過去からの呼び声(2/6)

 私は飛行機が嫌いというわけではない。ただ対策局所有のあの狂った超音速戦闘機が嫌いなだけだ。

 そういうわけで一人で旅客機のチケットを取ると、まだ朝暗い内に大教会の寄宿舎を抜け出した。

 アンディとエマが私について行こうと出口を見張っているのは分かっていたので、屋上から出て宙を跳んだ。

 大教会の周りには厳重な魔術結界が形成されているし、それ以前に神聖な場なので邪な者は基本的に出入りできない。だから通常の出入り口以外を通り抜けるのは至難の技なのだが、何事にも例外はあり、私のような特殊な免疫を持っている者はそれを素通りできる。

 エマはまだ新米の狼娘なので、私がその気になればその鋭敏な耳と鼻を誤魔化すことは容易い。本人はまだ自分の未熟さには気づいていないようだが、おいおいとそれは教育していくつもりだ。そうでないと彼女は一年以内に死ぬことになるだろう。


 今回の出張には何を言われても彼らを連れて行くわけにはいかない。これはダークの時代に関する物事なのだ。これ以上私の暗い過去に彼らを巻き込むつもりはない。

 あの闇大戦と一言で表現される時代については特にだ。あらゆる憎悪と悪意と欲望を地獄の大釜で煮込んだような有様だった。それを知るだけで魂が汚れるかも知れないものに、子供たちを巻き込むなんてもっての他だ。


 旅客機の座席に腰を落ち着けてから目を閉じる。一応偽名は使っているが、それでも周囲の匂いを確かめる。もし魔術や魔物の臭いがするようなら搭乗は取りやめるつもりだった。今でも私を殺そうと狙う者は数多いし、それらの中には無関係の乗客たちを巻き込むことに一切躊躇しない者も多い。


 バー・ザー・ランもかってはそうした敵の一人だった。

 彼は反ダーク派の頭領の一人であり、専門は呪術だった。

 恐ろしく強力で、恐ろしく厄介で、恐ろしく複雑な魔術の代表である。

 ダークの部下のかなりの数がバー・ザー・ランの呪術で殺されたし、バー・ザー・ランの呪術家族の大半がダークの手の者に殺されていた。血で血を洗う抗争とはまさにこの事だった。

 そんな彼はある日、いきなり姿を消した。あらゆる公の場に出なくなり、呪術の依頼もすべて断るようになった。ダークはこれを何かの罠かと勘繰ってはいたが、結局それ以上は何も起きないので、やがてこの敵のことは忘れてしまった。なにぶん当時のダークには十本の指では数えきれないほどの強敵が他にもいたからだ。

 舞台から降りてしまった敵にいつまでもかまけている暇はダークにはなかった。


 その彼が死んだ。今さら彼の遺族を訪ねて何がどうなるというものではないのだが、アナンシ司教が行けというからには何かまずいことが進行中なのだろうと思った。

 それも大災厄級にまずいことが。



 対策局のデータベースに載ったバー・ザー・ランの情報は彼が入院していた病院の情報だけだった。今回の訃報欄に掲載されていた情報から対策局の支局が新たに探り出したものだ。

 それによると彼は長い間昏睡して入院していたらしい。

 これがかっての大呪術師の成れの果てとはと切なくなってしまった。往時は弟子を百人近くも抱えた呪術界の大スターだった男だ。政界の大物の中でも有名な者が彼に呪い殺されているのは闇の世界では有名な話だ。

 こういった政治上の大物は政治力だけではなく、魔術的にもブレーンを持ち、自身に魔術防御をかけているケースが多い。だからその防御を掻い潜って相手を呪い殺すというのは極めて難しい。そういった連中を相手に次々と呪殺を成功させているのだから、バー・ザー・ランはまさに大呪術師の称号を受けるに相応しい男だったわけだ。


