第43話 洞窟へ

「どうしたんです? 何がおかしいんですか? 何も反論できないから、やけを起こしたんですか」


 ついに耐えられなくなった彼は、口を大きく開け、笑い始めた。大きく体を反ったと思うと、次は腹を抱えて笑う。


「はは、ガハハハハ。……ハハハハ」


「何なんです! 」


「……スマン、スマン。お前が真剣に語るから最後まで聞いていたんだが、あまりの見当違いに我慢できなかったんだ」

 呼吸を乱しながらもなんとか答える。本当に苦しいのか、目が涙で潤んでいる。

「お前の推理は、一見筋は通っているように見える。だが穴だらけだ。考えてみろ、最初の深町襲撃に関して俺は一階からどうやって二階に上がるっていうんだ。梯子は出せない、雨樋をつたうこともできない」


「それは気付かれないように階段で上がったんじゃ無いですか」


「お前が見張りをしていたのにか? ……次に村野毒殺。俺が毒を混入したとのことだが、アイツが飲んでいたお茶に俺はどうやって混入したんだ? あいつが飲んでいたお茶がどこにあるか、知る術はなかった」


「う、そ、それは……」

 面白そうに僕を試しているのがわかる。

 何とか頭を働かそうとする。しかし、何も出てこない。


「次に長谷川殺害。俺が合宿初日に殺害し、展望台に隠していたとのことだな。トリックをつかい、お前達の前で投身自殺をしたように見せかけたという推理だったな。

 ……それにも重大な欠陥がある。

 展望台の裏に隠し扉があり、そこからアイツを投げ捨てた。一見それらしいが、考えてもみろ。—————あそこには誰もいなかったのか? 」


「いえ、深町先輩がいました」


「裏側には何の遮蔽物も無い。そんな状況でどうやって飛び降り自殺に見せると言うんだ。みんなアイツが飛び出してくるかもしれないと緊張していたはずだろう? よそ見なんかできないはずだが」


「そこはなんらかのトリックを使って深町先輩を幻惑させたんで……」

 言っていて無理過ぎるのがよくわかった。

 僕は黙り込むしかなかった。


「それが結論だよ。つまり、俺には全ての犯行は不可能。そして犯人ではないということだ。俺に長谷川を殺すほどの動機があるというのか?

 去年の事件が原因とお前は言うが、さて、そこで俺が人を殺めるほどの動機があるのか。

 俺なら去年の事が事件ならば、証拠を突き止め、それを警察に突き出すだけでいい。俺に人を裁くことはできないしな」


「……じゃあ、誰が犯人なんですか? 」


「長谷川の計画を知りうる立場にある人物で、かつ信頼関係にあること。そして、深町襲撃事件において犯行可能な場所にいたこと。

 次に村野のお茶の在処を知りうること。

 そして、最後の事件の時に、誰にも目撃されずに、長谷川を崖に投げ捨てることのできた人物だよ」


 その人物はすぐに思い当たった。しかし信じられなかった。

「深町先輩が……。そんなことありえない。だって、深町先輩は部長の恋人ですよ! どうして殺意を抱くことがあるんですか? 彼女には動機が無い!! 」


「……その原因が去年の事故なんだろう? あの事故で死んだ……いや行方不明になった2人の人物うちのどちらかもしくは両方と深町に何らかの関係があったのだろう。それが動機ではないかな」


 僕は反論することができなかった。

 やはり、綾の推理が正しかったのだろうか?


「ん? ところでお前の彼女はどこにいっているんだ? 」

 今更気付いたように言われる。

 

「さあ、わかりません。起きたときにはどこかに出かけてたみたいです。深町先輩も出かけているみたいですし」

 確かに僕も深くは考えていなかったが、宿泊施設内にいないということは、どこかに出かけているんだろう。


「大丈夫なのか? 」


 そう言われて初めて気付いた。

 僕は長野先輩が犯人であると思っていたため、二人がいなくても何とも思わなかった。

 しかし、深町先輩が犯人の確率が高くなった状態で、綾もいないとなると落ち着いていられないのだ。


 恐らく、綾は深町先輩に確かめるため、一緒に行ったか、もしくは彼女の後を追ってどこかに行ったのだ。……自らが犯人であると知られた場合、犯人はどういう行動にでるか。

 一度、自分の犯行を知られ脅された彼女は、その人物を毒殺している。


「! 綾が、危ない!! せ、先輩、綾がどこへ行ったか知りませんか! 」

 僕は事態の深刻さに動揺を隠せなかった。


「朝早くに深町がどこかに行くのは見たな。その後は、ずっと作業をしていたからな。しばらくして、山寺が出かけていく気配は感じたが、どこへ行ったかはわからない。……俺も手伝う。今すぐ行きそうな場所を考えろ! 」


 どこだ、どこだ、どこだ……。綾が行きそうな所はどこだ?

