第42話 真犯人

 目が覚めた……。

 いつの間にか眠ってしまったようだ。

 あのまま長野先輩の部屋へ向かい、彼を追及するつもりだった。行動は早いほうが良いからだが、どういう訳か眠ってしまった。


 ここ数日、合宿に来てからだが、唐突に意識がなくなるように眠ってしまう。そして、朝の言いようのない吐き気、倦怠感。……頭痛。


 合宿に来るまではここまで酷い症状が出ることはなかった。一体どうしたというのだろうか。便秘だったり、下痢だったりと症状は変化するし。

 もしかすると時間が本当に少なくなっているのではないのか、そう考えると全てを投げ出して逃げ出したくなる。でも、まだ、……まだ早すぎるんだ。


 時計を見ると9時を回っている。それなのに宿泊施設は至って静かだ。

 この合宿に参加したミステリ研究会の部員6人の内、2人が死亡している。物理的にも静かになるのも当然だ。


 僕はベッドから起きて着替えると、食堂へと向かった。


 食堂には誰もいなかった。

 しんと静まりかえった部屋。

 エアコンもスイッチが切られているようで、朝の日差しが窓から入り込み、室温が上がっていっているのが実感できた。

 

 それでもかすかに涼しさがあることから、誰かがここにいたのは間違いない。

 僕は二階へと駆け上がり、綾の部屋をノックする。

 誰も反応しない。

「おーい、いるのか? 」

 何度か声を掛けてみるが、ドアの向こうはしんと静まりかえっている。


 試しに廊下を挟んで反対側の、深町先輩の部屋もノックする。同様に何の返答もない。どうやら二人ともでかけているようだ。


 この宿泊施設には誰もいないようだ。

 再び僕は振り返ると、綾の隣の部屋のノブに手をかける。

 事件が起こるまで深町先輩の部屋だった場所だ。

 ドアを開けると、すぐに電気を点ける。この部屋は事件後、雨戸が閉められているのだ。

 

 蛍光灯に照らされた室内は、ベッドと机があるだけの殺風景な部屋だ。

 未だに窓ガラスの破片が散乱しているようで、鋭利な部分が光る。


 僕は慎重に歩き、窓ガラスへと接近する。

 窓の中央より少し外側に大きな穴が開き、無数のひび割れが広がっている。

 この状態で窓を動かしたら全体が崩れ落ちそうだ。


「特にこれといった証拠は無いか」

 僕はミステリにおける探偵じゃないから、現場を見たところで何も浮かばない。廊下へ出ると扉を閉めた。

 ただ、ガラスの割れ具合が少しだけ気になった。

 外から進入しようとした何者かが窓ガラスを割り、クレセント鍵を開けようとする際、どの場所を割ろうとするのか? ……あまり鍵から離れた所を割ると、ガラスの破片で腕を切ってしまうだろう。またあまりのんびりと破壊作業を行うと深町先輩に逃げられてしまうだろうから、作業を瞬時に行わなければならない。その二つを考慮すると、ガラスの割れた位置とその破壊の具合が微妙にマッチしないように思えた。

 いやいや、それは気のせいだろう。僕は頭を何度か振ると部屋を後にした。

 

 階段を下り玄関へたどり着くと、スニーカーを履く。

 僕の推理は完全に構築されたわけでは無いけど、推理の方向性は決まっている。今は犯人にその推理を突きつけるだけだ。

 そう、……長野先輩に。


 ガタリ……。

 外の方で物音がした。

「ん? 裏庭のほうかな」

 玄関の扉を開けると、すぐに裏庭へと急いだ。


 裏庭の倉庫の扉が開き、そこに人影を見た。

 庭には椅子やコンロ、その他もろもろのガラクタが出されている。

 長野先輩だ。


 ゆっくりと倉庫へと向かう。

 気付かないのか、彼は黙々と作業を続けている。倉庫の荷物を全部出そうとしているようだ。やっと近づく僕の存在に気付いたか、こちらを見た。


「先輩、何をしているんですか? 」


「倉庫の中を確認している。もしかしたら、ここに何かが隠されているかもしれないからな」

 一瞥くれただけで、作業を再開する。


「一体何があるんですか? 」


「事件は終わった。しかし、俺たちは島に取り残されたままだ。何時助けが来るかわからない。もう食料が無いことはお前も知っているだろう? アイツがもしかしたら倉庫に隠しているとか、倉庫に隠し部屋でもあるかと思ったんだよ」


