第44話 解決への追及

 声が聞こえてくる……。

「先輩、これ以上罪を重ねるのは止めてください。……何でそんなことを」

 綾の声だ。


「ごめんなさい、私はまだ捕まる訳にはいかないの。本当はこんなことなんてしたくない。したくなかった。……でも、仕方ないの」


「どうして2人を殺してしまったんですか? 」


「去年の事故……。山寺さんは知らないわね」

 深町先輩は語り始める。


「ええ、噂で聞いただけです。いろいろ聞いてみたんですけど、事故で2人が行方不明になったというだけで、それ以上のことは先生とかも教えてくれませんでした」


「……その行方不明になった2人のうちの一人、篠本は、私の幼なじみだったの。……ニュースとかでは合宿中の事故で後輩の一人が洞窟の縦穴に落ち込み、それを助けに行った際の事故で二人とも行方不明だってことだった。辛かったけど、人を助けようとして自分まで巻き添えでということであの人らしいと思ってた。でも、ある時、聞いてしまったの」


「先輩、それは一体? 」

 綾が深町先輩の隙をうかがっているが、彼女はそんな隙を見せない。

「ある日、警察の人が来て、幼なじみの篠本の交友関係について聞いていったわ。事故で死んだのに何でだろうって思った。それで彼と中の良かった人に聞いてみたの。どうして警察がそんなことを聞きに来たんだろうって。そしたら、彼はスマートドラッグを学校内で売りさばいていたっていう噂があったって聞いたの」

「スマートドラッグ? 」

 綾が声を上げる。

 いわゆる合法ドラッグとかいうものだ。法で規制されていない薬物のことだ。しかし、そんなものが進学校で有名なうちの高校で出回っていたなんて知らなかった。

「合法ドラッグとか言われているものよ。それを彼がどこかから入手し、販売してかなりの利益を得ていたって話。そして合宿の時もそれを部員たちにばらまいていて、警察がやってきた時に多くの部員が酩酊状態だったって聞いたわ」


 僕は思い出した。村野先輩が殺害される前日の夜、彼女が話していた「あるもの」「ハメを外しすぎて」といった言葉の意味が分かった。彼女たちはドラッグにふけっていたのだ。


「事件は未成年者の集団薬物中毒事件という学校にとって最大のスキャンダルになるところだったから、学校側は警察も巻き込んで必死の箝口令をしき、全てが闇の彼方へと葬り去られた」

「だから、みんな去年の合宿について語りたがらなかったんですね」

「そう。でも、私はそれで疑問を感じた。彼はそんなそぶりを見せたことがなかったし、そういった事を嫌う正義感の強い人だった。……そんな人が薬物なんて手を出すはずがない。だとすると……」

「篠本さんは事故で行方不明になったのではなく、何者かの手によって殺害されたと想像したんですか」

 深町先輩の言葉を遮って、綾が言葉を発する。

「その通りよ。事故の状況からすると、彼が事故に遭ったとき、そばにいたのは部長と長野先輩だった……。それで私はこの学校に転入するとともに、部長に近づいたの」

 

 事件の謎を解くために、部長に近づいたというのか。それほどまでしても突き止める必要があるなんて、篠本という人物が深町先輩にとってどれほど重要な位置を占める人物かがわかった。


「最初は悲しい事故だったって長谷川には言われた。長谷川は私との仲が深くなると、すぐに本当のことを教えてくれたわ。助けに行った時に使用したロープは合宿所にずっと放置されていたものでかなり痛んでいた。もしかしたら切れるかもしれないが、そこまで指摘するほど篠本と仲が良くなかったって。その瞬間、この人を許すことはできないって思った」

「先輩は、篠本さんの事が好きだったんですね」

 綾が悲しそうにつぶやく。

「そうよ。大好きだった。そんな気持ち、山寺さんには分からないでしょうけど」

「そんなことありません。あたしだって分かります。……でも」

「分かるはず無いわっ!! 」

 深町先輩は声を荒げた。普段の彼女からは想像もできない姿だった。

「殺され、しかもドラッグの売人みたいに貶められたのよ。誰も彼の死を悼まなかった。むしろ彼が薬物を合宿に持ってこなければ事故も起きなかったと逆に責められた。ご両親だって謝ってばかりだった。本当は何の落ち度も無く、むしろ間違いを正そうとした側だったのに」

「どういうことなんですか」

「薬物をばらまいていたのは長谷川だったのよ。篠本は彼にそんなことをやめさせようと何度も口論になっていた。二人の仲は合宿の時に最悪になり、ついには合宿が終わり次第警察や学校に全てを話すと言い出したの。それで長谷川は彼の殺害を計画した。……後輩をドラッグで酩酊状態にして洞窟へ連れて行き、縦穴に突き落とした。翌日台風の影響が出始め、洞窟に行ったことをほのめかし、3人で助けに行き、あとは彼を救助に向かわせ、ロープを切るだけ……」

 なんということだろう。

 長谷川部長は、自分の身を守るため篠本という部員を殺害するだけでなく、関係のない人間もまとめて殺してしまったとは。そして自分のやっていたことを殺した人間たちに押しつけるとは……。なんという恐ろしい男だろう。

「あの男はそれを自慢げに話していた。私が自分のものになり、惚れきっていると思いこんでいたからでしょう。まさかその女が自分が殺した男の恋人だったとは思いもしなかったでしょうね。本当はそれで全てが終わるはずだったの。でも、村野さんに気づかれ、事件をばらすと脅された」 


「それで村野先輩も殺したいうんですか? 」


 二人の会話を聞きつつ、慎重にしかし素早く歩いていく。

 もうすぐたどり着く。綾、先輩を刺激するんじゃないぞ。祈るような気持ちで進んでいく。


「村野さんは、気付いてしまった。そして、私を脅してきた……。あそこで捕まる訳にはいかなかったし、今後もあの人に脅され続けられることを考えたら、ああするしかなかった。仕方ないのよ、可哀想だったけど……。でも後悔はしていない。彼女はあの合宿に参加していたし、間接的ではあるけど長谷川の協力者だったから。死んでも仕方ない。復讐を遂げて捕まったのじゃあ意味がないわ」


「そして、あたしも殺すというんですか? ……殺人を隠すためにさらに人を殺める。そんなことをしたって逃げおおせるものじゃないわ。たとえ、うまく実行できたとしても、

 あなたの罪は隠し通すことなんてできない。きっと暴かれるわ」


 小さな嗤い声が洞窟に反響する。

「そうかもしれない。確かに私がやったことは許される事じゃないわ……。どんなに策を巡らせたところで、逃げおおせられないかもしれない。でも、可能性にかけてみたい。これからこの悲しみを乗り越え、幸せになるチャンスがあるかもしれないから。失うものはとてつもなく大きかった。だから幸せになってもいいじゃない! たとえ、何の恨みもないあなたを死なすことになっても! 」



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