2話 所詮は村人

 エースの目の前に外に広がる荒野は砂漠というほどではないが、植物はまばらで死の大地の一歩手前という雰囲気のところだ。

 

 雨季はなく、降るときはこまめに降るが、砂漠化するほど雨が降らないときもある。

 

 最近は雨がなく、乾燥が進んで魔物達も飢えているから凶暴化しているだろう。この世界に動物はいない。魔物として魔石を持っているが、家畜に出来る魔物も存在している。

 

 この荒野で最強の魔物は人型で大きな体格の鬼、オーガで皮膚は固く、鈍器な粗末な棍棒などを使い仲間と連携して襲ってくる相当に危険な魔物だ。

 

  荒野のオーガの縄張り周辺がエースの仕事場である。オーガに勝てないエースは縄張りを避けて、獲物を狩るために、荒野を移動し狩り場に向かっている。

 

 歩いて行くには、丸四日ほどかかるのだが道中の食糧はエース唯一無二のスキルである、盾技のシールドバッシュで倒した魔物を解体してそこらに落ちている枯れ枝を使い焼いて食べ、水分は酒を呑んで進んで行く。

 

 味付けはないが荒野で食べる焼肉とアルコールで十分に楽しめる男エースである。

 

 村を出る時のことで少し、やけ酒をして呑みすぎた。減りが早過ぎて途中で無くなったら最悪だと思いつつ、剥ぎ取った素材を売って酒代にするために呑んで食って空いた分だけ荷物袋に入れる。

 

「魔物も痩せてるな餓死も間近か」

 

 目の前に現れた魔物だけを体重をいかして盾で押し潰しながら歩き、日がくれて夜も歩き続ける。

 

 無理して歩くのは酔い醒ましと村人からの嫌がらせ対策でもある。余裕の少ない村で嫌われれば村八分どころか人間扱いもされにくいものなのだ。

 

 寝ていて荷物を盗られても味方はいないし、真正ボッチには交代する見張り番もいない。魔物が近づいてるのに寝てれば死ねる。なら警戒しつつ早く移動する方がいいし早く帰る方がいい。

 

 家も泥棒が入って何かを盗まれても村八分なのだから、助けて貰えないだろう。稼ぎどころか服すら置いていないのだから盗まれる心配はないだろう。服や物を買う稼ぎが有れば全て酒に変えるエースであるから、盗み対策では無いかもしれないが。


 それでも家は呑んだくれながら、たぶん心配なのである。たぶん。

 

 考えてるようで酒が大切な呑んだくれのエースである。

 

「重いな、呑んで軽くするか」

 

 エースは荷物から酒入りの皮革を取り出し、夜空をツマミに飲みながら翌朝まで歩き続けた。

 

「グガー!」

 

 明け方オーガの雄叫びが聞こえてくる。

 

「オーガ共、腹が減ってこっちに来たのか?縄張りの外なんだがな」

 

 エースは襲われても身を守れるように、盾を確認するとオーガに向けて歩き出す。

 

 オーガは一体でBランク、一般人なら数十人分の強さで、ソロで勝てる者なら戦闘のプロレベルである。冒険者でも才能の壁により、ステータ不足で上がれない者が多いかなりの強者のランクだ。大半の冒険者はDランク、Cランクが限界なのだ。

 

「グガー!!」

 

 粗末な使い古した防具にきらびやかな新品の武器を持った、アンバランスな男女二人がオーガ三体と戦っている。

 

「ん?あれは村のマリーにケインか?あいつらは確か、冒険者になりたい18歳と20歳の若者だったか?いや、いくら若くてもオーガに2人で挑むほどバカじゃないだろ。こんなとこにいるはずがない呑みすぎたか。これは迎え酒しないとな」

 

 呑みすぎの幻覚などではなく、ケインが前衛の両手剣で斬りかかり、マリーが魔法で攻撃する後衛で、連携は悪くない。

 

 ケインは村で一番の若手イケメンで強くてモテまくり、コミュ力も高い、村八分でボッチなエースとは正反対の男だ。

 

 マリーは気が強くて魔法が得意なロングヘアーの可愛い女の子で、エースは会話なんて当然したことがない。たぶん会話したら独り身の男達が・・・いやケインと恋人同士・・・考えるのやめよう。

 

 ケインの剣の威力ではオーガの皮膚が固く、全くダメージを与えていないし、マリーの魔法も火力不足で皮膚を突破出来ないため勝ち目は全くない。

 

「やっぱり呑んでもいるな、あいつら恋人だったはずだが、はぁ〜若いリア充共は羨ましい。俺も女とイチャイチャしたいぜ」

 

 エースはオーガに気がつかれてもぶつぶつとリア充達を呪いながら歩いて近づく。絶対にケインとマリーに聞こえない声量なのはご愛嬌である。

 