 病院に当たり、遺体を引き取ったのはバー・ザー・ランの孫娘の一人であったことは突き止めた。病院にも守秘義務はあるが神父服とバチカンの威光は偉大だ。それほど苦労することなく情報を引き出すことができた。この孫娘自体は呪術には関係しないごく普通の女性だ。夫を交通事故で亡くした後は、田舎に引きこもって静かに暮らしている。

 孫娘と言っても彼の呪術家族は大所帯で、妻だけでも四十人はいたから孫の数も二百人は下らないはずだ。そのいずれもが呪術に多かれ少なかれ関わっていたに違いない。

 その内の一人だけが今や普通の人間としてひっそりと生き延びているのか。

 栄枯盛衰世の習いとは言うが、実に、その、感慨深い。

 特にその四十人の妻たちを皆殺しにしたのがかっての自分だったと思うと、罪悪感で胸が痛む。もっともどの妻たちもいずれ劣らぬ殺人鬼たちではあったが、それで罪悪感が多少なりとも楽になることはない。


 孫娘の家は美しい花を咲かす鉢植えに囲まれた小さな家だった。こじんまりとしていて、表通りからは陰になっているせいか玄関は直接には見えない。ちょっと窓から中を覗いてみたいなと思わせるが、この完璧な静謐を壊すのが怖くて足を踏み入れるのは躊躇ってしまう。そんな隠れ家的な家だ。

 敷石にラクガキのような印が刻まれている。どこかのいたずら坊主が釘で敷石を引っかいたような微かな傷跡。

 魔術の刻印。隠れ家の印。これが正しく働く限り、この家を魔術的手段で見つけ出すのはほぼ不可能に近い。書類に書かれた住所から辿ることでしか、ここには行きつけない。いや、それですら普通の一般人では道に迷って永久にたどり着けない可能性もある。

 素人の技ではない。私は心の警戒レベルを一段階上げた。呪術師は死んでもなお呪術師なのだ。


 バー・ザー・ランが本当は生きていて、ダークへの復讐を再開したという可能性もちらりとは考えた。



「お茶のお替わりはいかがです。ええと」彼女は微笑んだ。

「ファーマソン神父です」私は答えた。

「ああ、御免なさい。最近は歳を取ったせいか物覚えが悪くて」

「気にしないでください」私も微笑んだ。

 バー・ザー・ランの孫娘は人の好い叔母さんだった。白髪が目立ち始めた髪を束ねて結い上げてある。背はそれほど高くなく、老齢を重ねると痩せていくタイプと見た。

「本当にうれしいですわ。最近では滅多に誰も訪ねて来なくなって」

 それはそうだろう。敷石の魔術のおかげで、招かれない限りはこの家には誰も近づけない。


 バー・ザー・ランは半人半悪魔だった。彼の大勢いた妻たちのほとんどは人間だったように覚えているから彼女はほぼほぼ人間のワンエイスということになる。つまり八分の一の血が悪魔ということだ。バー・ザー・ランのケースは特殊だったが、通常悪魔の血は姿形ではなく精神構造に強い影響を持つ。きっと彼女の場合はときおり残酷なことを考えている自分に気が付いて嫌気が差すぐらいのものだろう。

 善人と悪魔の血はそりが合わないものなのだ。

 沸騰するポットから茶葉へとお湯を注ぎながら、歌うかのように彼女は言った。

「本当に祖父の知り合いが訊ねてくるのは稀なんですよ。祖父はあまり人付き合いのよい方では無かったし、何より昏睡に入ってからは病院のベッドに寝た切りでしたから」

「どのぐらいになりましたっけ。十年?」

「ほぼ二十年ですわ。先週死ぬまでは一度も昏睡から覚めずに」

 二十年か。恐らくは呪術の反作用だ。強い呪いを相手がそれ以上強く反射したりするとこうなる。それほど長く眠り続けるとはいったい何をしたのだろう。

 幸い彼女は二十年前の祖父の知り合いなら目の前にいる人間と歳が合わないことには気づかなかった。成人した人狼は加齢が止まるのだ。

「お爺様には誰も見舞いには来なかった?」

「ええ、この二十年に二度ぐらいかしら。お母さまに聞かされた話ではお爺様は何か後ろ暗いことに手を染めていたと言うんです。だからきっと友達と言える人は誰もいなかったのではないかと。あら、あたしったら何を話しているのかしら」

