第10話 差し伸べられた手


「……やはり、そうだったんですね」

「えっ?」


 普通なら笑われてもおかしくないような荒唐無稽な話だったというのに、最後まで黙って聞いてくれたラルフは、疑うどころか納得すらしたような様子で。


「リゼット様はずっと、お一人で辛い思いをされていたというのに……本当に、申し訳ありません」


 どういう訳か、彼は謝罪の言葉を口にした。


「信じてくれるの……?」

「もちろんです」


 ずっと、誰にも信じて貰えなかったのに。当たり前のようにそう言い切った彼に、私は少しだけ泣きたくなっていた。


 一方、暗い表情を浮かべ、何故か自分を責めているような様子だったラルフは、やがて顔を上げて私を見つめた。


「……僕が、リゼット様を救ってみせます」

「えっ?」

「どうか、貴女を守らせていただけませんか?」


 もう誰も巻き込みたくないと思っていたはずなのに、ラルフのそんな言葉に、私の心はぐらりと揺れてしまった。


 そもそもこの話をしてしまった時点で、誰かに助けてもらいたい、寄り掛かりたいと思っていたのかもしれない。


「でも、ラルフにそこまでしてもらう義理はないもの」

「貴女に救われた命を、貴女の為に使うだけです」

「大袈裟だよ」

「いいえ。リゼット様の存在があったからこそ、今の僕がいるんですから」


 私はほんの少しのきっかけを与えたに過ぎないし、今のラルフがあるのは、彼自身の才能や努力によるものだ。それなのに、彼は本気でそう思ってしまっているようだった。



「リゼット様、僕を利用してください」



 そして彼は真剣な表情を浮かべ、そう言ってのけた。


「勇者である僕以上に、今の貴女を守るのに最適な人間はいないと思いませんか? その上、貴女に懸想していて、側に置いて頂けるだけで幸せだと言う馬鹿な男です。きっと、世界一扱いやすい道具になってみせます」


 一体どう生きてきたら、利用、道具、なんて言葉が出てくるのだろう。以前から感じていたけれど、ラルフには色々とズレている部分があるように思う。


 とは言え、魔王を倒した勇者である彼ならば、本当にあの魔物を倒すことができるかもしれない。つい、そんな期待をしてしまう自分がいるのも事実で。

 

「お互いに、利点しかないと思いませんか?」


 駄目押しのようにそう言われたことで、私の誓いは音を立てて崩れていった。この状況でそんなことを言われて断れる人間など、果たしてどれだけいるのだろうか。


 何より私はもう、あんな死に方はしたくない。


 20歳の誕生日まで、あと四ヶ月。ここまで言ってくれているのだ、とりあえずそのターニングポイントを切り抜けるまで利用させてもらっても、罰は当たらない気がした。


「……本当に、守ってくれるの?」

「はい。命に代えても」

「いや、そこは代えないで貰いたいんだけど」


 この調子では、本当に命を懸けてくれそうで困る。けれど私は、差し伸べられたこの手を取りたいと思ってしまった。


「ありがとう。それでは、よろしくお願いします」

「リゼット様、ありがとうございます……!」


 何故かお礼を言うと、彼は「これからは気軽に何でも言ってください」なんて言い、子供みたいに顔を綻ばせた。


「聖域は危険ですし、ここで暮らしてくださいね。伯爵家でのことも、リアラさんから聞いていますから」

「……ごめんね、本当にありがとう」


 魔物が出るかもしれない聖域に戻れない今、私には暮らす場所すらないのだ。申し訳ないけれど、ラルフの言う通りお言葉に甘えさせてもらうことにした。


 おばあちゃんや聖域にいた皆は大丈夫だろうかと不安になっていると、ラルフが確認してくれるとのことだった。


「あの、部屋は使用人以下のもので大丈夫だから」

「この部屋はお気に召さなかったですか?」

「えっ?」

「貴女のために用意した部屋です」

「……というと?」

「いつかリゼット様と一緒に暮らせたらと思って、貴女の好きそうなものを想像しては準備していました」

「あっ……そ、そうなんだ……」


 そして彼は爽やかな王子様のような顔で、とても恐ろしいことを言ってのけた。ここに住むと一言も言っていなかった私の部屋が用意されているなんて、おかしいにも程がある。


 やがて彼は執事らしき人物に呼ばれ、すぐに戻ると言い、寂しげな表情を浮かべて部屋を出て行った。


 私はと言えば、再び入れ替わるようにして入ってきたメイド達によって風呂や着替え、化粧などの支度をされる。やけにぴったりなドレスにもまた、少しの恐怖を感じてしまった。




 ◇◇◇




 屋敷内の案内をされている間、メイドとうっかりはぐれてしまった私は、とりあえず先程の部屋を探していた。

 

「ええと、ここだったかな」


 そして何気なくドアを開けた私は、絶句した。部屋の壁一面に、絵が飾られていたのだ。


 そのうち一つだけ布がかけられて見えなかったけれど、それ以外は全て、子供の頃の私の絵だった。


「…………いやいやいやいや」


 両腕どころか全身に、鳥肌がぞわりと立つ。どう考えてもこれは流石にまともではない。重い。重すぎる。


 そして美術館の展示物のように並べられていたのは、私があの日売るように渡したアクセサリーだった。まさかわざわざ、全て買い戻したのだろうか。


 彼が以前「8年間、毎日私のことを想っていた」などと言っていた時には大袈裟だと笑い飛ばしたものの、これを見る限り冗談ではないような気がしてしまう。


 選択、間違えたかもしれない。本気でそう思った。

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