暗夜行(4/7)
車椅子だけ受け渡す形で、運搬している連中は三度総入れ替えされた。これでは最初のグループが発見されたとしても後を辿るのは難しい。おまけに魔術的手段で追跡を妨害している。バンを取り巻いていた霧もその類のものだ。
最期に車がついた先は荒野の先の誰もその存在を知らない暗い洞窟だった。
最後のグループが岩山の前に車椅子ごと私を放置して立ち去ると、岩壁の一部の偽装が解けそこに洞窟の入口が姿を現した。
一人の黒づくめの小柄な人物が中から現れると、車椅子の前で屈みこみぴくりとも動かない私の様子を探った。
「うむ。よく薬が効いている」
そう呟くと車椅子を押して洞窟の中へと踏み込んだ。
男と車椅子が洞窟の奥へと消えると再び偽装の魔術が働き元通りの岩壁へと変ずる。
なるほど完璧な偽装だ。これでは誰にも見つけることはできないのは当然だ。
奇妙な紋様に彩られた洞窟の中には無数のガラクタが所狭しと並んでいる。
その先はさらに大きな洞窟へと繋がっていた。洞窟の中はコンクリートの壁で無数の部屋に分割されている。
ここには覚えがある。ダークの時代に無数に作った秘密アジトの一つだ。
中央の大部屋に車椅子を運ぶと、黒づくめの男は奇妙なステップを踊りながら後ろへと下がった。
足下に普通の人間の目には見えないようにして魔法陣が描かれている。そう見て取った。魔法陣の紋様を踏まないように歩いているためそんなステップになる。
黒づくめの男が口を開いた。
「さあもういいでしょう。ダーク様。我が君。目が覚めているのは分かっているのですよ」
それまで顔を覆っていたフードを外すと、眼鏡をかけた神経質そうな顔が露になる。
「人狼ですら眠ってしまう麻酔薬。だけど貴方様には効かないと知っているのですよ。なにぶん貴方の体を改造したのはこの私なのですから」
車椅子の上でファーマソン神父が身じろぎした。その頭が上がり視線が黒づくめの男に注がれる。
「狂える叡智たるザブン・テイラス・アーダラク。まさかお前だったとは」
ファーマソン神父は口から唾を吐いた。
「いったい何が望みだ」
狂える魔導士アーダラクは両手を広げて見せた。
「おお、それはもちろんダーク様の洗脳を解くことです。我が君よ」
「洗脳だと? いったい何のことだ」
魔導士はやはりという顔をしてみせた。
ファーマソン神父は車椅子の上で身もだえしたがそれ以上のことはできない。それを見て魔導士が首を横に振る。
「無駄ですよ。その場所にはきわめて強力な魔術場を形成してあります。いかな貴方様の力でも出ることはできません」
「俺を自由にしろ。俺は洗脳などされていない」
それに対して魔導士はまたもや首を横に振った。
「お分かりにならぬのも無理はない。貴方様は天界の陰謀により洗脳されたのです。でなければそこまでの変わりようをなされるはずがない。軍勢を引きつれて天界に攻め込んだとき、私めは不覚にも大きな傷を負い戦線を離脱する羽目になりました。なれど貴方様は手を止めることなく神の玉座の間まで攻め込み、四大天使と対決なされた」
そこで魔導士は深く息を吐いた。
「それ以来四大天使の姿を見た者は居りませぬ。故に貴方様が彼らを滅したのは当然の論理の帰結というもの。しかし貴方様はその後に天界の軍勢の側に加わり、包囲していた我ら闇の軍勢を打ち破ってしまう始末。となればこれは貴方様が神の輩に洗脳されたと考えるのが理の当然というもの」
魔導士は車椅子の周囲を苛々と廻った。
「この私めが創り上げた無数の精神防御魔術を神ごときがどうやって破ったのかは分りませぬ。しかしこれが私めの不始末であることは理解しています。だからダーク様への復讐を叫ぶ悪魔たちを説得してこれまで襲撃を抑えてまいりました。あれは洗脳だからこの私が必ず解いて見せるとギースをかけて約束しましたのです」
