プロローグ・蠢く陰謀

 サンストーン王国は沸いていた。とてつもなく沸いていた。その歴史的快挙に。


『エレノア教の大神殿を作りたいのです』


 発端はイザベラの言葉だ。1000年、いや2000年いやいやそれ以上かもしれない程、エレノア教には総本山と言える大神殿がなく、代々の女教皇は流浪を続けていたのに、ついに大神殿を構えると言ったのだ。つまりサンストーン王国に、最上位の権威ある聖域が生まれることになるため、王国国民は上も下も大騒ぎだった。


『これは大変なことになったぞ……!』

『建設場所は!? そもそもどんな大神殿なんだ!?』

『やばいぞやばいぞ……この見積もり震えてきた……』

『怖くて手が出せねえ……』


 中でも慌てたのが、アーロン王から勅命として大神殿建設を命じられた官吏達で、余程のことがない限り協力を惜しむなと言われていたが、王の頭の中の予算と官吏達の頭の予算は当然違う。なにせ官吏達はそこから予算を中抜きして着服することが仕事なのだが、困った事に他国にある他の宗派の大神殿を参考にしたら、彼らでも引いてしまう見積もりになったのだ。


 しかしここでまた一騒動起きることになる。


『私達の大神殿を建設するのに国庫から支払ってもらうのは筋が違うと思いますので、我らエレノア教の秘宝を幾つか売りたいと思います』


 聖職者にあるまじき清いことを言ったイザベラだが、それはド級の爆弾としか表現しようがなかった。その幾つかの秘宝の中に、はっきりと神が実在したと確信させる、匂い立つような神気が宿っている祭具や、エレノア神ではない他の神が関与したと思わしき神具が含まれていたのだ。それに眼の色を変えたのは世界有数の商人達や蒐集家などのほかに、サンストーン王国も含めた複数の王家も、手に入れれば王権を高めることができると興奮したのだが、完全にキマッている者達がいた。


『絶対に……絶対に何としてでも手に入れるんだ!』

『横やり入れてきたら殺してでも奪い取れ……!』

『信徒達には購入費のお布施を募れ!』

『権威が溢れる……権威が高まる!』


 それが宗教世界そのものだ。神々が消え去り数千年、彼らも幾つか神具を持っていたが、エレノアが開帳した物は神が間違いなくいると確信させる、新たな証拠になるほどの“匂い”を発していたのだ。なにせ、実物の確認のため派遣された高位の司祭が腰を抜かして本国に飛び帰り、教団の倉庫から有り金全部を持ち出そうとしたほどで、それはつまり、入手したなら自分達が信奉する神の実在の証明と、自分達の権威を高めることができるのだ。そのため宗教世界は他の王家が引くほどキマッており、何としてでも購入しようとしていた。


 まあ、そのエレノア神を殺害したのがイザベラなことを考えると、出品されたものは完全に曰くつきの品だったが、とにかくその複数の神具はイザベラにとっては特殊な力もないため価値がなく、単になんとなく死蔵しているだけの物だったため、手放しても全く惜しくはなかった。


 そして血走った目の各宗派の教会がとんでもない大金で競り下ろしたため、一瞬で土地代も大神殿を立てるための費用も集まったのだ。


『王都の少し外れに綺麗な湖があるようですね。そこを囲むように建てましょう』


 そしてイザベラの意見でサンストーン王国王都から少し外れたところに存在する、小さな湖を囲うように大神殿が建設されることになった。尤も本心としては、とある屋敷に建てたいところなのがそこはぐっと我慢していた。


『ありがたやありがたや』

『恐れ多いことだ』


『金はエレノア教が動かしてるからちょろまかせない!』


 建設は直ぐに始まり、エレノア教が賃金を払って集められた職人達は大神殿を作る栄誉に喜び、官吏達は金が自分達の懐に全く入ってこないことを嘆いた。


『儲かった儲かった』

『ありがたやありがたや』


 そして大きく物、人、金が動いたものだから、商人達は建材や職人達向けの商品を売ることで大儲けして経済が活性化し、王国中がエレノア教をありがたがっていた。


 ◆


 ◆


 ◆


「はい今月の融資の返済や」


 エヴリンが、ジェイクから受けた融資を返済するための金銭の証書を渡していた。とはいっても、最初に受けた融資はとっくに返済済みで、これにはある理由があった。


「それで融資っと」


「毎度おおきに」


 そう、ジェイクは自分達の生活費や屋敷の維持費など、必要経費を除いて取り分のほぼ全額をエヴリンに融資し続けているのだ。


「ほんじゃ」


「うーい」


 さっぱり未練がないとジェイクのいる場所を去るエヴリン。それを彼は王子らしからぬ声で見送った。


(いややわあ。債務で雁字搦めにされとるでウチ)


