第4話 動き出そう
出されたハンカチを受け取って良いのか。暫くハンカチを見つめてしまった。
「遠慮しないで。さぁどうぞ。」
見上げると、整った顔が作る爽やかな笑顔があった。
黒髪にルビーの瞳、精悍な顔に笑うと優しさが滲み出る様な。クリス様も、かなりなイケメンではあると、思うが、それ以上ではないだろうか?
これだけのイケメンであれば、噂位には、なるのではないだろうか?でもこの人の話し聞いた事がない。ラボの先輩達の話しはしょっちゅう聞くけど。
「あの…ご厚意には感謝しますが、私もハンカチは持ち合わせておりますので。」
そこ迄言うと、あっ。と呟きながら、彼は目尻から流れた涙にハンカチを優しく押し当てた。
「探すよりも、直ぐに使える方が早いからね。もう1度使用したから、後は一緒でしょ。もし、良ければあのベンチで休まない?」
余りのスムーズな行動に彼を見つめるしか出来ない私を、スマートにベンチ迄エスコートした。
「キレイな女性の涙は、どんな男性をも惹きつけてしまうね。俺もその1人だけど。何があったの?知らない人だから話し易いかも知れないよ。大丈夫。俺は君と初めて話しをする人間だから、誰にも言わないよ。」
言われてみたら、全く知らない人の方が話し易いかも知れない。また、彼の話し方は滑らかで、心が安らかになっていくので、危機感が削がれていく。
彼の瞳を見ていると、自然と話しをしたくなってしまう。まるで魔法にでも掛けられた様に。
私は、幼い頃に数回遊んだ事、母達が亡くなって疎遠になってから、彼からプロポーズをされた事。学園の時には、仲良く過ごしたが、アカデミーに入ってから、避けられている事。そして、サラから聞いた事。先程クリスと話しをした事。時折涙を流しながら、話しをした。
「彼を好きなんだね。」
と呟やいた。
「好きと言う感情が今わかりません。好きってなんでしょうね。侯爵家なのだから、本来なら政略結婚が当たり前なのに、お父様が気にせず好きな人と結婚しなさい。と言っていたから、好きだと言われて、嬉しくて自分も好きだと思い込んでいたのか、私も好きだったのか、わかりません。」
そう言うと、彼は私を座ったまま抱きしめた。
「なら、君も俺と恋愛してみる?彼の気持ちが少しはわかるかも知れないよ。」
耳元で囁かれた。私を甘やかすその言葉に心が、ドキンと動いた気がした。しかし、
「それは、同じ事を遣り返せと言う事でしょうか?私には出来ません。私が、出来る事は、クリスが婚約解消するなら婚約解消に同意する事だけです。」
「彼は婚約解消はしない。と思うよ。後は、証拠を集めて婚約破棄しちゃえば?」
婚約破棄?私は彼を見た。
「君にだって矜持を貫く心を尊重する事は当たり前にやって良い事なんだよ。」
私は、心が晴れた気持ちになった。
婚約破棄。して良いんだ。私自分を守って良いんだ。
そうだよね。無理する必要は何処にもないよね。
だってクリスは私を好きじゃないのに、そんなんじゃ一生一緒にいるのは、お互いに辛いよね。
「ありがとうございます。心が晴れました。私婚約破棄の為に証拠集めします。」
「良いと思うよ。俺も協力しようか?」
「いいえ。大丈夫です。お気持ちだけ受け取ります。」
そうなの。残念。と呟いた彼の言葉は小さ過ぎて私には届かなかった。
「名前教えてくれないかな。俺は、ラルフと言うんだ。」
「まぁラルフ様。今日は話しを聞いて頂きありがとうございました。私はキアラ・マルベラと申します。あっ!もし宜しければ、こちらのハンカチどうぞ。」
と未使用のキレイに梱包されているハンカチを鞄から出した。
「新しい友人が出来たら、お渡ししたくて。いつも数枚持っているんです。私が刺繍しました。こちらのハンカチは、お洗濯をさせて頂きます。」
「洗濯は良いよ。このまま返して貰うよ。」
ラルフは、ハンカチを私の手から優しく取った。そしてわたしが渡したハンカチを持って、
「宝物が出来たな。」
と嬉しそうに微笑んだ。
さようならの挨拶をして、馬車留めへと向かった。
ラルフが私の後ろ姿をずっと見送っていた事を知らなかった。今迄会わなかった人だから今後も会う確率は低いだろうと、思っていた私が浅慮である事をこれから知る事となる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます