暗夜行(1/7)
バチカン特殊事例対策局専用の訓練場についたとき、あまりの静けさに耳を疑った。中を覗いてみると電気は消えていて真っ暗だ。広い訓練場の中に人っ子一人もいやしない。奥の射撃練習場も空っぽだし、シャワールームも乾いていて使われた形跡がない。
訓練の日にちを間違ったかなとも思ったが、訓練の無い日でも暇を持て余した何人かの子供たちが使っているはずなのでこれはおかしい。
子供たちというのは私の言い方であって対策局所属の神学生たちのことを示す。メンバーの年齢は十五歳から二十歳までと幅が広い。中にはエマのように成人してから入った者もいる。いずれも特殊能力を持て余している人間か、あるいは魔物である。
野放しにしていればいつか危険な存在になるか自殺する。そういった連中を早目に見つけてスカウトし、対策局局員予備軍としたものだ。
その中でもアンディは真面目でいつも開始時刻より三十分は必ず前に来て準備をしているのでこれはさすがにおかしかった。
ああ、なるほど。エマたちがまた何かサプライズを思いついたのだなと気づいた。
その期待を裏切るのも悪いので、そのまま椅子を引いてきて座って待つこと十分間。
いい加減に痺れが切れたところに清掃員のジャブゼスが通りかかったので聞いてみた。
「さあ、知りませんね。今日はどの子も見ていません」
ジャブゼスが見ていないと言うのならば本当に見ていないのだ。彼は子供たちのサプライズに協力するタチではない。
そういうわけで寄宿寮に足を運んだ。
建物に一歩足を踏み込んで異常に気付いた。静かすぎる。寄宿寮は若者たちが大勢生活する場なのだ。話し声、歩き声、怒鳴り声、そして笑い声はいつも絶えないのが普通なのに何の声もしない。
人狼の聴力を最大限に引き出して、大気の振動をすべて捉える。
屋根の上を風に押されて滑る木の葉のささやき。地下深くの配管を下り落ちる水の音。何かの虫の羽ばたき。入れっぱなしのラジオの放送。鳴りっぱなしの音楽プレーヤー。
テレビの類は寄宿寮中央の会談室だが、ここも空だ。いつもなら誰かがニュースを見ているものなのだが。
その代わりに寄宿寮を満たしているのは静かな寝息。それも何十人分もの。
ただし、話声は一つもなし。
すでに太陽は地平線を離れて高く昇っている。
どうして皆眠り続けている?
入口の横に設置されている警報装置のボタンを叩き込む。けたたましく鳴り響く非常呼集のベルの音。
だが誰も起きては来なかった。
それが事の発端だった。
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