 港か、研究施設跡地か? それとも砂浜か……。


「……昨日の晩、綾は深町先輩が犯人じゃないかって言ってました。だから、深町先輩のいるところに行ったんじゃないかと思います。彼女が行きそうなところを……」

 僕は動揺しながらも必死で無い知恵を絞る。

 恐らく綾は深町先輩を追及する為に彼女を探したと思う。

「深町先輩が行く場所を考えれば良いんだ。彼女は復讐を遂げた。予定外の事が起こったにせよ、自分への容疑は免れていると思っているはず。……だとすると、彼女はどうする、……考えろ! 」


 急かされれば急かされる程、僕の思考は空回りをする。何も浮かばない。焦りのみが僕を捕らえる。


「行きそうな場所……するとアイツの墓前に報告に行ったと考えられるな」

 ぽそりと長野先輩が呟く。


「そうか! そうだとすると、洞窟に行ったに違いないですね。間違いない。綾はそう考えて彼女の後を追っているに違いない」

 大あわてで駆け出そうとする。


「俺も行く! 」

 長野先輩も駆け出す。


 綾は深町先輩を問いつめているのだろうか? 「犯人はあなただ」と。

 危険すぎる……。彼女は自分が犯人であることに気付いた村野先輩を、たとえそれを理由に脅されていたとしても、……躊躇いもなく毒殺しているのだ。

 あの顔からは想像もできない冷酷で邪悪な存在なのだ。村野先輩が殺されて、綾が殺されないという理由などどこにもない。


 綾が危ない。


 僕は全力で洞窟への坂道を駆け上がる。

 必死で駆ける僕を尻目に、長野先輩は僕を追い越し、どんどんと前へ進んでいく。その差は広がり、縮まることはない。


 呼吸は乱れ、足が縺れそうになる。

 くそっ! ちゃんと動け。

 とにかく、この説明のできない焦燥感は何だ? 嫌な予感だけが心を支配する。急げ。心はこんなに急いでいるというのに体はついてこないもどかしさ。

 それでも走るしかなかった。遅れるわけにはいかない!絶対に。


 長野先輩の背中が見えてきた。

 足音に気付いた彼は振り返り、僕だと気付くと一瞬驚いたような表情を見せた。そして一段とスピードを上げたように感じた。


 僕は遅れまいとさらに加速した。何度も転びそうになり、何度か伸びてきた枝に顔を打つ。

 階段を駆け上がり、木々が日を遮る道を走り、やがて洞窟が遠くに見えてきた。

 

「早くしろ」

 息を切らせて洞窟前にたどり着くと、彼は苛ついたように吐き捨てた。


「すみません……」

 何だかわからないが、とりあえず謝っておく。

 

 前に来たときにはあの辺に花が供えてあったな……。そう思い、洞窟の左側を見る。

 ……また、花があった。

 誰かがまたここに来たのだ。今なら言える。花を供えたのは深町先輩だと。そして、前の時は復讐の誓いのため、今回は復讐の成就の報告に来たのだろうか。


 ……綾の姿はどこにもない。どこへといったのか。

 

「と、とにかく奥へ急ぎましょう」

 僕は洞窟へと駆け込んでいく。

 

 背後で舌打ち音が聞こえた。続いて駆けてくる足音。


 何を苛ついているんだろうか? そういったことを思ったが、今は綾と深町先輩を見つけるのが先だ。僕は懐中電灯で暗闇を照らし、走る。


 滑りやすい洞窟内を慎重に僕たちは進んでいく。足音が反響するだけで、他に何の音もない。

 彼女たちはどこにいるんだ? 早くしないと、綾が危ない。

 頼む、綾……。結論を急がないでくれよ。

 僕は、綾が先走った行動に出ないことを祈りながら歩みを速めて行く。

 

「!! 」

 遠くで何か音がした。何かが落ちるような感じだ。


「急げ! 」

 言われるまでもない。僕は音のした方向へと駆け出す。滑る床面も気にしていられない。

 時折足を滑らしながらも、僕たちは駆ける。


 前方の洞窟から明かりが漏れてきている。

 誰かがいるのは間違いない。

「先輩、もう! 」

 女の声が聞こえてくる。

 ……綾だ。


 声を上げ、綾を呼ぶべきかどうか考えた。

 だが、状況から僕たちが来たことが気付かれると、深町先輩が慌てて凶行に及ぶ危険性がある。これは綾が推理を展開させているという前提だが。

 

 危険は冒せない。

 全力で駆けてきたスピードを緩め、うっすらと照らし出された場所にいる二人に気付かれないよう、慎重に、かつそれほどスピードを落とさずに接近する。

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