それはとても重いギースの誓いだ。少しでも文言を間違っていたら、肉体はただの人間である魔導士アーダラクはギースの先払いで死んでいただろう。
またもやファーマソン神父が身もだえした。何か強烈な圧力がその全身を抑え込んでいる。
魔導士の瞳の中で何かの光がぎらりとした。
「動けますまい。我が君。貴方様の特殊な体ならいかに強力な麻酔薬であっても当の昔に解毒してしまっているでしょう。今回の犯人はそこまで知るまい。そう貴方様は予想し、うっかりとここまで来てしまった。
ですが薬はただの囮で本当の目的は貴方様をこの魔方陣の中央に運び込むことだったのです」
魔導士が両手を上げると車椅子の回りの床に一斉に紋様が浮かび上がった。
「これほどの魔法陣を作るのには苦労したのですよ。たとえ強化された人狼であってもその陣の中から出ることは叶いませぬ。この私が全能力を込めて作り上げた魔法陣なのです。誰にも破ることはできません。さあ、これからゆっくりと貴方様の洗脳を解いて差し上げます」
車椅子の上でファーマソン神父の目がぎらりと光った。ここまで大人しく聞いていて彼は初めて反論した。
「狂える魔導士ザブン・テイラス・アーダラク。お前は一つ間違っている」
「なんですと?」
「私はダーク様ではない」
「なんですと?」
「同じセリフを繰り返すと馬鹿に見えるぞ」彼は指摘した。体は相も変わらず車椅子の上から動けない。
「俺のことを忘れたか。アーダラク。友達だっただろう?
よくバルジャンの酒場で飲んだ仲だろう」
魔導士の目が見開かれた。
「まさか! ダーク・ワン!」
「アラバム・バルカスと呼んでくれ。我が魔王に名前を返して貰ったんだ」
そう言いながらもまた唾を吐いた。
「ぺっぺっ。麻酔薬を少し飲んでしまったぞ。何、注射された瞬間にコーティングされた胃袋を腕に作って麻酔薬をそこに貯めたんだ。それでも効くとはえらく強い薬だな。それに味も最低だ」
「待て! では我が君は今どこに?」
ドッペルゲンガーはそこでにやりとした。
「お前の後ろだよ」
半分獣の姿のまま私は闇の中から滑り出た。
「久しぶりだな。アーダラク」
綺麗な発音で彼の名を呼ぶ。獣化した喉で正しく発音するのは訓練した人狼にだけできる技だ。
「我が君!」魔導士は叫んだ。「いったいどうやって。一切の追跡は魔術で封鎖したのに」
私は狼の口を開けて長い舌を出すと喘いで見せた。
「私は魔術なんか使っていないぞ。車の後を狼になってずっと走ってついてきたのさ」
稚拙な透明化の魔法でも、ただの人間相手には効果がある。彼らは車の後を走ってついて来る見えない狼にはまったく気づかなかった。何度か撒かれそうになったこともあったが、アラバムの服につけておいた私の血の匂いが導いてくれた。
ちょっとしたテクニック。原始的であればあるほど効き目がある。誰も走って車を追いかけてくるものがいるとは考えないからだ。
そして私はいまここにいる。一番大切な瞬間に。
真面目な顔に戻って私は言葉を続けた。
「お前には二つ選択肢がある。私と戦うか、それとも私に従うかだ」
魔導士はそれを聞いて悲しそうな顔をした。
「おお、それこそ私めが戦う理由なのです。かっての貴方様ならばそのような事は仰らなかった。有無を言わせずに私の頭を体から切り離していたことでしょう」
「それでは余りにも単純過ぎる。私も少しは賢くなったのだよ」
私は彼ににじり寄った。確かに彼を不意打ちで殺すのは容易かった。だがそれでエマたちが助かるという保証はない。
彼が使役した魔術は何か恐ろしく特殊なものなのだ。彼を殺せば魔術の源は破壊されるが、もしやその魔術の源を他の依り代に移してどこかに隠している可能性もある。
それに彼はただ殺すには惜しい魔導士だ。かってはダークの軍団の魔導士長を務めていた魔法の天才なのだから。
ひどく狂ってはいるが。
