第17話 神様は合格

「「はぁー…」」


 ミレイユと2人、湯船に沈んで溜息を漏らす。つい溜息が出てしまうほど気持ちが良い。やっぱり風呂は最高だ。


 私とミレイユは、首を浴槽のふちに乗っけて、体の力を抜いて、だらーんと湯の中で並んで寝そべっていた。広いお風呂ならではの贅沢な行為である。温かいお湯に溶けるように、体から余計な力が抜けていくのが分かった。


 余計な力が抜けると、体は自然と水に浮く。呼吸に合わせて浮き沈みを繰り返す体。体にちゃぷちゃぷと当たる波は、まるで体をくすぐられているかのようだ。


「「はぁー…」」


 また溜息が漏れる。


「ふふっ」


 重なった溜息がおかしかったのか、ミレイユから微かに笑い声が聞こえた。


 私はふと沸いた悪戯心のおもむくままに、油断しきっているミレイユへと指を伸ばす。狙うはわき腹だ。先程、ミレイユの体を洗う時に気が付いたが、ミレイユはどうやらわき腹が弱いらしい。


「ひゃんっ」


 弱点を突かれたミレイユが、かわいい声を上げて、大げさに身を捩じらせる。ミレイユの立てた波が、私の体にパシャリと当たって弾けた。


「もー!」


「すまんすまん。ついな」


「まったく。あなたって見かけによらずスキンシップ激しいわよねー」


「そうか?」


 自分ではそんなつもりはなかったんだが…。


「そうよ。髪色のせいかしら、あなたってけっこう見た目冷たそうよ?冷徹っていうか、人とのふれあいとか興味無さそう」


 酷い言い草だ。だが、私の外見を思い浮かべると、そう思うのも無理はないかもしれない。かわいいというよりも、綺麗系な顔立ちだからな。


 私の趣味全開で作り上げた整いすぎた顔は、無表情だと確かに近寄りがたい冷たい印象がするものだった。美人が黙ると怖い、というやつかもしれない。


 それに、私自身、まだあまり表情を動かすことに慣れていないからな。表情が乏しい自覚はある。これからは、もう少し意識して表情筋を動かしてみるか。


 やれやれ、美人というのは得をするものだと考えていたが、暴漢に襲われるわ、人に誤解を与えるわ、デメリットもあるようだ。


「それが蓋を開ければ、こんなおさわり大好きの変態だったなんて」


「変態はひどいな」


 まぁ自覚はあるがね。


「ごめん、ごめん。でも、思ったよりとっつきやすくて安心したわ」


 思えば、ミレイユにとって私は、今日いきなり現れた見ず知らずの人間でしかない。これからパーティメンバーとして共に生活し、命を預け合う仲になるのに不安を感じるのは当たり前か。


「私は合格かな?」


「今のところはねー」


 今のところは、か。そうだなこの先どうなるかなんて分からないからな。今のところ合格という評価を、今は素直に喜ぼう。



 ◇



「ところで気になっていたんだが……」


「なにー?」


 隣からミレイユの蕩け切った声が聞こえる。体から、だらんと力を抜き、お湯に浮かぶ姿はとてもリラックスしていることが伝わる。顔も、目をつぶり、まるで寝ているかのような穏やかな表情だ。


 キスしたら起きるかな?


 突然沸いてきたその悪戯心を抑えるのに苦労しつつ、私はミレイユに気になっていたことを聞く。


「アレは何だ?」


 私の指さす方向には、井戸でよく見かける人力の井戸ポンプと、大口を開けた赤いトカゲの置物が置いてあった。井戸ポンプは分かるが、あのトカゲの置物は何だ?


「あぁアレ?そう言えばまだ言ってなかったわね」


 そう言ってミレイユが立ち上がる。ほんのりとピンクに染まった裸体は、ちょっぴりエッチだ。まだまだ幼い見た目と合わさり、禁断の青い果実を連想させる。


「実際にやってみた方が早いわね。こっち来て」


 ミレイユに手を引かれて、トカゲの置物へと歩を進める。浴槽の中を、足でお湯をかき分けて進むのは、普通に歩くよりも何倍も力を使う。これは良い鍛錬になりそうだな。


「これは、水をお湯にする宝具なの。触ってみて」


 ミレイユが赤いトカゲの置物を指して言う。触ってみると、頭の中にトカゲの置物の情報が流れ込む。確かに宝具なようだ。


 赤いトカゲの置物は、正確には、水に限らず中に入れた物を温める能力を持っているらしい。


「でね、ここに穴が開いてるでしょ?ここから水を入れると、トカゲの口からお湯が出るのよ」


 言われて見ると、トカゲの背中部分には大き目の穴が開いており、トカゲの置物の中は空洞になっていた。この穴は、トカゲの大きく開いた口にも繋がっている。言ってしまえば、このトカゲの置物は、トカゲの形をした大きな急須のような造りになっているようだ。


「これのおかげでお風呂を沸かす薪代が掛からないの。かわいくないけど、すごい宝具なのよ」


 なるほど。たしかにこの大きな浴槽の水を沸かそうと思えば、薪が大量に必要だ。その薪を購入する費用も相当なものだろう。それをタダにしてくれるとは、たしかにすごい宝具だ。


「ちなみに、隣のそれも宝具よ」


「そうなのか?」


 私は、トカゲの置物の隣に置かれた井戸ポンプに触ってみる。すると、頭の中に井戸ポンプの情報が流れ込んできた。


 この井戸ポンプ、こんな形をしているが、水を汲み上げる能力は持っていない。だが、なんと水を生み出す能力を持っている。従って、わざわざ井戸を掘る必要もなければ、たとえ砂漠のような地下水も無い所だろうと、ポンプを漕ぎさえすれば水が出る。まさしく魔法のような井戸ポンプだ。


 さすがに一度に出せる水の量に限界はあるが、この広い浴槽を水で満たしてもまだ余裕があるほどだ。その有用性は計り知れない。


 しかも、ポンプを漕がなくても、水を出しっぱなしにできる能力も付いてるようだ。見た目は井戸ポンプだが、その使い方は水道の蛇口に近い。持ち手の部分を下げると水が出て、上げると水が止まるようだ。


「これは、すごいな」


 有限ではあるが、大量の水を生み出す宝具だ。砂漠のような水不足にあえぐ地域の人々にとって喉から手が出るほど欲しいお宝だろう。まさに宝具と呼ぶにふさわしい。売ったらいったいどれ程の値になるか……想像もつかないな。


 これで無限に水を生み出す能力を持っていたら、冗談ではなく奪い合いの戦争も起きていたかもしれない……。


「すごいでしょー」


 ミレイユが得意げに笑う。はたしてミレイユは、この宝具の持つ価値を正しく認識してるのだろうか?


 その能天気な笑顔を見るに、たぶん分かってないだろうなー……。

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