 尤もエヴリンの内面はドロドロだったが。この女、相変わらず自分はジェイクに返済し続けなければならないと思い込んで、いるのではなく、まあそういうプレイなのだろう。


「お待たせしました」


「いえいえ」


 そのエヴリンが屋敷の一室に入ると、そこには柔らかく微笑むイザベラ教皇がいた。急成長を遂げている商会の主とはいえ単なる商人であるエヴリンと、世界最高位の宗教指導者が1対1で会うなど考えられないことだった。しかし共通点がある。


「砕けた感じでいいのですよ? 私は後からやって来た女なので」


「まあおいおいに」


 苦笑するエヴリンだが、流石の勝気な彼女でも教皇と呼ばれる者に、普段通りの口調で話すのは躊躇われた。しかしそれもその内だろう。なにせ彼女達は同じ男を愛する女同士なのだから。そう。既にイザベラはレイラとリリーにも新参の女として挨拶しており、レイラにはまた新しい女が増えたと思わせ、リリーはイザベラの権威を知っているので目を剥いていた。その時、奥の序列は守るのでとも宣い、彼女達を噴き出させてもいた。


「儲かりましたか?」


「ええそれはもう。やっぱり宗教というのは金を貯めこんでますね」


「そうですね。ふふふふ」


「はははは」


 笑う女達。この一件で儲かったのはエヴリンの商会もそうだが、必要以上に悪目立ちすることを避けたため、イザベラとの特別なパイプを使わず、あくまで儲かった商会の一つという立ち位置にいた。


「エレノア教の評判ですがどうです?」


「どこも称える声一色です。流石は最も権威あるエレノア教、流石はイザベラ様。そんな感じです」


「それはよかった。では根を張れましたね」


「はい」


 エヴリンが普段から瞳に宿している悪戯気な光を輝かせ、イザベラはにこやかに微笑んでいた。そう、イザベラが王国からの資金で大神殿を立てるのは筋が違うなんて清いことを言ったのは、それが不都合だったからだ。それをされると、経済を活性化させたと称えられるのはアーロン王でありイザベラではなくなる。だからこそ彼女は、自分にとっていらない物を売り払い、その金でサンストーン王国内の絶対的な地位と評判を買ったのだ。


「これで私が王国にいるのは何もおかしくないですから、いつでもここに忍んでやってこれます。それに……王宮でジェイク様のことが話題になることは無いようですけど、もしもの時の避難先はあった方がいいですからね。どうも、長男のレオ王子が混乱しているエメラルド王国かパール王国に侵攻するべきだと主張しているようで、国内でも一騒動起こるかもしれません」


 ただ一人の男のために。


(どうもこの人、王宮にかなり強いパイプ持っとるな)


 王宮の者に、いないことになっているジェイクのことを聞けて、しかも軍事侵攻の主張という、その両国に聞かれたら一瞬で緊張状態になるような秘中の秘を知っているイザベラの底知れぬ伝手にエヴリンは慄いたが、流石にイザベラも自分の正体と眷属達のことをジェイク以外に教えていなかった。


(まあええわ。それより第一王子の軍派閥はエメラルド王国に仕掛ける。侵攻された形のパール王国に恩を着せられるし、一応の大義名分にもなる。なによりサンストーン王国からええ味を感じる。半年後、よりは若い味やな。4か月か。だいぶ準備期間が短い。奇襲の理由もあるけど第一王子焦っとるの。まあスキル【戦神】なんか、戦争でしか役に立たんし、逆に第二王子の【政神】は常に役立って税収が増えとるみたいやからな)


 だがその超強力な伝手を持つイザベラを、単なる商人が才覚で上回る。


「そういえば“女帝”アマラ様と、その妹君である“占い師”ソフィー様がサンストーン王国に来るとか」


「ということは、王と王子達は大喜びでしょう」


「ですね」


 イザベラが思い出したように口に出した女性。


「アマラ様が持つ薬と適合すれば、自分もそうなれると興奮するでしょうし、適合しなくともソフィー様に占ってもらえますから」


 その名は適合すればという条件こそあるものの、あの薬を作れる者であり、そして絶対に当たる占いを行える……


「不老不死は夢でしょうから」


 数千年前に滅んだ王国の王族であり双子の姉妹、なにより不老不死達であった。





あとがき


いつから陰謀が敵方のものだと錯覚していた?

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