私を好きすぎる勇者様を利用して、今世こそ長生きするつもりだったのに(多分、また失敗した)
琴子
第1章 再会という名の出会い
第1話 プロローグ
「ああ、そうだ。今履いてる靴もあげる。ほら、この爪先の辺りの宝石とか、少しは薬代の足しになるでしょうし」
私は両足の靴を脱いで軽く払うと、小さく骨ばった手のひらにそっと乗せた。もっといい靴を履いて来れば良かったなんて思いながら、素足になった爪先をドレスの裾で隠す。
「そんな、靴までなんて……貴女が困られるのでは、」
「大丈夫大丈夫、私のことはいいから。気にしないで」
少年はひどく申し訳なさそうな顔をしているけれど、私としては全く困らないから、本当に気にしないで欲しい。
今から行くのは畑しかない田舎なのだ。こんな上等な靴、持っていたってカビを生やして捨てることになるだけ。それならば、売り払ってお金にして役立てて貰ったほうがいい。
──私、リゼット・アシュバートンはこれから死ぬまでずっと、聖域と呼ばれるド田舎に引きこもるのだから。
ちなみに聖域という響きは素敵だけれど、魔物が出ない森と畑があるだけ。そこで農業をして、静かに暮らす予定だ。
そこへ向かう途中、馬車の窓から見えたのがこの孤児らしき兄妹だった。二人とも痩せこけているけれど、問題は妹の方で。小さな身体に浮かぶ斑点には見覚えがある。
そんな姿を見ていたら、私の腕の中で苦しみながら死んでいった妹と被り、つい放っておけなくて。気が付けば馬車を停めるよう指示していた。そして身につけていたアクセサリーを薬代にと、彼らに渡したのだ。
大事にしていたこのネックレスも、どうせ二度と身に着ける機会なんてないだろう。私はネックレスを侍女であるリアラに渡すと、彼女は不思議そうな顔で私を見つめた。
「なぜ、私に……?」
「あの子たちだけでは舐められて、詐欺に遭うかもしれないもの。だからリアラ、あなたがついていってあげて。私はここから先、一人で行くから」
「何を仰るのです! お嬢様お一人にさせる訳には、」
「大丈夫よ、普通はみんな一人で行くものだし」
そう、私はこれから修道院に入る……ことになっている。
「本当は、王都に恋人がいるんでしょう? 私は大丈夫だから、どうかその方と幸せに暮らして」
「…………っ」
「その代わりと言ってはなんだけど、この子達をたまにで良いから、気にかけてあげて欲しい」
リアラは瞳に涙を溜め、何度も頷いてくれた。彼女は私が心配だからと、修道院にまで付いて来てくれようとした心優しい女性なのだ。どうか幸せになって欲しい。
元々、途中で適当な理由をつけて彼女を自由にするつもりだったけれど、ちょうど良かった。
「貴族の方、ですよね」
「まあ、そうね」
そんな中、兄らしき少年は私をじっと見上げた。ひどく汚れているけれど、その顔立ちは整っているように見える。
年齢は私より少し下、というところだろうか。
「──ゆうしゃ」
「えっ?」
そんな彼を見ていると、突然そんな言葉が口から溢れた。同時に、言いようのない恐怖が込み上げてくる。なんだか嫌な予感がして、私は「もう行くね」と声を掛けた。
「絶対にいつか、貴女を見つけてこのご恩を返します」
「本当に気にしないで。人生ってのはね、少しくらい自分勝手に生きた方が絶対いいんだから」
そう告げると彼は息を呑み、アメジストによく似た瞳を見開いた。そんなにも、驚くようなことを言っただろうか。
私は呼吸の荒い少女の頭を撫でると、リアラになるべく早く医者に見せるよう告げ、そのまま馬車へと乗り込んだ。
「……あーあ、そろそろ長生きしたいな」
そんなことを独り言ち、窓の外へと視線を向ける。リアラも少年も、泣きそうな顔で私を見つめていた。どうか、皆私のことなんてさっさと忘れて、元気で過ごせますように。
けれどそれからしばらく、少年がまっすぐに私へと向けていた紫色の美しい瞳が、頭から離れなかった。
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