彼を屈服させること。私に敵わないと知らしめること。単純な男の論理だが、どこでも普遍的に通用する理屈だ。
先手を取ったのはアーダラクだ。その手の中で光が生じる。魔力を塊にして相手にぶつける全自動追尾機能つきの厄介な魔法だ。まともに命中すれば大概のものには大穴が開く。
私の手が無意識に動き、両脇のホルスターから二本のナイフを引き抜く。魔物を殺すための聖別された銀のナイフに、魔物以外を殺すための特殊鍛造鋼のナイフだ。
飛んでくる魔弾が空中にある間にそれを素早く切断する。純粋な魔力で形作らている魔弾を切っても特に抵抗は感じない。ただ落雷に似た衝撃が体を駆け抜けるだけだ。本来の効果よりは弱くなっているが普通の人間ならば即死する。
魔力が通り抜けた皮膚がギザギザに焼け、すぐに剥げ落ちて真っ新な皮膚に変わる。
私が前進するより早く奴は飛び退いた。魔術跳躍。予め床に描いておいた印の上を高速で跳躍する。
私のナイフは宙を切ったが、偶然に見せかけて先ほどまで彼がいた床の上の印を足で踏みにじる。
魔術跳躍は瞬きより速い瞬間移動の類だが、その跳躍距離は限られているし、印から印への移動と制限されている。こうして印を一つづつ潰していけばそれ以上は逃げることができなくなる。
もちろん魔導士はそれを待ってはいなかった。今度は大きく呼び起こしの呪文を叫ぶ。
何も起きなかった。
私はにやりと笑った。
「お前がアラバムとのお喋りに夢中になっている間にちょっとばかし細工させてもらった。なに、大したことじゃない。他の部屋にあったすべての魔法陣を壊したのさ」
魔導士は悲鳴を上げた。
「あれを準備するのにどれだけ苦労したのかお分かりですか!? 我が君」
「もちろん分かる。長い間をかけて準備したんだろ?」
私は少し間を置いてから続けた。
「一年?」
「二年です。ですがこの部屋の中には手を出せなかったはず」
魔導士は手を振った。
ガラクタに紛れて部屋の片隅に並んでいた四体の甲冑人形が動き始めた。ゴーレムだ。
普通のゴーレムとは違い、それは驚くべき速さで動いた。距離を詰めると私目掛けて手に持った剣を振り下ろしてくる。
私は本気モードに切り替えた。このモードは魔力の消耗は大きいが、アーダラクは並みの魔導士とは違うし、何よりもここは彼の本拠地なのだ。手加減をしてはいられない。
飛び掛かってくる甲冑人形の胸を殴る。鋼鉄の硬さだが、厚みはせいぜい10センチ。本気モードの私の拳を受けて、その胸の装甲が大きくへこんだ。甲冑人形の体の中で何かがきしむ音を上げ、動きがおかしくなる。
迫って来たもう一体のゴーレムの額を縦に切り裂き、続いて横に切り裂いた。それで十字架の印がゴーレムの額に刻まれる。異なる精神界のシンボルを刻まれて、ゴーレムを動かしている魔術の働きが狂った。私はそいつの腕を掴むと振り回した。重量は三百キロというところか。私の筋力ならば問題はない。
投げつけられた同類の体重を受けてもう一体の甲冑人間が後ろにはじけ飛ぶ。
最後の一体の胸を全力で蹴る。大砲で弾き飛ばされたかのようにその体が宙を飛び、魔導士に激突した。
一瞬、やりすぎたかと思ったが、甲冑人形は魔導士の周囲に張られた魔術防御場に当たり、まるで玩具かのように横に撥ね飛ばされた。
「こんなガラクタをいくら出しても無駄だぞ」
私は忠告した。
「もちろん分かっておりますよ。我が君」
魔導士はちょうど術を組み終わったところだった。
巨大な火球が宙に吹き出し、それは見る見る内に圧縮されて小さな太陽へと変じた。
「これを食らえば体の大半は焼け落ちます。ですが大丈夫、我が君なら生き延びることができます」
いい加減にしろ。そんなものを食らえば私でも死ぬ。そうは思ったが口には出さなかった。相手に弱みを見せることはない。
小さな太陽が魔導士から放たれた。
