第3話 神様の降臨
初めに感じたのは、足裏に大地を踏みしめる感覚。草が、柔らかな土が、私を受け止める。
瞼を通して感じる光に目を開けば、青い空に白い雲。視線を下に下げれば、草の生い茂ったなだらかな大地が見える。
ここはダンジョン都市タルベナーレの郊外の草原だ。私は人気の無いこの場所を降臨場所に選んだ。何もないところからいきなり人が現れたら、ビックリさせてしまうからね。それだけで神とバレることは無いだろうけど、怪しまれてしまう。
風が、まるで私を出迎えるように、ゆるゆると私を中心に小さな竜巻を起こす。やれやれ、早速バレてしまったらしい。
私を出迎えたのは、風の精霊たちだ。私に会えたのことが嬉しいのか、風が私にまとわりついてくる。肉の体で人間の目は誤魔化せても、精霊の目は誤魔化せれないようだ。前回も降臨したらすぐにバレてしまった。
まぁバレてしまったものは仕方がない。精霊にバレるのは想定内だ。
「諸君、出迎えご苦労」
風が返事をするように、一陣の風が吹く。
「うむ」
それに頷きを返して、私は早速次の行動へと移る。下界は忙しないからね、ぼさっとしてるとすぐに時間が経って夜になってしまう。
ここはタルベナーレから少し離れているからね。まずは歩いてタルベナーレまで向かわないと。
「はて、街道はどっちだったかな?」
私の呟きに答えを示すように、風が吹く向きを変える。なるほど、こっちか。
「ありがとう」
私は礼を言い歩き出す。すると、風が私の背を押すように吹き始めた。追い風だ。これは楽でいい。楽でいいのだが……。こんな不自然な風が吹いていたら、私の正体がすぐに人間たちにバレてしまう。
これが、私が魔法使いにならない理由だ。風の精霊たちが私を気遣って、何かと世話を焼いてくれるのである。何も頼んでいないのに忖度してくれるのだ。風の魔法でも使おうものなら、精霊たちが張り切りすぎて、小さな魔法も大魔法に早変わりだ。それではすぐに、私の正体がバレてしまう。
まぁ精霊たちが善意でやってくれることだからね。叱るのは大人げない。
「人間たちに正体がバレたくないのだ。控え目にね」
“分かった!”と返事をするように一陣の風が吹いた。
「でかいなー!」
遠目に見ていても大きいことは分かっていたが、すぐ近くで見るタルベナーレの門は大きく立派だった。石造りの立派な外壁に、大きな川を利用した、天然の水堀まで完備している。まさに難攻不落といった感じだ。夕日に照らされる外壁は、風情があって、見てるだけでワクワクする。
ダンジョン都市タルベナーレは、大きな川の上に浮かぶ水上都市だ。元々は、川の中州にあったダンジョンを中心に街があったのだが、街の発展と共に、川にいくつも橋が架けられ、その上に街ができたらしい。聞いてるだけでワクワクする話だ。いったいどんな街が広がっているのか、早く街を見て回りたい。
大きな街だから、街を訪れる者がたくさん居るだろうと思っていたのだが、タルベナーレの門は意外と空いていた。時間帯も関係あるかもしれない。もう夕方だからね。お昼はきっと賑わっているのだろう。
門番に止められることもなく、すぐに街の中に入れた。ここはもう川の上のはずだが、川の上に立っているとは思えない光景だ。広く大きな石畳のメインストリートには、まだたくさんの人が歩いている。道の左右には、たくさんの店や家が軒を連ね、道端にはいくつも屋台が開いていた。
私はお上りさんのように、きょろきょろと辺りを見渡しながら、道に沿って街の中心へと進んで行く。初志貫徹、目指すはダンジョンだ。
ダンジョンは、街の中心にある。この大通りを歩いて行けば着くだろう。道に迷えば、人に訊けばいい。
街を歩いていて感じたのは、活気があるということだ。人々の顔には笑顔が浮かび、声も威勢のいい元気な声が響く。なんだかこちらまで元気になるな。
歩いていると街の雰囲気が少しづつ変わってきた。華やかというよりも、派手な感じだ。それでいてどこか武骨な雰囲気もある。街を歩く人も、鎧を着ていたり、帯剣している者が増えてきた。きっと冒険者だろう。
前方に街の外壁とそっくりな石造りの高い壁が見えてきた。ようやく見えてきたな。事前に街の様子を覗き見たから知っている。あの壁に囲まれた中にダンジョンの入口があるのだ。私は壁を目指して歩き出す。
壁には小さめの門があり、そこから冒険者らしき武装した人間が出てきた。あそこが出入り口だな。
門には門番もいるようだ。彼らに軽く会釈をし、門をくぐろうとしたところで声を掛けられた。
「っと。待った待った!」
門番に呼び止められてしまった。何の用だ?
「君、今からダンジョンに入るのかい?」
「そのつもりだが…」
何か問題でもあるのか?
「こんな時間に?一人で?もう夜だよ?」
たしかに、もう日は沈みかけ、夕方というよりも夜という時間帯だ。この時間帯からダンジョンに行く人は稀なのだろう。私以外にダンジョンに入ろうとする人間はいないようだ。
一人ということに驚かれたということは、普通は複数人でダンジョンに行くものなのだろう。たしかにダンジョンから出てくる人間は複数人の集まりが多い。事前に冒険者の様子を窺った時も、彼らは複数人の集まりを作っていた。たしかパーティと呼ぶんだったか。
「この時間に一人ではダメか?」
何かそういう決まり事でもあるんだろうか?
「ダメじゃないけど……危険だよ?」
なるほど。危険だからわざわざ声を掛けてくれたらしい。門番はこちらを心配そうに見ていた。この門番、良い人だな。
人の善意を無にするようで悪いが、私は早くダンジョンに行ってみたくて堪らないのだ。ワクワクが抑えきれない。
「なに、ちょっと様子を見てくるだけだ。危険な真似はしないよ」
門番を安心させるように明るく笑顔で答える。
「そ、そう?それなら…いいけど……」
門番が体をビクッとさせ、私の顔から視線を逸らす。いや目を逸らした後も、チラチラと私の顔を見ている。ふむ、どうしたんだ?門番の顔が少し赤い気がする。さては私の顔に見惚れていたな。まぁ私の自信作だからな、見惚れる気持ちは分かる。もっと見ていいぞ?
「じゃ、じゃあ冒険者証を見せてくれ」
「冒険者証?」
なんだそれは?いや、字面からなんとなく想像できるが、一応聞いておこう。
「持ってないの?冒険者ギルドが発行してる冒険者の証だけど」
「うむ、持ってない」
「じゃあダンジョンに潜れないよ。まずは冒険者ギルドに行って冒険者証を作らないと」
「そうか……」
ダンジョンはお預けらしい。早く行ってみたいんだが…。
「……ダメか?」
意識して上目遣いでお願いしてみる。私の顔に見惚れていたし、効果はあるだろう。
「そ、そんな顔してもダメなものはダメだ!」
ダメらしい。ちぇっ。
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