第10話 皇女来訪

1ヶ月が経過した。

俺たちの経営している海の食堂は日々繁盛している。

テイクアウトの効果もあり、タコ焼きの噂が国内に続々と知れ渡るようになった。知る人ぞ知る隠れた名店ではなく、イストリア国でも有名な食堂として認知されるようになった。


もちろん魔法の訓練も怠っていない。17時に店を閉めると、ゲートの鍛錬に精を出した。その結果もあって今ではゲートも常時開放できるようになっている。

それからは人がまた一段と増え。常に座席が満員となり、天気の良い日なんかは長蛇の行列ができることもある。

忙しい毎日が続いているが、それなりに充実した生活を送らせてもらっている。


そんなある日――。


「皆の者下がれ。アリエス=イストリア皇女殿下様のお通りである」


ゲートをくぐってきた大行列。煌めく甲冑に身を包んだ数十もの衛兵たちに囲まれた一人の少女。

年は16くらいだろうか。金髪でツヤのあるツインテールが活発な印象を与える。容姿端麗の美少女だ。


「皇女殿下……だと」


皇女様が直々に来られるとは。これにはさすがの俺も驚きを隠せない。

そして大行列はまっすぐ迷いのない足取りで海の食堂へやってきた。店内にピリリと緊張が走る。


「あ、あの。いらっしゃいませ。な、何名様でごさいますでしょう……か?」


あの大集団を相手にメイアも緊張しながら接客する。


「一人よ」


なるほど。皇女様だけか。衛兵さんたちにもぜひ食べてもらいたいものなのだけど。


「タコ焼き8個ちょうだい。それとテイクアイトでタコ焼き8個をニ人前」

「は、はい。かしこまりました。シルディさんお願いします」


注文を受けた俺はいつものようにタコ焼きの調理を進める。味には自信がある。何も恐れることはない。


「っし。出来上がりだ」


額にかいた汗を拭う。

タコ焼きを受け取ったメイアがそれを皇女様に渡す。


「お待たせしました。タコ焼き8個とテイクアイトの分です」

「ありがと」


皇女様はつまようじでそれを刺し、ゆっくりと口へ持っていく。

ピンクのキレイな口の中に俺のタコ焼きが吸い込まれていった。

そして皇女様はモグモグと口を動かし、ごくりと飲み込む。

2つ、3つと食べていき気づけば完食していた。

果たしてどんな反応をするのか、野次馬含めこの場にいる全員が固唾を呑む。

皇女様は立ち上がると。


「ああ、ヤバいっ……ヤバいわ! 旨すぎるわっっ!!」


興奮のあまり息を荒げ始める。

皇女様の舌まで唸らせてしまうとは。我ながら呆れてしまう。


「ねえねえ。ちょっとこれアンタが作ったの?」

「まあそうなるな」


ものすごい勢い詰め寄ってくる皇女様。興味津々のようだ。


「すっごーい!! 私にも作り方教えなさいよ!!」


なんだこいつかなりグイグイ来る。手、握られてるんだけど。俺のような人間が皇女様の生の手に直々と触れて良いのだろうか。


「いやさすがにこれは企業秘密というか……」


たとえ皇女様の頼みだろうと、レシピだけは教えられない。


「えー? なんでダメなのよ。いーじゃんいーじゃん。国のためだと思ってさあ〜」


しつこい。腕を引っ張らないでくれ。

え、皇女様ってこんな面倒くさい人なの?

もっと皇女様といえばメイアのような落ち着きのあって気品高い女の子をイメージしてたんだけど。 


「ちっ。この私がこんなにもおねだりしてあげてるっていうのに〜。アンタってめっちゃ頑固!」

「それはこっちのセリフだ」


なんと言われようと俺の意志は揺るがない。特にこいつにだけは教えてはいけないような気がした。


「じゃあ私アンタのパーティに入るわ! それなら教えてくれるわよね?」


なるほど。そういう作戦できたか。


「なんですって!?」


俺よりも先に反応を示したのはメイアだ。


「何お姉さん? なんか都合の悪いことでもあるわけ?」

「いや。だって皇女様……ですよね。皇女様がそんな……」

「ははーん。わかった。お姉さんこいつの恋人でしょ!」

「ち、ちがっ……」


メイア、顔真っ赤になってるぞ。それじゃ恋人だと認めてるって誤解されかねない。


「お姉さんうぶだね〜。わかった。お姉さんに免じてパーティ加入はやめてあげる」


メイアに気を使ったのかすんなりと引き下がってくれた。メイアはというとホッと一息ついている。


「仕方ないわ。どうやら最終手段を使うしかないようね」

「え?」

「お兄さん名前は?」

「シルディだが?」


皇女様から不敵な笑みが漏れる。すごく嫌な予感がする。


「料理人シルディ、私イストリア小国第二皇女の命により、貴方を宮廷料理人に指名致します!」


え、今なんて……? 宮廷料理人? 理解が追いつかない。


「城まで連れていきなさい!」

 

俺は衛兵たちに取り押さえられる。


「シ、シルディさん! 行かないでー!」

「マスターを返すのですわ〜!」


立場が違えば誘拐行為。衛兵の集団を相手にメイア、シルシィの叫びもむなしく。俺は為す術もなくイストリア小国の王宮へと連れて行かれた。

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