第28話 神様、ダンジョンに行く

「ついにこの日が来たか…!」


 私は万感の思いを込めて、しみじみと呟く。


「また言ってる」


 ミレイユが私を見て笑うが、構うものか。


 今日、私はやっと念願のダンジョンに足を踏み入れるのだ。


 私が地上に降臨してから、もう一週間も経っている。この一週間は長かった。本当に長く感じた。まさか一週間もダンジョンのお預けをくらうとは思ってもみなかった。


 この一週間、私も只待っていたわけではない。いろいろと準備もしてきた。ダンジョン攻略に必要な道具や食料の買い出し、パーティの戦略を練ったり、模擬戦をしたり、ディアネットに魔法を習ったり、ダンジョンについて学んだりもした。


 だが、準備をすればするほど、ダンジョンへの思いは強くなっていった。それが今日、ようやく叶う。




 私たちは今、ダンジョンに向かう冒険者たちの長蛇の列に並んでいるところだ。気性が荒いと言われている冒険者たちが、お行儀よく順番に並んでいるのは、ちょっと異様な光景だ。横入りとか、順番で揉めそうなものだが……。


 冒険者たちが並ぶ街のメインストリートの左右には、朝も早い時間だというのに屋台が軒を連ねている。冒険者たちを相手に、朝食として串焼きやサンドイッチなどの軽食を売っているらしい。商魂逞しいな。


 冒険者たちの列がちょっとずつ、ちょっとずつ進む度に、ワクワクしてしまう。もうすぐだ。もうすぐ私たちもダンジョンに潜れる!


「あぁ、早く潜りたいものだ」


 思わずワクワクした感情が口から漏れる。


「落ち着きなさいよ、もー」


 宝具である白地に赤の刺繍が入ったローブ姿のミレイユに、また笑われてしまった。


「落ち着く…」


 私を後ろから抱きしめているディアネットにも言われてしまう。今の私は、とてもソワソワしているらしい。まるで遊園地に来た子どもだな。


 私は落ち着こうと、肩に乗るディアネットの胸をぱふぱふした。顔がむにゅっとおっぱいに挟まれるのは、なんだか安心感があって心が落ち着いた。温かくて、柔らかくて、良い匂いもするんだよなー。もしかしたら、私は無意識に母性を求めているのかもしれない。




「さぁ、いきましょう」


 警備の人間に冒険者証を見せて、いよいよダンジョンの在る壁の内側へと入る。


「おぉ、これがダンジョンか」


 ダンジョンは思ったよりも小さいものだった。継ぎ目のない石造りのピラミッド、もしくは祭壇のような印象を受ける建造物だ。その中央にポッカリと大きな穴が開いていて、そこに冒険者たちが入っていく。どうやらあの穴が入口らしい。私たちも前の冒険者に続いて、ダンジョンの中に入っていく。




 ダンジョンの中は、5メートル四方の空間になっていた。その中央に女の像が在り、部屋の四隅には光を放つ丸い球体が浮かんでいる。部屋の向かいには、奥へと続く道も見えた。


「ここがダンジョンの中か…」


 聞いてはいたが、あまりパッとしない空間だな。もっと荘厳な感じを予想していた。


「まずは加護を得ましょう。こっちです」


 エレオノールの案内に従って、部屋の中央に置かれている女の像へと歩み寄る。とても美しい胸の大きな女の像。継ぎ目のない精巧な造りで、今にも動き出しそうなほどだ。


 ひょっとして、リアレクトの像だろうか?


 たしかダンジョンは、リアレクトの管轄だったはずだ。私はリアレクトとほとんど関わりが無いから判断がつかないな。まぁ神にとって姿形などは自由に変えられるから、これもリアレクトの持つ顔の1つなのだろう。


「試練と成長の女神リアレクトの像です。触ると加護を得られますよ」


 ペタリとリアレクトの像に触ると、本当に加護を貰えた。10日間だけ、という時間制限はあるが、像に触るだけで神の加護を貰えるとは……リアレクトはかなり太っ腹らしい。しかも、この加護の効果……まさに大盤振る舞いといった感じだ。




 パーティの全員がリアレクトの像に触れ、部屋の奥へと進んで行く。部屋の奥には、地下へと続く螺旋階段があった。


「こっちがダンジョンの第一階層に続く階段です。行きましょう」


 エレオノールを先頭に、階段を下っていく。エレオノールたちは、一度ダンジョンを第五階層まで踏破しているらしいので、その案内に間違いはないだろう。


 このダンジョンには、一度踏破した階層をスキップできるワープ装置があるらしい。先程見た、部屋の四隅に在った光の玉がそれだ。本来、エレオノールたちは、第6階層からスタートできるのだが、彼女たちは、私に合わせてダンジョンを一から攻略してくれることになった。


 階段を下り切ると、目の前に両開きの大きな扉が現れた。この扉の先は、いよいよダンジョンの第一階層だ。


「準備は良いですか?」


「良いぞ」


 エレオノールの問いかけに、私は弓の調子を確かめて答える。皆も準備はできているようだ。


「では、いきましょう」


 エレオノールが扉に手を置くと、両開きの扉が音も立てずに勝手に開いていった。

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