「いえいえ、何でも話してくださって結構ですよ。職業柄懺悔にはなれておりますので」

 それを聞いてふふっと彼女は微笑んだ。本当に善良なるおばちゃんの顔だ。神よ。彼女の魂に祝福あれ。

「そう言えば、お母さまはどちらに」

「奥の間で寝ています。母ももう相当な高齢で最近はいつも寝てばかりいるんです」

 彼女の母親となるとバー・ザー・ランの娘という可能性もある。それならばもっと詳しいことを聞けたかもしれない。残念だがこれはそこまで立ち入るべき話でもあるまい。

「そうですか。お会いしたかったのに残念です」

 私は席を立ちあがった。

「そろそろ行かなくては。懐かしい会話を有難うございます。どうかお気を落とさぬように」

「ありがとうございます。神父さま。どうか祖父の魂に平穏を祈ってください」

「もちろんです。では」

 私は踵を返した。

 そのとき背後の扉がきしみを上げて開くと、しわがれ声が聞こえた。

「そこまでだ。神父さん。動くんじゃないよ」


 動くなとは言われたが振り返るぐらいはいいだろ?

 私はゆっくりと振り返った。

 ドア枠に持たれかけるようにして、やせ細った老婆が一人、ショットガンを私に向けていた。白髪は乱れ、まさに鬼婆の姿そのものだ。

 バー・ザー・ランの獰猛なる娘たちの筆頭、カーリーその人だ。

「声を聞いたときはもしやと思ったけど、やっぱりあんたかい。ダーク。神父の恰好をすればあたしを欺けるとでも思ったのかい」

「失礼な。聖なる勤めを愚弄するとは」とりあえず言い返してみた。

「ふん、いいかい、良くお聞き。この銃には銀の散弾を詰めてある。まともに食らえばあんたでもただじゃ済まないよ」

 まともに食らえばの話だ。今まで誰にもできなかったことがこの老婆に出来たならばの話だ。

「まあ、待ちな。カーリー婆さん。私はここに喧嘩をしに来たんじゃない」

「お母さん。いったい」と娘さん。彼女はこの成り行きに目を白黒させている。

「ふん、どうだか」そう言いながらも引き金は引かない。確実に私を仕留められるかどうか自信がないのだろう。もし銀の散弾を詰めたショットガン程度でダークが倒せるものなら、当の昔に誰かがやっている。

 私の頭の中のダークはいくつもの可能性を考えたが、その大部分が部屋中を血まみれにする結果に終わるものなので、私は慌ててそれらを心の中から消した。

 何よりもここにある格調高い上等のソファーを血で汚したくはない。

「一つ取引を申し出たい」

 それを聞いてカーリー婆の目の瞳孔がわずかに広がった。興味を惹いた印だ。

「何だい。早くお言い。あたしの指が引き金を引きたいって泣き叫んでいるよ」

「これから私とあなたの間で魔法のギースをかける。こちらの提案はあなたが私の質問に正直に答えること。その代価として今日より一年間、私はあなたとあなたの娘に攻撃はしない。受け入れるかね?」


 ギースは魔法の誓約だ。ギースを司る亜神に誓いを捧げるとそれを各実に執行してくれるという古きそして強力な魔法だ。

 私はギースを良く使うが本来はこう簡単に使って良いものではない。ギースの内容は誓約者を縛るので多くのギースを使えば使うほど使用者は自由な人生を送るのが困難になっていく。また強いギースを使うとその分多くの生命力を先払いで支払うことになる。ギースの内容によっては誓った瞬間に使用者が枯れ果てて死ぬこともある。それなりに注意が必要な魔法なのだ。


