第6話 新宮藩 勝蔵と八郎太
勝蔵は大和芝村の百姓の子で六歳の時、口減らしのため遊女奉公に出される姉と共に只同然で人買いに売られた。
山越えの途中、勝蔵が足を挫いて歩けなくなると、人買いは泣き叫ぶ姉だけを連れ、勝蔵を置いて行ってしまった。
……どの位たったのだろう。薄暗い山の中で勝蔵は恐怖と絶望で涙も枯れ果て、意識も朦朧としていよいよ自分は死ぬのだと覚悟した時、
足音が聞こえた。
「おい、お前どうした?」
声も出なくなってしまった勝蔵だが、うっすら見えた姿は子供の様だった。
これが八郎太との出会いである。
「父ちゃん、来てくれ!」
「おう、なんだ?まだ小せぇ子供じゃないか」
「こいつ、怪我して歩けないようだ」
「そうか、それで人買いが捨てていったんだな。病気や怪我した子は連れてくのに手間がかかるから、山には時折子供の死体が転がってるのさ」
「まだ、生きてる。可哀想だ、連れて帰っていいかい?」
「連れて帰ってどうする?」
「俺が面倒見る。飯も着るもんも俺のを半分やるからいいだろう?」
「お前は優しいなぁ。まあ、こんな小せぇ子を捨ててくわけにもいかねぇし、とりあえず連れて帰るか」
八郎太はニコっとして勝蔵をヒョイとおぶり、そのまま山を下って行った。
自分よりは年上だろうが、まだ子供なのに軽々とおぶってくれた八郎太の背中は広くて暖かかった。
元々頭の回転も良く、物覚えの早い勝蔵は
すっかり気に入られて怪我が治っても居続け、皆に可愛がられた。
ある時、木挽の頭領留吉が養子にしたいと申し出てきて、父はそれを受けた。
八郎太は涙ながらに
「勝蔵はここで俺と一緒に働けるのになんで人にやるんだ」
「厄介払いする訳じゃない。勝蔵にとって良い話しだから決めたのさ」
「勝蔵は俺とここに居るのが幸せなんだ」
「勝蔵は手先も器用だし、頭もいい。力仕事で危険な先山より木挽の方が向いているのはお前だってわかるだろう」
……父の言うことはもっともだった。
勝蔵は留吉の養子となり、木挽として仕込まれやがて八郎太と共に親の後を継いで頭領になったのである。
二人は離れてからもしょっちゅう行き来していたが、ある日八郎太が
「俺よ、今度嫁を貰うことになった」
「え?兄いはそんな人がいたのかい?」
「いや、父ちゃんが最近身体が弱ってきてよ、母ちゃんが慌てて嫁を見つけてきたんだ」
「兄いはそれでいいのか?」
「いいも悪いもない、うちは曾祖父さんから先山やってるから跡継ぎを作らなきゃいけないんだ」
「そうか……。じゃあ、もうこうやって兄いと喋れねぇな」
「何でだ?」
「嫁さん貰ったら俺が押しかける訳にはいかねぇだろう」
「俺は気にしねぇぞ。今まで通りだ」
「俺が気にするんだよ」と笑いながら
「兄いがいなかったら、俺は生きてなかった。
今まで本当にありがとうよ」
「嫁貰う位で大袈裟なやつだな。俺とお前は何も変わらねぇからな」
そうは言ってもやはり勝蔵は徐々に
足が遠のき、余った時間を博打や女に使っても見たが、生き別れた姉への負い目から楽しむことができなかった。
一人前になってから、女郎に売られた姉を探し続けているが、未だに見つかってない。でも諦めてはいないし、もし会えたら見受けの金がいる。そのために余計な金を使ってはいけないと自分を戒めた。
唯一の楽しみが、居酒屋に行ってお光の顔を見ながら酒を飲む事だったのに、そのお光に騙されていると知って悲しかった。
お光は六つ年上の寡婦で見つからない姉と面影を重ねていたのかもしれない。
そんな余計な事を教えた慈篤を恨んだが、手助けをしたいという言葉が頭に残った。
親に売られ、姉も見つからず、八郎太とも疎遠になり孤独だったのだ。
「寺子屋……行ってみるか」
始めてみると、思いの外楽しかった。
そして、道場……剣などに何の興味も無かったが、あの二人の美しさに憧れ近くで見ていたいと思ったのである。
「今より便利でもっと楽しくなる」
心の奥でずっと渇望していたことを矢幡が実現してくれる……八郎太は打ち震えた。
先山の頭領の一人息子八郎太は、物心つくまで親に不満はなかった。
しかし周りの同い年の子が寺子屋に通うのを見て、自分も行きたいと父母に言うと笑い飛ばされ
「母ちゃんも俺も寺子屋なんぞ行ってないが、こうやってほれ、なんの不自由もなく暮らしてる。必要ないさ」
「俺は読み書きできるようになりたいし、同い年の子達と遊びたい」
「お前は先山の頭領の子として覚える事が沢山ある。俺達のおまんまの種はこっちだ。読み書きなど役に立たないし、遊んでいる暇もない」
八郎太はそれっきり寺子屋のことを言わなくなり、親も一時のわがままだったと思っている。
しかし、心の中では親への不信感が燻り続けていた。
そんな時勝蔵に出会い、初めて友ができ世話を焼く楽しさで暫くは忘れられたが、勝蔵はすぐに何でも覚えて、自分が寺子屋に行っていればもっと色々教える事ができたと思うとますます憂鬱になった。
頭領を継ぎ、嫁を貰ってもこの思いは消えず、このまま自分は年老いていくのかと考えると、どこかに消えてしまいたい衝動に駆られ闇の中に引き込まれそうだった。
そこへ矢幡が思いがけず光を照らしてくれた。
その上稲葉弥太郎という剣士に出会い、修練していけばあのような技が身につくと聞いて、
あの人の一番弟子になりたい……と願うようになった。
今初めて生きて行く道標ができたのだ。
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