「呑んだくれエースに押し付けて逃げるぞ」

 

「分かったわ」

 

 もちろんエースがオーガを撃退し、颯爽と助けてNTRなんてことはなく、ケインとマリーはエースの姿を見つけるとエース向けて全力ダッシュする。

 

 酒で腹が出るほど太った46歳の完徹明け、しかもステータスの低いエースが若者と一緒に走れるはずがなく、仕方なく盾を構える。

 

 もちろん二人は立ち止まることも話しかけることも、なく村に向けて全力疾走する。

 

「あいつら追いかけられたら村がヤバイのは分かってんのか?マジで呑まなきゃ、やっとられん。酒が手に入らなくなるだろうが、酒の責任は取れないだろ?」

 

 ボヤキながらオーガに盾を向ける。その前に村人という仲間どころか赤の他人よもり酷い扱いだが、気にしたら負けだ。

 

「あいつら命の恩人に何かないか?はぁ本当にリア充爆発しろ」

 

 ケインとマリーはエースに本当に言葉をかけることもなく走り去り、エースはソロでオーガ3体との死闘を強制エンカウントさせられたのである。エースのボヤキはもちろん絶対に聞こえない文句だ。

 

 エースはオーガの持つ棍棒的な木を盾で受け流す。正面から受け止める力はエースにはないし、盾が耐えられない。

 

「太陽神オー様、我と酒の供給地を守りたまえ」

 

 神頼みをして次のオーガの攻撃に盾を合わせ受け流す。呑んだくれおっさんエースも敬虔な信者なのである。ステータスとスキルという奇跡は神を信仰するから得られる、正しく神の御業なのだ。ちょっと村の扱いがアレだがお互い様だろう。

 

「今回は飢えて縄張りから出てるからなぁ。はぁ〜相当長くなりそうだ。完全に酒が抜ける前に終わらせて欲しいところなんだが?」

 

 エースのボヤキをオーガが汲み取ることはなく、3体のオーガの猛攻をエースはひたすら安物の盾で受け流し続ける。

 

 まともに攻撃が当たらない雑魚にイラついたのかオーガの攻撃が大振りになる。

 

「チャンス到来てな、ほらシールドバッシュ」

 

 エースの唯一のスキルは低レベルの盾技のみである。そしてスキルレベルが低いので、シールドバッシュしか使えない。使える回数もMPが低いため多くはない。もっとも戦闘中にMPは自然回復するからあまり困らない。

 

 他に防御スキルもなければステータスも防御が高めなだけなので攻撃力がケインより圧倒的に低いどころか、マリーにすら全てのステータス値で負けている。そんなエースにはオーガの皮膚を突破してダメージを絶対に与えられない。しかしオーガの体勢を崩すことは出来る。

 

 オーガの大振りな攻撃は受け流され、さらにシールドバッシュで押される形になり、たたらを踏むと仲間の目の前に背を向けていてしまう。

 

 そこはエースを攻撃するべく棍棒が大振りに振り下ろされており、棍棒は急に止まれない。

 

 いかに皮膚の分厚いオーガとはいえ、オーガ攻撃はオーガの背中に効くのだ。打撃は硬い皮膚にもダメージが通りやすいからなおさらだ。

 

「ぐぎゃー!!」

 

 背中を殴られたオーガが悲鳴をあげる。そりゃ不意打ちは痛いだろう。

 

「あれは背中に直撃したな、ひえー痛そうだ」

 

 エースは自分で起こした悲劇に他人事のようにぼやく。

 

 そこからは受け流し、たまにシールドバッシュでフレンドリーファイアをさせながらオーガが撤退するまでエースは粘りに粘り、納豆もびっくりするほど粘り、受け流し続けたのだった。

 

 納豆なら混ぜられすぎて粘りも失われてるほど戦闘は続いた。

 

 きっと粘着テープの糊より粘り強い男エースなのだ。村のエースになれと名付けられた男は粘着男になっていた。意味が分からないがそんな感じなのだ。

 

「早く諦めてないか?俺は酒と酒で出来てて不味いぞ?ん?そうか酒が無くなったら俺を呑めばいいのか」

 

 粘着男のエースはやっぱり残念な酔っぱらいでしかないようだ。

 

 理由とか戦い方とか色々と残念でクズなエースだが、将来有望な若者の命を救った事に変わりはない。

 

「あいつら帰ったら酒をたんまり奢ってくれないだろうか?おっさんが若者と同じ席で呑むのは無理だから買って渡して欲しいなぁ。あっマリーとサシなら我慢して呑んでやろうかな」

 

 ・・・やっぱり救いのないクズ野郎のようだ。誰にも聞かれることのないエースのボヤキはまだまだ続きそうだ。

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