私はナイフを十字に組み、それを迎え打った。
爆炎と輝き。凝縮されたマナがすべて熱へと変じる。やりすぎだ。人間の武器に例えるならば小型戦術核兵器と言ってもよい。
この洞窟ごと何もかも吹き飛ばすつもりか。狂える魔導士の呼び名は伊達ではない。
やがて魔法の輝きが薄れて、爆発の中心に何も無かったかのように立つ私を見て、アーダラクは目を剥いた。
「一体どうやって」
私は腕を上げてそこに嵌った腕輪を強調して見せた。
「これだよ。忘れたのか。お前が作ったものだぞ」
魔道具サマル。アーダラクが作り上げた本物の魔道具の一つだ。あらゆる魔術攻撃を吸収し無効化する。闇大戦の後は使うことなく大事にとっておいたものだ。
「おお、我が君。光栄です。そこまで私の作品を信じてくださるとは」
魔導士は両手を上げた。
「ですが・・」
人間は喋ることと動くことを同時に始めることはできない。彼が次の言葉を形にする前に私はその胸元に飛び込みナイフを振るった。ついでにナイフの柄に仕込まれたギミックを発動し、聖水をナイフの刃に沿って流す。
聖水はほとんどの種類の魔法に悪い影響を与える。それは魔術を構成する精神と聖なるものとの相互作用に起因し、大概の魔法はこの効果を避けることができない。
魔術防御の膜にナイフが触れる度に強烈な衝撃が私の全身に走る。削り取られて飛び散った魔力がナイフに吸収され、私の体を通じて魔道具の腕輪に吸い込まれる。ナイフと防御場との衝突の振動は少しだが魔導士にもはね返り彼の呪文の詠唱を妨害した。
私が攻撃している間は彼も魔法を使えない。こうなれば我慢比べだ。私の体力が尽きるのが先か、魔導士の魔力が尽きるのが先か、勝負だ。
私の両手は見えないほどの速さで斬撃を繰り出した。どんな攻撃でも耐えられるはずの魔導士アーダラクの防御魔術が削れていく。
その削られた分の魔力はすべて魔法の腕輪に吸い込まれる。じきに腕輪が膨れ上がると分解した。吸収した魔力の容量に耐えられなくなったのだ。
それを見てアーダラクの顔がにやりとした。
「さあどうします。我が君?」
私もにやりとした。先ほどとは反対側の腕を上げる。そこに光るのは先ほどの物と瓜二つの腕輪だ。
「まだもう一つある」
アーダラクが悲鳴を上げた。
「止めてください。それを作るのにどれだけ苦労したと思っているんですか!」
「知っている。これを一つ作るのにお前は一か月は眠らずに働いていた。生贄の処女たちも百人は使ったな」
今思えば罪深いことだ。ああ、ダークよ。お前はいったい何をしてきたことか。
気を取り直して私はナイフでの攻撃を再開した。火花・電撃・衝撃。火花・電撃・衝撃。飽くことなきそれの繰り返し。
ついにアーダラクの防御場が最後のきらめきを残して消え、私は腕を伸ばすと彼の首を掴んだ。
硬化した人狼の鉤爪が食い込まないように注意したが、それでも無理に外そうとすればその時点で首はもげるだろう。
いきなりのことに魔導士は暴れたが、その首の横に銀のナイフを押しつけると静かになった。
「呪文も振り付けもなしだぞ。アーダラク」私はその耳元に囁いた。
「魔力の流れを感じたら即座にお前を殺す」
「我が君。ダーク様。私は貴方様を助けようと」
「頼んではいないぞ。アーダラク。これ以上俺をイラつかせたらどうなるかは知っているよな?」
「私めは人質を取っておりまする」
あくまでも魔導士は折れない。
「その通りだ。だからお前はまだ死んでいない。だが以前このことについて話したことがあったよな。人質戦術はバカのやることだと。相手が人質よりも自分の命を優先したら、犯人は人質ごと死ぬことになる。そして自分の命を最優先にする者は数多い」
「貴方様は違う。以前のダーク様なら躊躇わないでしょう。しかし今の貴方様は洗脳以来・・」
その後は私が引き継いだ。
「・・優しくなったか?
