【悪婦】の耳と囁き

 王宮内においてイザベラは、あまり目立たないようにしているし、お付きの司祭達も最低限しかいない。


 建前上だが神々は同格であったため、神をそれぞれ信奉する宗教勢力も、これまた建前では同格だ。ただ、それでもやはり最古の宗派の一つであるエレノア教の教皇イザベラは、古代の王権とも親しいためこの世界の宗教勢力の旗頭の一人とも言っていい。


 だがサンストーン王国内には他の神に仕えている者達も多い。もしイザベラが我が物顔で行動しようものなら、ひょっとして我々は爪弾きにされるのではないかと、一部の宗教勢力が不安を感じてしまうだろう。それを防ぐためイザベラは、ジェイクとの会食も最低限度に留め、貴族達に働きかけるようなこともしていない。


 大神殿が焼き討ちされた件でイザベラに頭が上がらなくなっているサンストーン王国の貴族達はその配慮が分かるため、ますます上がらなくなっていた。


 尤もそのイザベラは、ある意味において配慮から程遠い存在だった。


「うふふふふふ」


 これ以上ないほどにこやかなイザベラが今いる場所は、ジェイク・サンストーン王の私室である。通常ならば未婚であり教皇の地位にいるイザベラが、男性であるジェイクの私室にいることなどあり得ない。


 しかしそれは世間からイザベラを見た場合だ。事実はジェイクと夫婦なのだから、彼女が夫の部屋にいるのはなにも間違ってはいなかった。


「うふふふふふふ」


 笑みが溢れるイザベラは、アゲートでジェイクと結婚してから常時我が世の春であり、愛の女神に仕えている振りをしているくせに愛で満たされていた。


「ジェイク様ぁ」


「ぐも!?」


 今も溢れる愛のまま甘えた声を発してジェイクを包み込み、内乱を終わらせた王を完全に制圧するという、いつも通りの快挙を成し遂げていた。


 尤もジェイクは平然としているが、スキル【悪食】を所持して、やろうと思えば超強酸の体になれるスライムの頂点種に愛され抱き着かれ、平然としている男はまず存在しないだろう。そんな男と契ったからこそイザベラは、毎日笑顔を浮かべているのだ。


 とはいえやるべきことはきっちりやるまめな女だ。そうでなければスライム達の組織を作り上げ、千年間も愛する男を探さない。


 現在、サンストーン王国での最懸念事項は、隣国パール王国が内乱に突入する可能性と、サファイア王国にルビー王国とアメジスト王国の二国が攻め込んでいることだ。


「ルビー王国とアメジスト王国ですが、どうも川を巡って揉めたようで、川を挟んで睨み合っています」


「軍事目的ほったらかしでとは言うまい。水の利権はややこしいから……」


 しかしこの最懸念事項、イザベラの情報網が掴んだところによると思わぬ展開、もしくはある意味予想通りのグダグダさの片鱗を見せていた。


「やっぱり利権調整をする暇がなかったか、したとしても揉めたかあ」


「恐らく。それと砂金が出たという噂も流れています」


「じゃあもうその軍は動けない。どっちかが離れた瞬間、上流の山を含めて領有を宣言するのが目に見えてるからね」


 なんとも言えない表情のジェイクと、苦笑しそうなイザベラの推測通りだ。


 大きな隙を曝け出したサファイア王国に飛びかかったルビー、アメジスト両国だが、互いに利権の関係を調整できぬまま今に至る。そのため水運の関税や水の利権でややこしくなる川の領有で揉めてしまい、二つの軍はサファイア王国をほったらかしで睨み合っている有様だった。


「砂金が出たって噂、サファイア王国側の計略かなあ」


「可能性はありますね。もしそうなら、噂一つで二つの軍を足止めできたことになります」


「ふむ……ルビーとアメジストの侵攻予測をして、噂だけで足止めを強固なものにする。言うは簡単だけど、もし誰かの絵図通りなら……」


「残念ながら確定した情報は得られませんでした」


「いや十分だよ。その人たちにもお礼を言っておいて。あと、確定した情報を得られてもサンストーンは動けない。危ない橋を渡る必要はないから」


「はい」


 人間は利権や利益に競争相手が絡むと、途端に視野狭窄になる生き物だと知っているジェイクだが、この睨み合いがサファイア王国側の計略ではないかと疑った。しかし、疑ったところで内を固める必要があるサンストーン王国は、外と関わる余裕が全くないため静観するしかない。


 それにしてもやはりスライム情報網は恐ろしい。


 ほぼ時間差がなくイザベラに繋がり、しかも人間に化けてあちこちに存在する最上位のスライム達の情報網は、この時代において最強の力の一つと言っていい。しかし、サファイア王国は明らかに劣勢で滅びに直面しているため、潜んでいたスライム達は避難しており、現地の情報網が弱まっていた。


「次にパール王国ですが、アントン王子の陣営がやはり人事で混乱しているようです」


 イザベラが囁き続ける。


 サンストーン王国国王とこの世で最深淵部に位置する者との密会は終わらない。


 夜が更けても。


 ただ見方を変えるなら、夫と妻が将来のことを話しているだけとも言えた。

















『一応言っておきましょうか。最上位のスライムは人間との間に子供ができますから、やっぱり家族計画はしっかりしておきなさいな』

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