第14話 食事会、皇女告白
宮廷料理人としての一日は忙しい。
朝は遠征にいく衛兵の食料として。昼はアリエスや始め王様たちに向けた昼食の一品として。そして夜は訓練後の衛兵の夕食として。
朝から晩までひたすら料理。そんなハードな生活が続いているが、俺も少しずつ慣れてきた。
かれこれ3ヶ月くらい経っただろうか。
今日は毎年行われる近隣諸国との交流会の日だそうだ。
交流会は立食パーティの形式で行われるらしく、宮廷料理人が食べ物を提供しなければならない。駆け出し宮廷料理人の俺も当然この大舞台に招集された。
今年の開催場所はうちの国で、ここイストリア王宮の大ホールが会場だ。
「今日はマジで大切な日よ。アンタの料理、期待しているから。ファイト!」
アリエスにポンポンと背中を叩かれる。
「わかっている。できる限りを尽くそう」
食事はビュッフェ形式だ。俺含め50人いる宮廷料理人たちが自分の作った料理を各々のブースにだすことになっている。
「此度は我がイストリア小国へお越しいただきありがたく存じる。これより交流会をはじめる!」
今回の主催国のトップである王様が司会らしい。
「食事は各々好きなものを取るように。気に入ったものがあれば輸出の検討も前向きに行うのである」
王様、相変わらず堅苦しいな。そしてちゃっかり商売する気満々である。
かくして始まった交流会。各国の王族、貴族が高級そうなワインを片手に、あちこちのブースに散らばっていく。
一品一品品定めするような目で吟味し、気に入ったものを取皿に持っていく。
「なんか緊張してくる」
「大丈夫よ、あなたのタコ焼き、きっと他国にも受けるから!」
その根拠のない自信はどこから来るんだよ。
そしてなぜお前は俺の隣りにいる?
姫様なのだからパーティに参加する側の人間だろ?
と言ってやりたいが、心の内に留めておこう。
「これは国の地位を上げるチャンスなんだから。かっこいいとこ見せてよね!」
「そうだな」
アリエスって国の名声にやたらとこだわる節があるよな。
「それにしても周りの料理人もレベル高いなあ」
高級食材を使うのは当たり前。そしてそれを扱う一流のシェフ。そんな強者を相手に庶民派料理のタコ焼きが通じるのだろうか。さすがに自信がない。
「こんな下等な食材をよこしやがってー、と言われて国の地位が下がるかもしれない」
「まったくシルディは考えすぎー」
だといいんだが。
さて、開始して10分が経過するも俺のブースには誰も来ない。他の料理人の食べ物を食している。
「ふん。なんとも珍妙な料理ですな」
お、はじめて俺のところにやってきたぞ。
どこの国が知らんが、ちょび髭のおっさん貴族だな。
「ブラックオクトパスを使った料理か。その他食材も安物ばかり……けしからん!! こんな下等な食材ばかりよこしやがって!」
本当に言われるとは。
「ちょっとアンタ! アタシの超大好きなイチオシの料理にケチつけないでくれる?」
「おお、これはこれは。貴殿はイストリアのアリエス皇女殿下。相変わらず容姿端麗で」
このおっさん、舐め回すようにアリエスのことを見ているな。これは下心がありそうだ。
「こんな下等料理を出す輩のそばなんか離れて。ぜひ我がダイン民国の王子様と親睦を深めましょう」
「イヤよ!!」
「良いではないか。ほら行くぞ」
アリエスの腕を引っ張り、無理やり連れて行こうとする。
「やめるんだ。アリエスが嫌がっているだろ」
「なんだ貴様! まともな料理も作れないくせに偉そうな口を叩きやがって!」
「それなら試してみるか? 本当にこのタコ焼きが下等な食べ物かどうかを」
俺は一番出来上がりの良いタコ焼きをおっさんに渡す。
「ふん。匂いは悪くないようだが、味はどうだか」
モグっと一口。その瞬間おっさんは目を大きく見開いた。
「くっ……下等な食材なのに! まずいはずなのに!」
悔しそうにそんなことを言いながらも、一つまた一つと食べているようだが?