 本気でそんなことを言ってるのだろうか? 食料は無いのは事実だが、事件は終わっていないじゃないか。

「それは先輩が一番知っているんじゃないんですか? 」


 彼ははゆっくりとこちらを振り返る。

 呆れたような笑顔を見せる。

「ふ……どういうことかな」


「先輩は本気で全ての事件が長谷川部長の犯行だと思っているんですか? そして、彼の死によって事件が終了したと」


「そうだ。結果はそうなっている。それに問題があるのか」

 長野先輩は時間がかかりそうだと判断したのか、手近にあった折りたたみ椅子を広げ、そこに座った。


「いろいろ考えてみたんです……。部長の失踪、深町先輩が襲われたこと、そして村野先輩の毒殺、部長の投身自殺。—————一見、部長の計画と思えるんですが、そうじゃないって思ったんです」


 彼は黙ったままこちらを見ている。時折、組んでいる腕を組み替えたりした。


「最初の事件に関しては部長の犯行だと判断して良いと思います。でも次の深町先輩の事件、これは部長には無理ではないかと思います」


「ほう。何故、彼では無理なんだろうか? そして、誰なら可能なんだ? 」

 興味を示したのか、彼は僕を睨むように見つめる。口元は僅かに微笑んでいる。


「深町先輩の部屋は二階でした。玄関だけでなく、そのほかの窓も夏だけに施錠されていました。外部からの侵入は困難。合い鍵を持っていたとしても、あの時間帯は僕が見回りをしていました。外部から誰かが入ってきたら必ず気がつきます。 

 そして、建物には外階段はもちろん無いし、雨樋なんかを伝って昇ろうにもあまりに老朽化をしているため危険が高すぎます。何らかの道具を持っていなければ屋根に上がることはできません。確かに、倉庫には梯子がありました。でも、僕はバーベキューの片づけの時に鍵を掛けたんです。たとえ部長が屋根に登ろうとしても、梯子を入手する術が無かったんです」


「ある程度筋が通っているようだな。面白いよ。しかし、この宿泊施設を借りたのは誰だ? アイツだ。ならば合い鍵くらい持っていても不思議じゃないのかな」


「確かに合い鍵があれば梯子は取り出せるでしょう。しかし、事件後すぐに僕たちは現場に駆けつけました。……部長は逃げる時間はあったかもしれませんが、重たい梯子を倉庫に片づけ、逃げるという時間はありません。つまり、内部犯行としか思えないのです」

 僕はできる限り長野先輩の様子を伺いながら喋る。彼の一瞬の表情の変化さえ見逃さないつもりだ。


 しかし、彼は表情を変えず、面白そうに僕を見る。


「内部犯行としたら犯人でありうるのは被害者である深町先輩を除いた僕、綾、村野先輩、そして先輩の4人になりますね」


「もったいぶらずに言えよ。当然、お前は犯人じゃないんだろう? だったら3人だ。しかし、証拠はあるのか」


「では、次に行きます。村野先輩が殺害されました。先輩が言ってたように毒殺です。……これで容疑者は2人になったわけです」

 僕は消去法推理をさらに展開させていく。

 

