第3話 見つかってしまった


「ケイシー、本当に綺麗ね」

「ああ、そうだな」


 19歳になったある日、私は8年ぶりに王都にいた。どうせまた死ぬとすれば、20歳の誕生日なのだ。それまで後5ヶ月もある今なら、聖域を出たところで問題はないだろう。


 今日は貴族令嬢時代に仲が良かったケイシーの結婚式が行われており、今はそのお祝いのパーティーの真っ最中で。


 数年前、聖域に観光に来ていた彼女と偶然再会し、私のことは周りに隠して貰った上で、たまに手紙のやり取りをしていたのだ。一緒に暮らそう、何か支援をしたいという彼女の提案はありがたいけれど、全て断っていた。


 それでも、そんな彼女の晴れ姿を見に来て欲しいという誘いだけは断れず、今に至る。


 ちなみにドレスや靴、アクセサリーはケイシーの物を借りている。お任せで支度をしてもらったけれど、鏡に写った私の姿は貴族令嬢にしか見えず、正直驚いた。


「お前も十分綺麗だけどな」

「そう? ありがとう」


 そして今一緒にいるのは、当時ケイシーと共に仲が良かった、伯爵令息のマーティンだ。


 8年ぶりだというのに、昔と変わらず接してくれて嬉しかった。一人で参加するのも心細かったから、ありがたい。


「少し化粧を直してくるね」

「おう」


 マーティンにそう声を掛けて、一人化粧室へと向かう。周りからやけに視線を感じるけれど、私がリゼットだと気付く人はいないようだった。ケイシーも参列者に関して、私の身内などは避けてくれている。


 あれから8年も経っているのだ。私の見た目だって雰囲気だって、かなり変わっている。それに私は義母や義姉が流した噂により、大人しく修道院で過ごしていることになっているらしい。それでいい。


 やがて化粧室を出て、マーティンの元へと戻ろうとしたけれど、似たような廊下が続いており見事に迷ってしまった。


 こんな大きな建物は久しぶりだったせいだろう。今の我が家は壁から壁まで、十歩ほどで移動できてしまうのだから。



 そんな中、廊下の先に一人の男性が立っていることに気がついた。その身なりから、上位貴族であることが窺える。


 道を聞こうか悩んでいると、物音ひとつ立てていないはずなのに、彼はすぐにこちらを振り返った。一瞬、その瞳からは敵意や殺意にも似た、恐ろしい何かを感じたけれど。


 すぐにその纏う空気が柔らかくなったかと思えば、彼はひどく驚いたように、宝石のような切れ長の瞳を見開いた。



「──やっと、見つけた」



 ぞっとするくらい、美しい男性だった。その暴力的にすら思える美貌を目の当たりにした私は、思わず息を呑んだ。


 そんな彼は今、何故か私を見て「見つけた」と呟いた。そっと辺りを見回しても、私以外は何もない。いない。


 同時に何故か、逃げなければと、思った。


 脳内で、警報が鳴り響く。理由はわからないけれど、本能的にこの男に見つかってはまずいと思ったのだ。道を聞くのは止め、今目が合ったことにも気が付かないふりをして、くるりと彼に背を向ける。


 けれど歩き出した途端、すぐ後ろから声がして。


「どうして、逃げるんですか」

「えっ? な、何のことだか」

「ああ、貴女はやはり声まで美しい」


 いつの間に、こんなにも距離を詰めたのだろう。


 私のすぐ側まで来ていた彼は、何故か今にも泣き出しそうな表情で、こちらを見つめている。



「ずっと、貴女を探していたんです。リゼット様にもう一度出会うために、今日まで生きてきました」



 そして何故か、ロマンス小説にでも出てきそうな言葉を、彼は真剣な表情を浮かべ言ったのだ。


 ──あれ、どうして私の名前を知っているのだろう。


「リゼ? どこだ?」


 不意に、私を探してくれているらしいマーティンの声が聞こえ、顔を上げた瞬間、彼はあからさまに反応した。


「……貴女を今呼んだ男性と、どういう関係か伺っても?」

「えっ? ええと、8年ぶりに会った、幼馴染で」

「そうですか。恋人や婚約者、夫はいらっしゃいますか?」

「いない、ですけど……」


 勢いに負けてつい、答えてしまった。彼は満足したように唇で弧を描くと、再び「リゼット様」と私の名を呼んだ。


「あの、私は貴方に様をつけていただくような身分では」

「いいえ。リゼット様は、今どちらにお住まいで?」


 この男、さっぱり話を聞いていない。それに初対面の人間に個人情報を教えるほど、私は馬鹿ではない。いや、既にぽろぽろと漏らしてしまっているけれど。


「あの、すみません。私、もう帰らなくてはいけなくて」


 そう声を掛けると、彼は困ったように微笑んだ。


「お引き止めして、申し訳ありませんでした。僕はラルフと申します。また近いうちにお会いしましょう」


 ラルフと名乗った彼は、意外とすんなり解放してくれるようで、内心ほっと安堵する。


 私は再び小さく頭を下げると、彼に背を向け、マーティンの声がした方へ早足で向かった。



 ──そして、彼の言う「また近いうちに」が翌日だということを、この時の私はまだ、知らない。

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