第27話 神様と接待
明くる日の朝。
私は、館の裏庭で弓を構えていた。矢を弓の弦に番え、狙うは庭の端にある◎の描かれた的だ。およそ20メートルほど離れている。
裏庭には、【赤の女王】のメンバーとアリスが勢揃いだ。皆が私を見守っている。いや、見守っていると言うよりも、私を計っていると言うべきだろう。皆、私の実力を知りたいのだ。
私は、矢の狙いを付けながら考える。さて、どの程度の実力を見せよう?
弓は得意だからね。こんなの目を瞑っていても当てられるよ。それは、扱う体がルーという脆弱な体というハンデがあっても変わらない。これでも風の神であると同時に、弓の神でもあるからね。文字通り神業を見せつけることもできるけど……。
一瞬考えた後に私は、ほどほどの実力を見せることにした。上手すぎて不信感を抱かれても面倒だからね。
的の真中のやや右上を狙い、矢を放つ。
「すごい!ど真ん中ですよ!」
「へー、やるじゃない」
「ルールーかっけー」
そうだね。矢が的のド真中に当たってるね。えぇー…。
私が狙いを外したわけじゃない。犯人は風の精霊たちだ。
風の精霊たちが、私の放った矢に極少の風を当てて、矢の軌道を変えちゃったのだ。そのせいで、矢は的のド真中を射抜く形になってしまった。せっかく、ほどほどの実力を見せようと、真中を外して射たのに……。
しかし、精霊たちを文句を言うわけにもいかない。精霊たちも良かれと思ってやってくれたことだからね。文句を言うのはかわいそうだ。それに、私もこんなことで腹を立てたりはしない。
風の精霊たちは、一仕事終えたみたいな満足気な雰囲気を出しつつ、「さすがかみさま、すごいよー!」という空気を伝えてくる。なにこれ、接待プレイかな?
「良い調子ですね。このまま次もお願いします」
エレオノールの言葉に、私は再度弓を構える。
なんか結果は見えてるんだよなー…。
そう思いつつ、私は矢を放つ。今度は真中やや左下を狙った。もしかしたら、風の精霊たちが私の意を汲んで、手出しを控えることを期待したんだけど……。
2本目の矢もド真中に命中した。しかも、只のド真中じゃない。2本目の矢は、1本目の矢の
「「「「「…………」」」」」
なかなか無い異様な光景に、皆が静まり返った。皆の沈黙が耳に痛いな。
「まさか…!」
「すごっ!」
「ルールーさんヤベーッス」
一瞬の沈黙の後、皆が口々に驚きを口にする。初心者冒険者かと思ったら、こんな妙技を見せられたらそりゃ驚くな。あのディアネットも、目をまん丸に見開いて驚いている。私もこんなつもりじゃなかったんだが…精霊たちが気を利かせてくれちゃったからね、仕方ないね。
精霊たちは「かみさますごーい!」と、もう完全に接待プレイである。
「弓はこの程度で良いだろ?次に移ろう」
私は早々と切り上げることにした。精霊たちが張り切っているし、これ以上やっても結果は同じだろう。
それに、これ以上やっては、エレオノールたちに驚きではなく畏怖を与えてしまう。せっかく良好な関係を築けているのに、恐れられるのは本意ではない。
「そ、そうですね。次は私と模擬戦でも……」
「ちょっと待ちな」
的から矢を回収していると、アリスの待ったがかかる。何だろう?
アリスは私に近づくと、革のベルトを寄こしてくる。受け取れってことかな?
革のベルトを受け取ると、頭に情報が流れ込んできた。へぇ、このベルト、宝具だ。しかも、なかなか面白い効果を持っている。ベルトには、木の葉の様な形をした投げナイフが、4つ装填されていた。
「そいつの名前は、タスラム。あんたにやるよ。あんたなら使いこなせるだろう。使ってみな」
面白そうな宝具貰っちゃった。やったね。アリスにお礼を言い。さっそく投げて感触を確かめることにした。私はこういった投擲物も得意だけど、物によってけっこうクセがあるからね。そのクセを把握したい。
私は、的からだいぶ外れた所を狙って投げることにした。初めて扱う物だし、少々オーバーに的を外す。エレオノールたちの目があるからね。人間アピールというやつだ。
しかし、私は大事なことを忘れていた。
左手でタスラムをベルトから抜き、放つ。
タスラムは私の手から離れ、私の狙い通りに的を外れて飛んでいく。けっこう素直に飛ぶ。これならすぐに扱えるようになるだろう。そんなことを暢気に思っていた時だった。
「きゃっ」
突然、裏庭に強風が吹き荒れ、タスラムの軌道が大きく変わる。
しまった。精霊たちのことを忘れていた。
気付いた時にはもう遅かった。スコンッと小気味良い音を立てて、タスラムが的のド真中に突き刺さる。
「「「「「………」」」」」ガタッ。
そのあまりに異常な光景に皆、言葉を失くす。ディアネットなんて驚きのあまりイスから立ち上がっちゃったぞ。
さて、なんと言い訳したものか……。
ん?
ディアネットがゆらゆらとおぼつかない足取りで、こちらに歩いてくる。その顔は、長い黒髪に隠れて窺い知れない。
ディアネットは、私の前に立つと、ガシッと私の肩に手を置いた。
「ニュンペディ・アガペ」
ディアネットが呟くように口にする。随分と古い言葉を知っているな。今の言葉に訳すなら……。
「精霊の愛し子!すごい!実在したんだ!」
ディアネットが興奮したように叫ぶ。実際、興奮しているのだろう。顔が桃色に上気し、目が爛々と輝いている。
「ディアどうしちゃったの?」
「え?何?どういうこと?」
いつもとは様子の違うディアネットの姿に、ミレイユたちが戸惑いの声を上げる。
「ルーは精霊に愛されてる!精霊の愛し子!さっきの風は精霊の悪戯!」
「精霊の仕業だったの!?」
「何かおかしいと思いましたが、そういうことでしたか」
「ルー、魔力の代償も無く精霊に魔法を使わせるのは、とてもすごいこと!精霊に愛されてる証!ルーは魔法使いになるべき!」
こんなにハキハキと話すディアネットは初めて見たな。
しかし、ディアネットは先程の風を、精霊の起こしたものだと確信しているようだ。もしかして……。
「ディアは精霊が見えるの?」
「少し見える。ルーにも見えるはず」
やはりそうか。だからディアネットの周りに精霊がたくさん居るのだろう。精霊の姿が見えるということは、それだけで精霊に好感を持ってもらえるからね。
「私も精霊は少し見えるよ」
「やっぱり!ルー、盗賊なんて辞めて、魔法使いになるべき!」
「まぁまぁディア。ルーもいきなりそんなこと言われても困ってしまいますし…」
「でも、すごい逸材。絶対、魔法使いになるべき」
その後も、ディアネットに何度も魔法使いに誘われた。私は魔法使いになるつもりは無かったのだが、あまりのディアネットの熱意に、私はディアネットに魔法を習うことを約束してしまった。まぁこれからも精霊の接待プレイはありそうだし、魔法を使えた方が言い訳ができるか……結果オーライだと思おう。
ディアネットのおかげもあり、先程の風は、精霊の悪戯ということで方が付いたのは僥倖だったな。皆が私を見る目も、変わらずにホッとした。せっかく良い関係が築けているからね。それが壊れてしまうのは避けたい。
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