「怪しいね。それにその取引じゃ不満だ。この場の主導権はあたしが握っているんだよ」

 カーリー婆はショットガンを振って見せた。

 優れた武道者は戦いの最中には意識して瞬きを止める。瞬きの瞬間に攻撃を仕掛けてくる猛者がいるからだ。

 ちょうど今のように。

 カーリー婆はショットガンの銃口に合わせて自分の視線を揺らした。

 その隙を捉えて私は瞬時に位置を変え、カーリー婆の横に立ち、ショットガンを掴むと天井に向けた。

 そのどの一つの動きさえ、彼女には見えなかっただろう。戦いの最中に視線を外すとはそういうことだ。

「さて、これでこの場の主導権は私に移ったわけだ。ミス・カーリー。取引を受け入れるかね?」

 一瞬にして立場が逆転したことに頭が追い付かず、カーリー婆はごくりとツバを飲み込んだ。隣で叔母さんが大きく目を開いてこの一連の流れを見ている。賢いことに彼女は叫ばなかったし身動きもしなかった。

 ようやくカーリー婆が口を開いた。

「あんた、本当にあのダークかい?」

「色々あってね。今はダークじゃない。前の生き方は捨てたんだ」私は微笑んだ。

 実際にはそんな言葉で説明しきれるような軽いものでは無かったが。

 老婆は抗ってが万力のような私の腕に掴まれたショットガンはピクリともしない。一瞬躊躇った後に、彼女の顔に諦めが浮かんだ。

「受け入れるよ。あたしはあんたの質問に正直に答える。あんたはあたしたちに危害を加えない」

 反射的に応えそうになり、危ういところで思いとどまった。これにハイと答えれば、彼女たちに永遠の免責を与えることになる。そうなれば彼女たちはいつでも自由に私を攻撃できることになる。これがギースの怖い所だ。

 私は正しく言い換えた。

「私ファーマソン神父の提案はバー・ザー・ランの長女たるカーリーが私の質問に正直に答えること。その代価として私は今日より一年間、あなたとここにいるあなたの娘に攻撃はしない。これを持ってわが契約となす」

 魔法のギースの帳が降り、魔術が成立した。

 これで彼女たちは嘘はつけなくなる。元より私は彼女たちを傷つけるつもりはないので、私に損はない。



 叔母さんはすっかりと冷めたお茶を入れ直してくれた。

 二人して私の真向かいに座る。銀の散弾の入ったショットガンはそのまま彼女の手に握らせておいたが、もちろん彼女はもうそれを使うつもりはない。

 ギースの誓約の解釈と結果は複雑だ。この取引では一見私からの攻撃は禁止され向こうからの攻撃だけが許されるように見える。だが彼女がショットガンを撃つという行為自体が私の質問を遮る可能性がある以上、彼女の行為もまたギースに触れることになる。それは彼女もよく承知している。なにせかっての大呪術師の娘たちで結成された呪術戦闘部隊の長だったのだから。


「まず最初に教えてくれ」私は口火を切った。「彼はどうして昏睡状態になった。いったいどんな仕事を請け負ったんだ?」

「あれ、まあ、呆れた」手の中のカップの湯気を吸っていたカーリー婆は心底驚いたという風に顔を上げた。

「知らなかったのかい。うちのが受けたのはあんたの呪殺だよ。でも殺すのは無理だったね。あんたには山ほどの魔術の守りがついていたから。だから方向を変えて、あんたの封印を行った」

 私も驚いた。

「封印? ということは本当は私が昏睡するはずだったのか?」

「ああ、そりゃ凄い魔術儀式だったよ。弟子を二十人ほど生贄にして悪魔のシャビラブ・ヘルターを召喚したのさ。あたしも施術師として加わっていたからね。よく覚えている。総勢百人で魔法陣を組んで三日かけて召喚したんだ。美しかったね。あの悪魔は」


