第2話 四度目の人生



 私、リゼット・アシュバートンには前世の記憶がある。



 こうして記憶を引き継ぐ人間は「前世持ち」と呼ばれ、かなり珍しいのだけれど。中でも、私は特殊な部類だろう。


 一度目の人生では田舎の村娘として生まれ、魔物に襲われていた少年を庇った末、ばっくりと食べられて死んだ。


 そして二度目の人生も、三度目の人生も違う人間として違う時代に生を受けたけれど、すべて20歳の誕生日に同じ魔物に生きたまま心臓を食われ、死んでいるのだ。


 何回繰り返しても、どう足掻いても20歳の誕生日に同じように死んでしまう。最早、呪いか何かだとしか思えない。


 そして四度目の今世は、初めて貴族の娘として生を受けることができた。流石に今世こそはうまいこと立ち回れるんじゃないかと、かなり期待していたのだけれど。



「今まで大変お世話になりました、二度とお二人に顔を見せることがないよう、静かに暮らして行きたいと思います」


 11歳になった私は今、深く深く頭を下げていた。


 そう、まさかのまさかで20歳になる前に、義母と義姉に殺されかけたのだ。奇跡的に助かったけれど、もはや早死にのプロとなりかけている私にはわかる。彼女達は本気だ。


 お母様が亡くなり、お父様が病に伏せっている今、彼女達がこの伯爵家の実権を握っているのだ。ただの子供である私には、何の力もない。このままでは殺されるだろう。


 ちなみに殺されかけた原因は、義姉が狙っている公子が私に一目惚れしたから、らしい。落としたハンカチを拾ったせいで惚れられ、殺されるなんて理不尽すぎる。とは言え、私は元々邪魔だったのだろう。単なるきっかけに過ぎない。


 とにかく私はもう、早くに死にたくはない。死ぬのが早すぎる。寿命を全うしたいとか贅沢は言わないから、せめて恋をして結婚して、40歳くらいまで生きてみたい。


 そう思った私は、あっさりこの家を出て行くことにした。そもそも今までの人生を通せば平民暮らしの方が長く、貴族の暮らしよりも性に合っているのだ。


「……お前、本気なの?」

「ええ、勿論です。私は無意識にお姉様がお慕いしている公子に色目を使ってしまうような、とんでもない人間です。今後は修道院にて、一生己を見つめ直して生きていきます」

「ふうん、良くわかってるじゃない」


 そしてぺこりと頭を下げると、私は小さな鞄を両手に抱えて、少し戸惑ったような様子を見せる継母と義姉の前から、そそくさと立ち去った。


 ──過去数度の人生で私は、プライドよりも大切なものがあると学んでいた。そう、もちろん命である。




◇◇◇




 ちなみに四度目の人生である今世では、魔物が出ないという聖域の存在を知ることができた。


 前回も魔物は都市部には出ないと言われていたのに、普通に現れてさっくり食べられたから、あまり意味はないかもしれないけれど。試してみる価値はある。それよりも良い方法だって、今のところ見つからないのだ。


 それに毎度私を食べるは間違いなく、普通の人間にどうにか出来るものではないと、とうに気が付いていた。過去の人生で、私を守ろうとした騎士を巻き添えにしてしまったことも、かなりのトラウマだった。


「……もう、誰も巻き込みたくないもの」


 とにかく今世は、聖域で一人で20歳の誕生日を迎えてみるつもりだ。ダメだった場合、来世でまた考えれば良い。


 出来るのなら勿論、死にたくはないのだけれど。ちなみに食べられる瞬間は、早く死なせてくれと思うくらい痛い。あの苦しみは、やっぱり二度と味わいたくはない。



 そして伯爵家を出て修道院に向かうフリをしている途中、孤児の子供を助け、侍女のリアラと別れた。それからは途中で乗っていた馬車から逃げ出し、別の馬車に乗り換えて足取りを消した上で、無事に聖域へと辿り着く事が出来た。


 20歳の誕生日ギリギリまで、他の場所にいることも考えたけれど。一生暮らしていくかもしれない場所なのだ、早くに慣れておいた方がいいだろうと思ったのだ。それに修道院暮らしよりも、伸び伸びとできるだろう。



 けれど、聖域に着いてからというもの、原因不明の体調不良により寝込む日々が続いた。謎の吐血や不眠に悩まされていたけれど、一年が経つ頃にはすっかり症状は消えていた。


 それから、12歳になっていた私は前世で農民だった頃の知識と根性を生かし、必死に働いて、働いて。日々生きていることに感謝しながら暮らして。


 気が付けばあっという間に、7年の時が過ぎていた。

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