第35話 神様のグチ

「うーむ……」


 なにも無い白い空間で、私は唸る。我ながら不機嫌そうな唸りだ。


 その原因は他でもないダンジョンにある。ダンジョンは、私の想像よりも数段下の難易度だった。ヌルいと言っても過言ではない。


 私は血沸き肉躍るようなスリリングな冒険を求めているのだ。


 ところが、今回のダンジョン攻略は、冒険とはとても言えない内容だった。私のしたことと言えば、現れるウサギやヒツジ、オオカミなどを弓で射っただけだ。そこに獲物との命を懸けた駆け引きがあれば、まだ楽しめただろうが、現れる獲物は、全て愚直にこちらに向かってくるだけだった。これでは、射的ゲームと大して変わらない。


「期待していたのだがな……」


 タルベナーレのダンジョンは、まだ誰も踏破していない高難易度のダンジョンだと聞いた。神の力を使わずに、人の身でどれだけ通用するのか挑戦してみようと楽しみにしていたのだが……。


「いや、期待しすぎたのか……」


 期待しすぎて、ハードルが高くなってしまった。たしかに、そういう一面はあるだろう。


 考えてみれば、まだ第三階層まで攻略しただけだ。序盤も序盤、まだチュートリアルのようなものだろう。見切りをつけるのはまだ早いか。


「今後に期待だな」


 私はそう結論付けて、神の仕事に取り組むのだった。



 ◇



「今日はこんなところか」


 朝が来たので、神の仕事に一区切りを付ける。もうそろそろ起床してもおかしくはない時間帯だ。ルーの体に戻るとしよう。


 ルーの体に戻り、パチリと目を開くと、目を閉じたミレイユの横顔が見えた。そうだった。昨日はミレイユの所で寝たんだった。


 私は、一人寝が寂しいと言い張って、代わる代わるパーティメンバーの部屋を訪れて寝ていた。ピロートークではないが、寝る前にお話をしたりして、パーティーメンバーとグッと仲良くなれた気がする。ミレイユには、お子ちゃまねと笑われたが、それくらい安い代償だったと言える。


 私は上体を起こしてミレイユの顔を正面から見つめる。


 ミレイユはまだ寝ているようだ。あどけない寝顔を晒している。ミレイユの寝顔を見ていると、仕事に疲れた心がゆっくり癒されていくような心地がした。


 私は更に癒しを求めて、ミレイユの胸へと手を伸ばす。だが……。


「全然無いなー」


 分かってはいたが、ミレイユに胸は無かった。あるのは広い平原だけだ。だが、なんとなく胸をさすさすとさすっていると、掌に感じるものがあった。


「ん?」


 

 コリコリとした感触。見れば、それは薄手の服を押し上げてポチッと小さく健気に自己主張していた。私はそのポッチを弄ぶ。撫でてみたり、摘まんでみたり、爪で優しく引っ掻いてみたり。


「ぁんっ……ぁっ……」


 ミレイユが悩ましげな声を上げる。どうやら服の上から爪で引っ掻かれるのがミレイユの好みらしい。一番反応が良い。


 ポッチはすでにコリッコリに硬くなっていた。先程見た時よりも大きく自己主張している。そのことに、私はちょっとした満足感を得た。しかし……。


 私はミレイユの反対の胸を見る。そこにポッチは無かった。片方だけこんなに起き上がっているのに、向こうはまだ寝ているらしい。これは起こしてやらねばならんな。


 私はミレイユの反対側の胸にも手を伸ばすのだった。



 ◇



「ここが第四階層か……」


 私の目の前には、どこまでも続くような草原と青空が広がっている。第一~三階層と代わり映えのしない風景にちょっとがっかりする。


「ディア、宝箱の反応はありますか?」


「ある…」


 ディアネットが胸の谷間から丸められた羊皮紙を取り出して答える。あの羊皮紙は地図の宝具だ。ダンジョン内でしか使えないが、宝箱の位置も表示される高性能な地図である。ダンジョンの攻略をしている冒険者にとっては、垂涎の品だろう。


「今回はどうしましょうか?宝箱を回収しますか?」


「どうしよーねー」


「無視して良いのではないか?どうせ大した物は入っておらんだろう」


 前回も宝箱を回収して宝具を手に入れたが、何の役に立つのか分からない宝具ばかりだった。一応売れはしたが、子どものお駄賃のような値だったことを考えると、無視しても良いだろう。宝箱を取りに行く時間がもったいないまである。


「そうですね、わたくしも今回は無視しても良いと思います」


「んじゃ、シカトでー」


「ちょっともったいない気もするけどね」


 たしかに、せっかく宝箱の位置が分かる地図があるというのに、もったいないな。だが、宝箱の中身が期待できない以上仕方がない。


 宝箱の中身は、階層が深くなればなるほど豪華になる傾向があるらしい。反対に言えば、浅い階層の宝箱の中身は期待できないということでもある。早く宝箱の中身が期待できる階層まで潜りたいものだ。



 ◇



「3時、敵…」


 ディアネットの報告に、3時方向に弓を構える。こちらに迫ってくるのは小柄なウシだ。白黒のツートンカラーではなく、チョコレートのような焦げ茶色の短毛のウシ。バッファローと言った方がイメージに近いかもしれない。


 ウシは第四階層から現れるようになった新種のモンスターだ。新種ということで期待したのだが……。


 私は漏れそうになったため息を堪え、ウシに向けて矢を放つ。耳元で弦が風を切る音と共に、矢がウシ背中に吸い込まれるように命中し、ウシが煙へと変わる。


「はぁ…」


 ウシが一矢で倒せてしまうという、まさかの事態に、ため息を禁じえない。ヒツジ、オオカミの時も思ったが、本来の野生動物なら一矢で即死させることは、なかなか難しい。ましてや、私が使っている弓は短弓だ。明らかに威力不足である。ますます難しい。


 であるのに、ダンジョンのモンスターは一矢で倒せてしまう。明らかに野生動物よりも脆弱ぜいじゃくだ。しかも、逃げも隠れもせずに、愚直にこちらに向かって来る様は、只の的でしかない。まるで射的ゲームをやっている気分だ。


 私は冒険がしたいのだが……。


「はぁ…」


 いかんな。またため息が漏れてしまった。


「どうかしましたか?」


 私のため息に気が付いたエレオノールが問うてくる。


「いや、なんでもない。ただ敵が弱すぎて、つまらないだけだ」


「えぇー、楽でいいじゃん」


「たしかに、一から五階層までのモンスターは弱いと言われてますね。人によっては、一から五階層はダンジョンではないと言う人もいます」


「第六階層からは違うのか?」


「はい。第六階層からは、モンスターが急に強くなるみたいですよ」


 楽なのは今のうちだけですね、と苦笑するエレオノール。なるほど。第六階層からは少しは楽しめそうだな。早く行きたいものだ。

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