第8話 初夜

夕食も二人で仲良く準備をしてから楽しく食べて、早いものでもうすでに日が沈んでしまった。


そんな中……ルナは自室のベッドの上で今非常に緊張していた。


先ほどお風呂に入ったので肌が火照っているが、それとは別の緊張が彼女を襲っていた。


(こ、今夜よね……)


チラリと視線を扉に向ける。


おそらく今は遥がお風呂に入っているはずだが……


(わ、私と遥は夫婦になったんだから……今夜が……その……)


そこまで考えて顔を赤くして枕をぎゅっと抱き締めて悶える。


ルナとて貴族として生きてきたので、結婚してから夫婦が行う行為について知識がないわけではない。


とはいえ、彼女が知ってるのはあくまで貴族用の初夜――大事な跡継ぎを作るための儀式としての方法のみでむろん実践は皆無なので、それにも緊張してるが……


(な、なんで……遥とすると思うとなんか凄くドキドキする……)


そう、実際に遥と自分がそういう行為をすると考えると……何故か恥ずかしくなる。


ルナはそもそも世継ぎを作るためとはいえ王子の子供を生むために知識としてはなんとなく知っているが……王子とすると考えたときの嫌悪感とは異なる遥との未知への体験への緊張からか頭の中はパニックだった。


(遥は私を求めてくるのかしら……)


そんな不安もある。


自分のような女が遥から熱烈に求められるかどうかの不安と――それに答えられるかどうかの不安。


(遥も男……なのよね)


あんなに優しい遥が自分を求めてくる姿は想像できないが……なんというか、求めてもらえるのは嫌ではなかった。


仮にこれが遥以外の人間なら嫌悪感しか抱かないが、遥が自分を求めてくるならそれには絶対に答えたい。


けれど……


(……こ、怖いのかな?)


未知への恐怖はやはりある。


ここに来てからいろんな知らないことを知ったけど……ルナは今日ほど不安な気持ちになるのは初めてだった。


上手くいかなかったらどうしよう、遥が求めてこなかったらどうしよう、遥に愛想を尽かされたらどうしよう……そんな不安が大きくなる。


遥はこんな自分のことを好きだと言ってくれた。何の役にもたたない自分のことを愛してると……そう言って彼のお嫁さんにしてもらえた。


だから――ルナは遥の気持ちが変わってしまうことが怖かった。遥はそんな人ではないとわかっていても……脳裏に過るのは元婚約者や友人や家族だった人たちの侮蔑の視線。


もし遥にそんなことをされたら自分はきっと正気ではいられないだろう。


「遥……」


あぁ……ダメだった。


我慢できずルナはたまらずそう愛しい人の名前を口にする――


「呼んだ?」


ガチャリとドアが開いて現れる遥。


ルナはあまりのタイミングの良さに思わず声を出しそうになったが……それより早く遥がルナの目尻に溜まった涙を掬いとって微笑んだ。


「ルナ……俺はここにいるから大丈夫だよ」

「ち、違うのこれは……」


慌てて顔を隠そうとするが――遥はそんなルナを優しく抱き締めて言った。


「大丈夫……俺はルナの側にずっといるから……何か辛いことを思い出していたんだろ?」

「な、なんで……」

「好きな人のことだからね。なんでもわかるよ」


そう言って幼子をあやすようにポンポンとルナの背中を優しく叩く遥は……目一杯柔らかい声で言った。


「俺には過去は変えられない……ルナがこれまであった辛いことをなかったことには出来ないし、簡単にルナの辛い思いを理解したなんて言えない……でも、これから先絶対に何が起ころうとルナの隣で――夫として常にルナの味方でいることは誓える。何があろうともルナのことを見捨てないし、例え世界中を敵に回しても……絶対にルナを守るって誓うよ」

「……っ!ほ、本当に……?」

「当たり前だよだって……俺はルナの旦那さんなんだからね。妻を――家族を守るのは当たり前だよ」

「家族……」


ルナの脳裏に過るのはいつも王妃としてしっかりするようにと言っていた母親と、それに頷く父親の姿――自分は家族なのにそれ以外の記憶がまるでない。最後に覚えているのはルナが婚約破棄されて断罪されたときの怒りのような、見限ったようなそんな表情。


「私は……遥の家族で……お嫁さんでいいの?」

「むしろ俺以外の男にルナをやるわけない。ルナは俺の嫁で……大事な家族だ」

「あ、あ、あぁ……」


ポロポロと涙がこぼれる。悲しい訳ではない。家族という言葉に不思議と心は温かくなり、先ほどまでの不安が薄らいでいく。


ルナは遥の胸の中で静かに泣いた。


遥はそれを優しくあやすように背中を撫でた。




「ご、ごめんなさい……」


しばらくして泣き止んでからルナは恥ずかしそうにそう遥に言った。またしても遥に泣き顔を見られて慰められたことに僅かな羞恥があるが――それよりもルナは優しく微笑んでいる遥の笑顔にあてられていた。


(うぅ……遥の顔まともにみれないよぅ……)


照れやその他もろもろの恥ずかしさにルナは内心で膝を抱えるように顔を赤くしていた。


一方、そんなルナを優しく見つめている遥だが……内心ではある意味穏やかではいられなかった。


泣き顔に萌えたとか、そんなサディスティックな理由ではもちろんない。


ルナには笑顔が似合うと思うし、ルナを泣かせる存在は遥が跡形も残らないように消し炭にするからだ。


……まあ、若干涙目で、恥ずかしそうにしている姿は確かに想像するとクルものがなくもないが……ごほんごほん!


まあ、そんな合法的なシチュはさておき、遥はここまでルナを追い詰めた連中――ルナの元婚約者の馬鹿王子や家族や友人などに頭にきていた。


こんな健気で優しい子にこんな酷いことをする奴らだ……やはり近いうちに何かしら対策を考えておくかとひそかに内心で決意をしながら、恥ずかしそうに顔を反らしているルナを愛しそうにみつめていた。


「それでルナ……」

「は、はい!」


遥が改めて声をかけるとルナは驚いたように返事をした。

そんなルナを愛しいく思いながら遥は言った。


「今日から……ルナさえよければ一緒に寝ないか?」

「そ、それって、その……」


ルナはその遥の言葉の意味に気づいて顔を赤くする――そんなルナに早くも理性が悲鳴をあげている遥は、しかしなんとか平常心を保って言った。


「もちろん無理強いはしない。ルナが嫌なら別のベッドで寝るよ。でもその……俺もルナと片時も離れたくないっていうワガママを言いたくなってさ」

「遥……」


そんな風に優しく笑う遥――ルナはそんな遥を見て自分の思い違いに気づいた。


遥がこれまでの人達と同じ訳がないのだ。


だって遥は……いつも真っ直ぐに自分のことを見てくれる。王妃になるべく育てられて、見限られた……あの人達と同じわけがない。


遥は遥だと、ルナは改めて遥を心から愛しいく思えた。


そして……


「わ、私も……その……遥と一緒にいたい……」


自然とそんな素直な気持ちを口にしていた。


小さく言ったその言葉を……しかし遥が聞き逃す訳もなく――遥は心底嬉しそうに言った。


「俺もだよ。ルナ。ありがとう」

「……うん」


こくりと小さく頷くルナを愛しいく見つめながら遥は――内なる自分との戦いに身を投じていた。


(うん……今夜は色々長そうだ)


自然とそんなことを思ってから遥は自身の理性を信じてルナと同じベッドに入った。



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