第36話 神様とクマ

 右肩に掛けた矢筒から、一本の矢を引き抜く。矢を弓の弦に番えて引き絞り、放つ。もう何度も行った動作だ。ようやくルーの体にも馴染んできたのか、その動作は流れるようにスムーズだった。


 弦が風を切る音と共に矢が飛ぶ。矢は狙い通りに飛び、第五階層の階層ボス、クマのモンスターの右肩を穿った。


「GUGAAAAAAAAAAAA!」


 クマが咆哮を上げ、二本足で立ち上がる。そこには怒りの感情が見て取れた。クマの鋭い視線が私を射抜く。だが、クマが私に襲いかかることは無い。なぜなら……。


「貴方の相手はわたくしです!」


 エレオノールだ。エレオノールが、私の放った矢と共にクマへと駆け出していた。剣を抜き放ち、盾を構え、スカートを翻してクマへと跳び込む。丁度、クマと私の間に立ちはだかる形だ。クマが私を襲うためには、まずエレオノールを突破しなくてはいけない。クマは、私を襲うよりも、まずはエレオノールを迎撃することを選んだようだ。


 クマが両腕を振り上げ、エレオノールに飛び掛かる。クマの体重は200キロはあるだろう。その体重の乗った一撃をまともに受ければ、エレオノールもタダでは済まない。


 エレオノールは、クマが手を振り上げるのを見て、その前進に急停止をかけていた。そして、クマが飛び掛かってくるのと同時に、右後方へとバックステップする。


 クマの爪が、一瞬前までエレオノールの居た空間を抉っていく。あと少しでエレオノールに届きそうな距離だ。しかし、その爪がエレオノールを捕まえることはついになかった。


 惜しくもエレオノールを逃したクマの腕が地面に叩きつけられ、土煙と共に重苦しい音を立てた。


「チェイッ!」


 クマが地面に手を着き、首の位置が下がる。その下がった首に槍が深々と突き立った。まるで百足のあぎとのような槍。リリムだ。リリムが、バックステップするエレオノールと入れ替わるように飛び出し、クマの首に槍を突き立てたのだ。


 クマの攻撃の隙を突くような攻撃だ。クマからは、リリムが突然目の前に現れたように見えたかもしれない。彼女は、エレオノールの後ろに隠れるようにしてクマへと接近していた。


 そして、エレオノールが右後方へとバックステップすると同時に、リリムは左前方へと跳び込み、クマの一撃を回避して、クマの懐へと潜りこんだのだ。


 息の合った2人の連携は上手く決まった。


 リリムがクマの首に突き立てた槍を回して抉り、素早く抜くと、ステップ1つで軽やかにクマの間合いから逃れる。クマの反撃を想定してのことだ。この一連の動作を、ほんの数舜の内に終わらせたリリムの錬度の高さが窺い知れる。


 槍を引き抜かれたクマは、ビクンッと体を震わせると、ポンッと白い煙へと変わった。どうやら倒したようだな。


 私が弓で先制攻撃し、エレオノールが敵の攻撃を誘発し、リリムがその隙をついて攻撃する。クマとの戦闘は、作戦通りに進んだと言って良いだろう。


「何かあるわよ!」


 白い煙が晴れると、先程まで熊の居た場所に、宝箱があった。木製の箱を金属で補強した、まさに宝箱といった見た目だ。


「ボスドロップですね。運が良いです」


 ボスのドロップアイテムか。良い物が入ってそうな響きだな。


「宝具でも入っているのか?」


「入っていることもあるようですよ」


 見た目は完全に宝箱だが、宝具が確定で入っているわけではないらしい。ただ、通常のモンスターのドロップアイテムより良い物が入っている場合が多いようだ。宝具も稀ではあるが入ってる場合もある。


「さてさて、何が入っているのかなー」


 私は少しウキウキした気分で宝箱を調べる。どうやら鍵はかかってないし、罠の類も無いようだ。


「よいしょっと」


 宝箱を開けると、中には干乾びた茶色い何かが入っていた。


「うへぇー何それキモー」


「これ、ゴミじゃないの?」


「さぁ、何でしょうね」


「薬…?」


 宝箱を覗き込んだ皆が口々に言う。ディアネットは正体を知っているようだな。クマのボスのドロップアイテムとしては、まぁ納得できる物だ。


「これは熊胆ゆうたんだな。生薬の一種だ。主に胃腸薬として用いる物だな。こんな見た目だが、甘くて美味しいんだぞ?」


「「へぇー」」


 リリムとミレイユの目が熊胆にロックオンされる。甘くて美味しいと聞いて、興味がそそられたようだ。これは面白いことになりそうだな。


 私が心の中で笑っていると、後ろからディアネットに抱きしめられた。後頭部にぽふんと胸が当たって、なんとも心が躍る。


「嘘は、ダメ…」


「えっ!?嘘なの!?」


「ルールー、どういうことかなー?」


 バラされてしまっては仕方ない。私は真実を教えることにした。


「薬というのは本当だぞ?ただな、とんでもなく苦いのだ」


「うへぇー…」


「まぁその見た目だもんね…」


 リリムとミレイユが苦そうな顔を浮かべる。きっと2人の想像しているよりも苦いと思うよ。

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