第6話 サラの知識

馬車が自宅玄関へ着くと、執事のワトソンと私の侍女エルサが迎えに出て来た。

ワトソンへチラリと目線を遣ると、大袈裟に身体を揺らした。


「ワトソン。お父様にお話しがあるので、このままお伺いしたいのだけど。伝えて来てくれない?今直ぐに。」


今直ぐに。と言う部分に少し力を入れた。


「お嬢様。旦那様は本日お忙しく、少しお時間を頂ければ、調整。」


少し強めの口調でワトソンの言葉に被せた。


「ワトソン。今直ぐにお父様に取り次ぎなさい。」


ワトソンは、ひぃ。と悲鳴をあげながらも、御意。と走って行った。

出来るのに、やろうとしなかったのね。

まぁワトソンの事も考えて、執務室迄ゆっくりと歩みを進めた。

それでもワトソンからの返答は、来なかった。そして私は、いました執務室の扉の前。

大きく深呼吸を2度程行って、ノックをした。


「お父様。サラです。失礼致します。」


「ひぃ。お嬢様!」


ワトソンの悲鳴が良く届いた。

失礼な!私は化け物では無いのに。


「サラ!待て!私は今忙しい。少し」


もう、扉を開けて入室していた。


「何ですか?お父様?」


仄暗い笑みでお父様を見ると、


「アカデミーは、疲れただろう。今日は休んで明日以降では、どうだろうね。」


「いえ、今でお願い致します。お父様お忙しそうですから、簡潔に済ませますわ。」


「あぁ。そうだね。うん。私は忙しいから早い方が良いかな。」


ここで、ワトソンがお父様に退出の挨拶を始めると、お父様は、ワトソンの手首を掴んだ。


「行くな。側におれ。」


何故かお父様の手が震えている。あら?声もかしら?


「人払をお願い致します。それとも私が怖いのですか?」


「娘を怖がる父がいる訳ないだろう。」


でもまだ、ワトソンを離さないし、声がうわずっていらっしゃるけど。

仕方がないので、もう一度


「お父様。人払を。」


と強く言うと、ひぃっ!と悲鳴をあげて、手を離した。ワトソンは、早歩きで部屋を出て行った。

扉が、閉まる音がすると、あっ。と扉の方へ手を伸ばしながら小さくお父様が言った。

失礼極まりない。


「この国の宰相閣下。今殿下は、どちらにいらっしゃるのかしら?」


えっ。と小さく呟いて、目線を私に移した。が、何やら怯えている。


「何故殿下の話しなのだ?」


「アカデミーに私が存じあげないラルフと言う人物がいらっしゃるので、ふと、殿下はどちらにいらっしゃるのかしら?と思いまして。」


今迄怯えていたのが嘘の様に、饒舌に話し出した。


「本来なら、殿下の事等を屋敷で話すべきではないのだが、そう言う事ならば仕方がない。今殿下は内密にご遊学をされている。内密なので、行かれた国にも殿下の事は伝えていないのだ。見物を広める為と、一般に紛れれば、見えないものも、見えると言う事らしい。」


私は、俯き口元に手を当てた。成る程。


「わかりましたわ。私もキアラに害がない限りは、黙っておりますわ。」


お父様の目が少し泳いでいる。もっとどっしりと構えたら良いのに。普段のお父様は、こんなミスはしないだろう。宰相閣下は伊達ではない。と聞いている。しかし、私相手となるといきなりポンコツになるらしい。


「えっと。サラや。それはどう言う意味かな?」


「そのままの意味です。私は、キアラが大好きなのですよ。それは、クリスに渡したくはない程には。

私は男と言う者を信頼はしておりません。」


「サラや。父もその男だよ。お前の兄も、ワトソンも。」


私を覗き込みながら、顔色を伺っている様だ。


「そんな事わかっております。私が言っているのは、屋敷以外の男の事です。特に怪しさこの上ないのは、殿下です。私歩く貴族人艦と影で言われる程、貴族の名前と顔は一致させております。それこそデビュタントを迎えた、子女達もその日の内にここへ。」


と顳顬に人差し指を当てる。お父様はビクンと肩を震わせた。


「しかしながら、未だにただお一人だけ、拝顔した事がない方がいらっしゃいますのよ。ラルフィルス王太子殿下と仰いますの。しかもこの方、私が出席する夜会には一度も出た事はなく、過去に出た夜会は、3回のみ。王太子としては、些か可笑しくはありませんか?宰相閣下。」


「いや。殿下が病弱である事は、国の誰もが知っている事。体調が良く、出席出来た社交界が、偶々3回であっただけで、偶々サラとすれ違っただけだよ。」


声がまた、上擦っていらっしゃる事に気が付いていないのかしら?残念ですわ。お父様。それでは肯定している様なものです。


「宰相閣下が、関われば、偶々は何度でも起きます。その偶々3回何故か、私はお父様が『どうしても顔を出さなければいけないのに、どうしても仕事の都合で行けなくて、』私が代わりを務めたキアラと一緒に行く予定だったもの。結果キアラが一人で、参加する。でしたわね。」


お父様は、視線をあからさまに逸らした。


「一度目の時にキアラから夜会の話しを聞いて、違和感を持ちました。二度目、三度目で、何となく感じているものがあります。『もしかしたら、ラルフィルス王太子殿下はキアラが好きなのではないかしら?』と。そうすると私が殿下のお顔を知らない理由も見えてくるのですよ。宰相閣下。」


お父様は、観念した様に俯いている。多分観念してはいないのだろうけど。宰相閣下が娘に負けてはダメだから。


「サラ。女は隙がある位が可愛げがあるのだよ。お前の様に全く隙がない女には、嫁の貰い手はいなくなるよ。キアラ嬢位が丁度良いと思うよ。」


「何を言っているのですか!」


私は、お父様に向かって強い口調をぶつけた。


「キアラがキアラらしく居る為には、側にいる私が一分の隙など作ってはならないのです。それこそ野獣の餌食になってしまいます。私はキアラを野獣から守る為に存在しているのですよ。」


お父様は私を瞠っている。


「お前は、結婚はしない気なのか?」


「結婚はしませんが、お兄様のお荷物になる気もありません。将来は、キアラと一緒にお祖父様から頂いた領地で仲良く過ごす予定ですから。」


「キアラ嬢は結婚するだろう。今現在だって婚約者はいるじゃないか。」


呆れた顔をしてお父様を見た。


「キアラとクリスは、婚約解消する予定です。婚約破棄に持ち込んで、キアラを傷物扱いして囲い込み自分の物にしようとしている方がいらっしゃる様ですが、絶対に許しません。まぁキアラも今回の件で男性に対して、不信感を持ってくれたので、問題はありませんよ。」


お父様の顔色が段々と変わって来る。青色から今は血の気が引いた白色。面白いわ。

クスクスと笑いながら、


「疑問は全て解決しましたので、失礼致します。お父様。」


綺麗なカテーシーをして、退出した。お父様は、固まったままで居たらしく、私が廊下を歩いて暫くしてから、お父様の叫び声が聞こえたが、何を言っているのかわからなかった。


明日からは、クリスの他にラルフィルス王太子殿下と言う敵も増えるのか。

まぁ負けないけれどね。

と心で誓った。

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