第37話 神様と昼食

 階層ボスであるクマを倒した私たちは、そのままボス部屋で、遅めの昼食を取ることにした。ボス部屋なら、食事の最中にモンスターに襲われることもないからね。ボス部屋と聞けば、なんだか物々しい感じがするが、ボスを倒してしまえば、安全エリアに早変わりだ。


 モンスターを倒すと、煙となって消えて剥ぎ取れなくなってしまうダンジョンの残念な仕様も、今回はプラスに働いた。誰もモンスターの死骸の横で食事を取りたくはないからね。


「ルー、あなたは何にする?」


 ミレイユが、腰に巻いたポシェットに手を突っ込みながら訊いてくる。ミレイユの持つポシェットはマジックバッグだ。その見た目以上にたくさんの物が入っている。しかも、中に入れた物の時を止める効果もある、マジックバッグの中でも、かなりグレードの高いマジックバッグである。


 その特徴を活かして、ミレイユのマジックバッグには、食べ物や飲み物が入っている。腐る心配がないので大量に、一度の冒険では消費しきれない程だ。種類も豊富なので、その時の気分で食事が選べるのは、とても嬉しい点だ。


 私はダンジョンを楽しんでいるし、死を恐れていないので関係ないが、普通の冒険者にとって、ダンジョンは死と隣り合わせの危険な場所だ。極度の緊張を強いられているだろう。そんな普通の冒険者にとって食事は、ダンジョンの中での数少ない楽しみの1つだ。それを味気ない携帯食料で済ませるか、出来立ての美味しい料理を食べれるかは、パーティの士気に大いに関わる重大な問題だ。


 冒険者ギルドで、冒険者たちが競ってマジックバッグを欲しがったのは、モンスターのドロップアイテムをより多く持ち帰れるためというのもあるだろうが、食事の改善をしたかったという理由もあるだろう。


 誰だって味気ない携帯食料より、美味しい食事を楽しみたいだろ?


「では、フライドチキンを貰おうか。飲み物はワインを。赤で頼む」


「いいけど、飲み過ぎないでね」


「ああ」


 ミレイユの小言を聞き流して、フライドチキンとワインを受け取る。フライドチキンは熱々で、ワインはよく冷えている。時が止まっているので、料理は出来立てを、飲み物も最適な温度で保存できるのは、もう一つの大きな利点だな。これは目の色を変えて欲しがる冒険者たちの気持ちも分かる。


「あちちっ」


 まだ熱いフライドチキンに齧り付く。サクサクとした衣を喰い破り、その下に隠れたしっとりとした肉は、噛めばじゅわりと肉汁を吐き出す。味付けはシンプルに塩だけらしい。だが、塩だけでも十分に美味い。


 この鳥肉も、ダンジョン産の謎肉らしい。ニワトリ型のモンスターがドロップするようだ。味は完全に鳥肉だな。違和感は感じない。


 はふはふとフライドチキンを味わい、ワインで流し込む。幸せを感じる一時だ。ワインはよく冷えているのに、飲めば喉や胃がポッと熱くなるのは面白い。


「はいこれ」


 突然、目の前に何かを差し出される。緑と赤の細い棒状の物だ。


「お肉とお酒ばかりじゃダメよ。野菜も食べなさい」


 ミレイユの世話焼きが発動したらしい。緑と赤の棒状の物は、細く切られたセロリと人参だった。サラダスティックだな。


「ありがとう、ミレイユ」


 セロリと人参に塩を付けてポリポリと食べる。ちょっとウサギやネズミにでもなった気分がする。まぁ美味しいが。



 ◇



 食事も一段落した頃、私はおもむろに立ち上がる。ちょっと用を足しておこうと思ったのだ。人間の体とは不便だね。食べなくちゃいけないし、食べたら出さないといけない。食べるのはまぁ楽しいからいいんだけど、出すのは面倒以外の何ものでもない。


「どうしたの?」


 ミレイユが、突然立ち上がった私を不思議そうに見上げる。ポカンと小さく口を開けて、ちょっと間抜けだが、かわいらしい顔だ。


「お花摘みだよ」


 一応ボカして答える。これでもこの体は女の子だからね。恥じらいは大事なのだ。


「あぁ。私もしとこうかしら」


「そうですね。ここを過ぎると、またしばらく安全な所は無いですし…」


「あーしもいくー」


「私も…」


 女の子って何で一緒にトイレに行きたがるんだろうね。


 結局、全員でお花摘みタイムとなる。とは言っても、皆で並んで仲良くするわけじゃない。皆別々の場所でそれぞれする。さすがに近くでするのは恥ずかしいらしい。


 ダンジョンの中にトイレなんて文明的なものは無いからね。部屋の隅っこや、通路の脇でひっそりとするしかない。たぶん、他の冒険者も似たようなものだろう。


 だというのに、ダンジョンがゴミや汚物で溢れているということは無い。どうやら、そうしたゴミは時間が経つと跡形も無く消滅するようだ。なので「ダンジョンの中にゴミを捨ててほしい」なんていう冒険者への依頼もあったりする。


 そんなわけで、ダンジョンの清潔は保たれている。リアレクト、君が綺麗好きで本当に良かったよ。糞尿に塗れた臭いダンジョンになんて潜りたくないからね。

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