から現れるモンスターだろう。
「準備はいいか?」
「はい」
エレオノールの返事に、私は弓に矢を番える。そして、目いっぱい弓を引き絞る。まだ距離がある。この短弓ではギリギリ届くかどうかといったところだろう。矢の飛距離を稼ぐために、空に矢を射ち上げるような曲射を選択する。現在の風は、7時方向からの微風。運が良い事に追い風だ。風が矢の軌道に与える影響を読んで、狙いを定める。これほどのロングショットは、この体では初めてだな。私としても、久しぶりのロングショットに、少し楽しさすら感じる。気分はスナイパーだ。
狙いを定めたら、矢を放つ。矢は、前方の空へと射ち上がり、シカ目掛けて飛んでいく。風を受けて少し矢が右に逸れるが、狙い通りだ。
「当たったな」
私は、命中を確信する。矢は弧を描いて飛んでいき、見事シカの脇腹へと命中した。シカは意識外の突然の一撃に、地面へと倒れ伏した。
「ヒュー、スッゲ!」
リリムの歓声が聞こえる。
私は油断無く次の矢を弓に番える。まだ白い煙が上がっていない。つまり、シカはまだ生きている。
シカはすぐに立ち上がると、こちら目掛けて走って来た。野生動物なら、普通は逃げるところだと思うのだが、ダンジョンのモンスターは血気盛んだな。
シカがみるみるうちに距離を詰めてくる。私はシカを直射にて迎え撃つ。
弦が鳴る音と共に、シカの右肩に矢が生える。シカは一瞬体勢を崩すも、持ちこたえて更にこちらへを接近する。このダンジョンで、私の矢を2本も受けて生きているのは初めてだな。第六階層から敵が強くなるという話は、本当かもしれない。
「来たぞ!」
「はい!」
私の言葉に、エレオノールが、前へと出る。シカを迎え撃つつもりだ。エレオノールが腰を落として盾を構え、シカへと体当たりするように駆け出した。
シカも接近するエレオノールに狙いを定めたようだ。頭を下げ、その立派な角を構えてエレオノールと激突する。
まるで金属同士が激しくぶつかり合うような音を立てて、両者が激突する。
軍配はシカに上がった。エレオノールは後ろへと吹き飛ばされて、ゴロゴロと地面を転がる。しかし、回転する勢いを利用して、素早く立ち上がった。まだ負けたわけじゃない。
エレオノールのおかげで、シカの足が止まった。両者が離れた隙に、私はシカに矢を放つ。矢はシカの左肩に突き立った。シカの目がこちらを向く。憎々し気な瞳だ。私を完全に敵として見ている。
その時、シカに迫る影があった。赤い髪を靡かせ、低い姿勢でシカへと疾走する影。リリムだ。リリムもシカの足が止まったのを好機と判断したのだろう。シカの注意が私に向いたのも良かった。おかげでリリムはシカの死角から攻撃する形となった。
「せやっ!」
リリムの槍が、シカの右胸へと深く刺し込まれる。その姿は、まるで巨大な百足がシカの腹に噛みついたように見えた。
シカがビクンと体を震わせ、即座にボフンッと白い煙となって消えた。仕留めたようだ。
シカの居た跡には、肉塊が落ちていた。シカを倒したのだし、たぶんシカの肉だろう。
「おーし、いっちょ上がり―!あーしちゃんさいこー!」
リリムがその場でクルリと一回転して槍を掲げてみせる。ピンクのパレオが翻って、その姿は華やかだ。
「見事だったぞ、リリムよ」
「そうですね。お見事でした」
「いやー、ルールーとエルエルもすごかったよー。ルールーなんてあんな距離から当てちゃうし、エルエルもシカの動きを止めてくれたし!」
3人でお互いを称え合う。実際、エレオノールもリリムも良い動きだったと思う。エレオノールは怯まずにシカに立ち向かったし、リリムもシカの隙を逃さずに仕留めてみせた。
戦闘の終了を見届けて、ミレイユとディアネットがやって来る。
「お疲れさま。エル、怪我は無い?」
ミレイユがエレオノールに確認する。
「はい。問題ありません」
エレオノールも怪我は無いようだ。けっこう激しくぶつかっていたからね。ちょっと心配だった。
「よかった…」
「この調子なら、この階層でもやっていけそうですね」
エレオノールの言葉に皆が頷く。
初めての第六階層の初戦を白星で飾れたことは、確かな自信となったようだ。皆の表情が明るい。
「この調子でガンガンいこうぜー!おー!」
「「「「おー!」」」」
リリムの声に、皆が拳を掲げてみせた。
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