だが俺はいつでもダークに戻ることができる。この変化は洗脳ではなく学びの結果なのだ。そして学ことよりも学んだことを忘れる方が簡単だ」
私は手の中の銀のナイフを少し滑らした。魔導士の首の皮膚が切れてぬるりとした血が少しだけ流れ落ちる。魔力を芳醇に含んだとても魅力的な血の匂いに思わず我を失いそうになる。
この血をたっぷりと飲み、魔導士の肉を貪ったらどんなに素晴らしいだろう。そういえばひどく腹が減ったな。
口の中に溢れ出てきた唾液を思わず喉を鳴らして飲んでしまった。
その意味するところを知り、魔導士の体がびくりと震えた。
「わ・・我が君」
「案ずるな。まだ我慢できる。さあギースを受けてもらおう。二度と私に逆らわないこと。その代償としてお前の命をお前に返してやろう」
単純な言葉。単純な取引。あまりに単純すぎるためその解釈は多岐に渡り、そのすべてを保証するためのギースのための生命力は膨大なものになる。このギースを受ければ彼は二度と私を攻撃できないし、私の命令に逆らうことはできなくなる。つまり一生涯に渡って私の奴隷になる。一方、彼の命を返すということは彼に対する他者の攻撃から私が守ってやるという意味も含むことになる。権利と義務。それは危ういバランスで吊りあうことになる。
だが狂える叡智たるザブン・テイラス・アーダラクにはそれだけの価値があるし、何より彼を野放しにするのは大変に危険だ。
今世紀どころかここ十世紀を見ても彼ほど天才で、かつ彼ほど狂った魔導士は存在しない。私の体に組み込んだ数々の魔術を作ったのも彼なら、集まったガラクタ魔道具を改良して闇の軍勢の主兵装に変えてしまったのも彼なのだ。
彼を悪魔の側に渡すことはできないし、アナンシ司教の手駒にするのも危険すぎる。
安全装置の外れた核爆弾を道端に放置するようなものだと言えば分かって貰えるだろうか?
彼はしばし私の手の中でこの取引条件について考えていた。そしてようやく口を開いた。
「受け入れましょう。ただし一つ条件があります」
「早く言え」
うん、これ以上は我慢できない。あまりにも彼は美味しそうだから。
「貴方様が洗脳されていないことを証明すること。それができなければギースは無効とします」
賢いヤツだ。ギースを受け入れればここで死なずに済むし、ある程度の自由が得られる。だがその一方で後で逃げることができる。なにぶん彼は私が洗脳されていることに確信を持っているからだ。
「いいだろう。その条件で手を打つ」
私は言い、魔法のギースの帳が周囲に降りた。私の体の中からごっそりと力が抜け落ちた。人狼の中でも最強クラスの私で無ければこの場で枯れ果てて死んでいたほどの量だ。これだけのものを取り戻すには満月を三回は過ごさないとダメだろう。
私が彼を離すと、彼は床に崩れ落ちた。ギースの代金のほとんどは私が払ったが、ギースは彼からも手付を奪っていったのだ。
「お話中のところ悪いのですが、我が魔王よ」魔法陣の中でドッペルゲンガーが言った。車椅子の上で唯一動かせる手の平をひらひらとさせる。
「ここから出してくださいませんか」
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