第16話 神様とお風呂
「ほう!」
もくもくと白く煙る浴室に、私の歓声が響き渡る。
浴室は想像よりもかなり広かった。脱衣所の倍は広いだろう。壁と天井は、石ではなく木で造られており、木の良い香りがする。床は、水はけをよくする為か、石畳となっていた。石の間は白いセメントでしっかりと塞がれている。
浴室の広さにも驚いたが、なにより私が驚いたのは、浴槽があることだ。
かなり大きな浴槽だ。浴室の半分ほどのスペースが下に掘られ、その窪んだ部分にお湯がなみなみと湛えられていた。
個人宅の浴室と言うよりも、銭湯の方が近いイメージだ。
「どう?すごいでしょ?」
なぜかミレイユが、腰に手を当て、無い胸を張り、得意げに訊いてくる。だがこれは、自慢したくなる気持ちも分かるな。
「すごいな。まさか浴槽があるとは……」
私はてっきり、お湯で濡らしたタオルで体を拭くぐらいだと思っていたが、想像をはるかに超えてきた。
「すごいわよねー。普通にやったら、薪代だけでいくら掛かるのか、めまいがしちゃう光景だわ」
そうだな。これだけの水を運ぶのも一苦労だし、これだけの水を沸かそうと思えば、いくら薪を使えばいいのか分からないほどだ。
「薪代はどうしてるんだ?これもアリスの道楽か?」
「その話は後にしましょ。まずは体を洗ってからね。こっち来て」
ミレイユに手を引かれ、浴槽の傍に行く。近くで見る浴槽は大きかった。今はミレイユと2人だが、この大きさなら【赤の女王】のメンバー5人全員でも入れるくらいだ。
浴槽に湛えられた水は、無色透明で濁っていない綺麗なものだ。もくもくと上がる水蒸気の匂いも普通の水のもの。温泉が湧いているわけではないらしい。ますます薪代が心配である。
「ほら、そこに座って」
ミレイユの指した、木製の小さな台のような椅子に座ると、ミレイユが私の後ろに立ち、私の髪を一房手に取ったのを感じた。
「ほんと、髪綺麗よねー。変なクセもなくて真っ直ぐだし、近くで見ると、光ってるみたい」
ふふん。そうだろう、そうだろう。髪には特にこだわったからな。腰まである長い髪は、クセの無い真っ直ぐなストレート。もちろん枝毛の類も無い。髪色は銀。白髪に見えないように、髪色にはほんの少しだけ青色を混ぜたのがポイントだ。
「ミレイユも美しいよ」
これは世辞ではなく本音だ。ミレイユは、背中の半ば程まである、美しいピンク色の髪をしている。ストロベリーブロンドと呼ばれるものだろう。そのかわいらしい髪色は、ミレイユにとてもよく似合っている。
「そ、そう?ありがと…」
ミレイユから動揺した空気を感じるが、なぜだ?
「ほら、お湯かけるから目つぶってなさい」
言われた通りに目をつぶると、ばしゃりとお湯を頭からかけられた。肌をお湯が駆けて行く感覚がなんとも心地良い。髪が肌に張り付く感覚も面白い。
「こんなものかしら。今日はこのまま頭洗ってあげるわ」
私の頭に何度かお湯をぶっかけた後、ミレイユが言う。
「うむ、たのんだー」
ミレイユが髪をワシャワシャと洗っていくと、頭の上でモコモコと泡立つ気配が感じられた。どうやらシャンプー、もしくは石鹸の類があるらしい。
ミレイユの小さな手で一生懸命洗っている様子は、なんだか心がホッコリとするな。
「一度流すわよー」
またお湯を頭からかぶる。モコモコの泡が、シュワッと溶けて流れていく感覚は面白い。
泡を流し終ると、ミレイユがキュキュッと髪を握って水気を切る。そのまま私の髪をかき上げて、頭にタオルを巻いてくれた。
「これでよしっと。ついでにこのまま背中も洗ってあげるわ」
背中はタオルで洗うらしい。泡を孕んだ布が背中をなぞっていく。気持ちが良い。
「はい。前は自分で洗ってね」
「うむ。ありがとうミレイユ」
ミレイユからモコモコに泡立ったタオルを受け取り体を洗っていくと、背後からバシャッと水音が聞こえた。振り返ると、ミレイユが浴槽の傍でお湯を頭からかぶっていた。きっとこれからミレイユ自身の体を洗うのだろう。私はその光景を見て、体を洗うスピードを速めた。
「ふぅ」
ミレイユが濡れそぼった髪を手でかき上げる。その仕草は、見た目とは違う大人の色気を感じさせた。こんな見た目でも15歳ということだろうか。
「ミレイユよ」
「なにー?」
ミレイユがこちらを向く。ミレイユの髪は後ろに流され、オールバックのようになっていた。この状態だと、ミレイユの顔が良く見える。初めて見た時も思ったが、ミレイユは顔が良いな。まだ幼いからかわいい印象が強いが、将来は美人になると感じさせる顔だ。
「今から髪を洗うのだろう?私が洗ってやろう」
「うーん。じゃあお願いしようかしら。洗い方分かる?」
「たぶん大丈夫だろう」
ミレイユを椅子に座らせ髪を洗っていく。髪を洗うのに石鹸を使うようだ。ちなみに体を洗う石鹸も同じ物だ。シャンプーとボディソープという区別はないらしい。
「痒いところは無いか?」
「もうちょっと右ー。あ、そこそこー」
髪を洗うと言うより、頭の地肌を磨いていく。それにしても、神である私が人の子の頭を洗う日がくるとはな。人々から奉仕される経験はけっこうあるが、その逆はあまりない。私は今、貴重な経験をしているな。これでこそ、下界に降りてきた甲斐があるというものだ。
ミレイユは私が実は神だと知ったら驚くだろうか?
まぁ驚くだろうな。しかも、神に髪を洗わせていると知ったら、どうだろう。大いに慌てるに違いない。慌てふためくミレイユというのもかわいらしいだろうな。私の中で、ミレイユに正体を告げて、ミレイユの反応を見たいという悪戯心が大きくなる。
「ふふっ」
「なに?どうしたの?」
いつの間にか声に出して笑っていたらしい。
「なんでもないよ。それより、このまま背中も洗ってやろう」
「そう?ありがとー」
ミレイユの背中は、ぷにっとしてすべすべだった。とても手触りが良い。
「手で洗うの!?」
「この方が肌へのダメージが少ないんだよ」
「そ、そうなの…?」
驚くミレイユにそれらしいことを言って丸め込む。本当は私が触りたかっただけだが、その代りにちゃんと丹念に磨いてやるから許してほしい。
「んっ…くすぐったいわ」
「がまん、がまん。綺麗はがまんだぞ?」
「綺麗は、がまん…」
私はミレイユの脇から手を通し、ミレイユの背中に抱きついた。
「ひゃっ!?」
「このまま前も洗ってやろう」
「いいわよ!自分で洗っ、ちょっどこ触って、やめ、あんっ…」
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