 相変わらず長野先輩は表情を変えることなく、僕の話を聞いている。


「そして次の事件。先輩の提案で僕たちは展望台へと行きました。追いつめられた部長は焦って展望台から飛び降りた……、というのが表面的な結果ですね」


「実際は違う、そう言いたいんだな」

 僕の推理が読めたのか、口を開いた。

 相変わらず余裕たっぷりの笑みを浮かべていて、何とかその仮面を剥がしてやりたいと思う。


「あの時、綾は展望台の玄関にいました。その間に部長は転落死しました。これにより、綾も犯人の可能性が無しとなります」

 僕はそこで一呼吸を置いた。

 先輩も僕が次に発する言葉を待ちかねているようだ。


「よって、犯人は長野先輩、あなたしかないのです」


「面白い推理だな……。俺だけが全ての事件を起こすことができるというわけか。では、長谷川を俺はどうやって殺したというんだ」


「簡単な事です。これは綾も言ってたんですが、部長がミステリ研究会部員皆殺し計画を立てていたのは彼が残したものや行動から明らかですよね。……もちろん、本気で完遂しようとしていたのかは、彼が死んでしまっているので不明ですが。

 当然、表向きは合宿を盛り上げるイベントだったでしょう。ならば誰か協力者が必要となるはず。その協力者は部長の計画に便乗し、連続殺人を企画した、というわけです。部長はまさか自分が殺されるなんて思ってもいなかったんでしょう。だから作業は簡単だったはずです。

 もっとも、他の部員は女性ばかり……。彼女たちにとっては、動機云々の前に男一人を殺すことは難しいです」


「確かに消去法でいけば、俺しか考えられないな。こいつは困った……」

 おもしろがっているのか、余裕の態度だ。

「では、動機は何だ? 」


「……正直、わかりません。去年の事件がきっかけであるとしか言えないです。あの事件で亡くなった、いや現在も行方不明の2人部員の事で先輩が部長に何らかの恨みを持ったとしか思えません」


「ほう。去年の事件のことを村野から聞いたのかな。じゃあだいたいの事は知っているな」

「そうです。詳細に関しては分かりませんが、去年、地下洞窟で行方不明になった二人と部長の間に何かがあったのでしょう。2人と先輩の間にどういう関係があったかは分かりませんが、これが原因としか思えません」


「ふん、推理としてはおもしろいな。それは保留しておこう。

 では、深町を襲ったのはどうしてだ? そして、村野を何故殺したりしなけりゃならない? 」

 矢継ぎ早に質問をしてくる。


 深町先輩に関しては事件を連続殺人にみせかけるカモフラージュ、村野先輩は口封じで殺されたのだと推理を展開する。

「そして、仕上げとして部長を追い込むという計画を練り、死体を隠していた展望台に僕たちを連れて行った。巧妙に手を打って、部長の投身自殺を僕たちに目撃させたんです。だが、部長の遺体を宿泊施設に運ぶとき、焦った先輩はミスを犯してしまった」


「ほう、……それは何かな? 」


「村野先輩を運ぶときには、協力的じゃなかったあなたが、部長を運ぶときは率先して担架を準備したり、僕に遺体をさわらせることなく運んだ。それは僕に遺体をさわられるとまずいことがあったからでしょう? 」


 何も語らない。


「では、何故かを言いましょう。部長は合宿の序盤、恐らく最初の部長失踪事件の後くらいに殺されたからです。

 もしあの時、僕が遺体に触れたりしたら、遺体が冷たすぎること、そして場合によっては襟元やその他の場所から死斑を見てしまう可能性があったからです。……そして、そんなことを気にするということは犯人だからでしかない」

 僕は彼の目を見る。


 うつむき加減で長野先輩は何も言わない。必死で言い訳を考えているのだろうか。両手は強く握りしめられている。


 僕は念のため、反撃に供える。


「ククク、……クククク」

 地の底から響くような声。

 必死に笑いを堪えるように、先輩の両肩が震える。それでも堪えきれないのか、笑いが閉じられた口から漏れてくる。

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