 キリスト教では神に属さない存在はすべて悪魔に分類する。だが現実はそこまで単純ではない。

 シャビラブ・ヘルターは人類の神話体系には存在しない独自の神だ。恐らくは暗い洞窟に棲む異種族が崇拝していた神の成れの果てだろう。その実体は地球のどこかの深い過去の中にいて、呼び出すのも至難の技なら制御するのも至難の技という実に厄介な魔神だ。その代わりその力は通常の魔術体系とは直交する位置に作用し、大概の魔導士の魔術防御をまるでただの霧のカーテンかのように通り抜けることができる。

 シャビラブ・ヘルターを正しく表現すると異教の魔神ということになるのだろうが、その実それは正しくない。それはまた何か別のものだ。

 だがその召喚の代金は凄まじいの一言に尽きる。現にバー・ザー・ランは高位の弟子のほとんどをこのたった一回の魔術儀式で支払ってしまっている。


 カーリー婆はため息をついた。

「まったく。それで父は昏睡したんだよ。あんたを眠らせ続けるために。正当なる代価ってやつさ。ところがあんたと来たらピンピンしている上にウチのロクデナシ親父はいつまで経っても目を覚まさない。こっちも色々手を打ったが、どうにもならなかった」


 なるほど。それで合点が入った。二十年前、まだ私がダークだった頃、影武者を何人か抱えていた。その一人がいきなり昏睡を起こし、あらゆる魔法の治療も功を奏しなかった。

 だがダークにしては珍しくその部下は殺さなかった。使えなくなった部下はすぐに処分するのがダークのやり方だが、その謎の昏睡に疑問を感じたのだ。その通り、もし昏睡した部下を殺していれば、その場で術をかけた者は解放されていただろう。

 ダークはその代わりに墓地を一つ用意し、その下に昏睡した部下を丸ごと埋めたのだ。そしてその墓に罠を仕掛け、死んだのが本物のダークかどうかを調べに来た者を殺そうと画策した。

 だが罠にかかるものは誰も出ず、昏睡した影武者もいつかは復活するかと思ったが、やがてダークはそのままその事を忘れてしまった。しょせんはただの影武者の一人だったからだ。


 そう本当に忘れていた。

 今の今まで。


 バー・ザー・ランの呪術は正しく働いていた。ただその標的を魔法が間違っただけだ。そしてその術の関係が正しく働いていたために、その術は誰にも解くことができなかったのだ。ひとえにバー・ザー・ランの魔力の強さゆえに。

 何と言う皮肉と偶然。もし本物のダークがその術にかかり昏睡していれば、遠からず眠ったままのダークは誰かに殺されていただろう。そしてダークが死ねば、術者の術も解け、バー・ザー・ランは昏睡から目覚めることになっただろう。

 実際にはターゲットは眠り続け、バー・ザー・ランも眠り続けたということか。

 バー・ザー・ランが昏睡に落ちたことは長い間秘密にされた。だから両者の関係に気づかなかった。もし気づいていたならばダークは何らかの手を打っただろうか?

 それは怪しいものだ。ダークはそこまで配下のことを気に掛ける男ではなかった。

 そして時が満ち、バー・ザー・ランは死に、この茶番劇にも幕が降りた。

 実にひどい結末だ。胸が悪くなる。


「婆さん。いや、カーリーさん。その呪術の依頼者が誰かは教えて貰えないかね?」

 カーリー婆さんはにっこりと笑った。まるでこの答えを言うのがたまらなく嬉しいとでも言うかのように。

「そいつは駄目さ。依頼者の名前は伏せるようにあたしには命のギースがかかっている。あんたがそれを知ることはできないよ」

 彼女は私とのギースで質問には正確に答えないといけないが、それより古いギースによりこの質問に答えることはできない。

 両者を満たす答えはただ一つ。私が答えるように強要すればカーリー婆さんはそれを答えようとして即死する。それで二つのギースは正確に守られることになる。

 証明終わり。

 となればここにはもう私ができることは何もない。


 私はお茶の礼を言い、その家を後にした。

 自分たちがまだ生きていることが信じられないかのようにカーリー老婆は私が去る姿をじっと見つめていた。怪物は去ったのだ。

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