「くそっ! 認めたくないのに体が言うことを利かない! うまい!! んまあいいいい!!」
「誰がまともな料理を作れないって?」
「くそっ。参った。私の負けだ」
わかってくれたならそれでいい。
「今あそこですごく旨いって」
「面白そうだ、行ってみよう」
今の一連を目撃した人たちが、次から次へとやってきた。人が人を呼び、やがて俺のブースには行列が出来上がった。行列は止むことなく、交流会終了まで俺はひたすらにタコ焼きを作らされた。
そしてその結果、イストリア小国はいくつかの国とタコ焼き輸出の協定を結び、国の名声を大きく上げることになったのである。
◆
交流会が終わったあと、俺は王宮にあるアリエスの自室に呼ばれた。
「今日はありがと! シルディ大活躍だったじゃん!」
「そうだな」
当たり前のように上げてもらったが、女の人の部屋に入るのは初めてだ。甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「ほら、そこかけて」
ソファに座らされる。目の前の机のカップに紅茶が注がれたのでそれを飲む。
「マジでカッコよかったから!」
「そこまで言われると照れる」
二人きりなのでなおさら気恥ずかしい。話題を変えてそらすとするか。
「そういえばアリエスって国の名声にやたらとこだわる節があるよな」
ずっと思っていたことを聞いてみた。
タコ焼きのレシピを無理やり探ろうとしたこと。俺を宮廷料理人になるように誘導したこと。そして交流会で結果を出すように催促してきたこと。
そのどれもが国の名声を上げるためであれば合点がいく。
「そうに決まってんじゃん。皇族として私にできることはやるつもりでいるから」
「本気でこの国を変えたいみたいだな」
「そりゃもう本気よ。だって……いつ潰れてもおかしくなかったからさ」
普段活発なアリエスが急にしおらしくなる。
「国土は狭いし、人も少ない。当然兵力も弱い。産業も強くなければ、海もつい最近までは……。本当にどうしようもない国だった」
アリエスが静かに語り始めた。
「そりゃ私達のような身分の高い人たちは、お金をたくさん持っている。けれど一般の人たちには貧しい思いをさせてしまっている。私は民衆のためにも、一刻も早く国を豊かにしてあげたい! だから国の名声を上げ、そして大きくしていきたい! ……たとえどんな手を使ってもね」
そう言うとアリエスはそっと両手を絡めてきた。
「アリ……エス?」
何かの間違いかと思って、手を振りほどこうとしたが、アリエスがぎゅっと掴んで離さない。
「アンタが来てくれてからこの国は明らかに元気を取り戻しつつある」
アリエスは止まらない。顔をどんどんと近づいてくる。
「私は国のためならなんでもする。……ねえシルディ、私達の国の王様になってよ」
ぷっくらとさせた唇を晒し、アリエスは目を閉じた。
ハニートラップ……ではなさそうだな。
こいつは本気で俺を王様にしようと考えているみたいだ。
目の前でキスを待つ可憐な美少女。このまま欲望に任せて抱きしめたい。そんな気持ちもないといえば嘘になる。
しかし、俺には帰るべき家がある。もしここで本能に流されてしまったものなら、メイアやシルシィに見せる顔がなくなる。
俺は高ぶる気持ちを堪えた。
「悪いアリエス。今はそういうことはできない。俺にはアリエス以外にも大切な仲間がいるから」
目を開けるアリエス。少し残念そうな顔をしている。
「チッ。色仕掛け失敗かー」
嘘だ。それならどうして涙が出ている。どうして声が震えている。
「ごめんね部屋にまで呼び出して。もう帰って大丈夫……っだから」
アリエスは涙と声の震えを懸命に抑える。
「あーあ。今日で宮廷料理人は解雇ね。明日から王宮に来なくていいから。でも安心して、イストリア海の支援は続けるわ」
そしてアリエスは少し考え込んで――。
「決めたわ、私もアンタのパーティに入る!」
「なんだと? 正気か?」
「もしかして断る気? 私にこんな思いをさせたってのに罪滅ぼし一つできないわけ?」
そう言われると断れない。
「じゃ決まりー。私諦めないから。明日からもよろしくー」
《黄金の竜》のメンバーが一人増えた。
そして宮廷料理人としての俺の生活も幕を閉じるのだった。
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