第40話 秘密
「……もう、変なんだから。深町先輩が犯人だという仮説で話しを進めるわよ」
僕はゆっくりと頷く。消去法で行けばそうならざるをえないのだから。
「さっき、徹君に指摘されたけど、自分の過去の犯罪を暴こうとした者の殺害を計画した部長が、一番最初に消しておくべき長野先輩を殺害しなかったかの謎の答えが、それよ」
「つまり? 」
「部長は、長野先輩を殺そうと考えていたのは間違いない。でも、それができなかったということ。物証は何もないってことだけは覚えておいて……。証拠は今から探すつもりだから。
……最初の事件。
深町先輩が襲われた時、すでに部長は殺されていたとしたら、どうかしら? 」
「?! そんなことあり得るのか。だって、窓ガラスは割られていたし、先輩も怪我をしてたぞ」
「そう考えないと辻褄が合わないのよ。まず最初に襲われるべき人物は、部長の計画を知る長野先輩でなければならないはず。なのに深町先輩が襲われた。それでは長野先輩がすぐにおかしいと気づいてしまう。……部長は部員達の皆殺しを考えていた節もあるから、格闘技に長けている部長を生かしておくのは危険すぎるはずなのに」
「でも、実際に深町先輩は襲われたし……怪我もしていたし」
僕はどういった理由かわからないが、深町先輩を弁護する側に立っていた。
「誰も犯人の姿は見ていない。見たのは深町先輩だけ……」
確かにその通りである。誰一人として犯人の姿を見ていないし、気配も感じてない。
「そして次の事件が起こる。村野先輩は何か秘密を知ってしまったのね。それで深町先輩を脅そうとした……。今となってはどういう理由で脅そうなんて考えたのかわからないけど」
僕は村野先輩が亡くなる前の晩に、誰かを脅す電話をしていたことを思い出した。それは、深町先輩の秘密をしった彼女が脅しをかけていた電話だったのか。
「そういえば、村野先輩が亡くなる前の晩に宿泊施設をパトロールしてたんだけど。……村野先輩は、ずっと食堂のテレビに彼女が撮ったビデオの映像を映してぶつぶつ言ってた」
「何か気づいたことがあったんだわ!! 」
「……今まで黙っていたんだけど、実はその晩に、彼女が誰かに電話をしていたんだ。 全部わかったから言うことを聞けって」
綾の瞳が輝いたように思えた。
「それよ! あたしの考えが間違いなかったのね。村野先輩は秘密を知ってしまった。そして、それをネタに深町先輩を脅した。……追いつめられた深町先輩は、毒を村野先輩の飲料水に混入し殺害したということね」
なるほど。
部長が去年の事件を隠すため、秘密を知っている部員達を、関係のない僕たちを含めて皆殺しにする計画を立てて、実行しようとした。
しかし、去年の事件で亡くなった関係者がすでにミステリ研究会に入り込み、復讐を計画していることを知らなかった。
第一段階まで進めた部長は、あっさりと復讐者に殺されてしまう。
そのまま終わるであろうと思われた事件は、新たな展開を見せる。
犯人は、村野先輩に犯行を気付かれてしまったのだ。
そして、内容は不明だが脅されてしまう。
その状況から脱出するため、犯人は村野先輩を殺害した。
「OK。次に進めてくれないか」
「じゃあ続けるわよ。深町先輩がどうして犯人なのかのさらなる証拠。それはみんなで部長の隠れ家を急襲した時のことよ。……展望台への道には徹君が待機。入り口にはあたしがいた。そして建物の裏側に深町先輩。長野先輩が突入をかけたけど、誰もいなかったって話しだった」
「ああ、覚えてる。展望台には秘密の抜け道があり、それは建物の裏側にあったんだ。部長は不意を突かれ、焦って逃走。そこで深町先輩に出くわし、自分が完全に追いつめられたことに気付いた。
観念した部長はそのまま飛び降りた……」
「それがおかしいのよ。まず出くわしたのが長野先輩だったら、勝ち目が無いって思うかもしれないけど、相手は深町先輩よ。彼女を人質にとれば楽々逃げられるわ」
「確かにそうだけど、自分の彼女を利用したくなかっただけじゃないか? 」
「確かにそういったことを考えるかもしれないわね。たとえそうでも、彼女を見て観念するとは思えない。人質に取ろうと考えないまでも、普通なら逃げようとするはずよ。なのにそれをしなかった、いいえ、できなかったのよ。
—————すでに死んでいるんだから。
深町先輩は展望台の隠し扉の奥に部長の死体を隠し、頃合いをみて下へと投じたのよ」
「そんな旨くいくもんか。僕たちが展望台へ行くなんてどうやって予想したんだ? 深町先輩は一切そんなことを言っていない。部長の死体は海にでも捨てていたら、ずっと部長犯人説は消えることなく残っているはずだ。……部長は全てを悟ったんだろう。すでに包囲されていることに。
部長は頭が切れる人だ。それくらい瞬時にわかってしまったんじゃないかな」
「そうね……。あたしだって深町先輩を犯人だなんて思いたくない。でも、それを否定する推理が思いつかないの。部長が犯人ではあまりに不自然で、納得できないの。……だから、徹君に否定してもらいたかった」
綾の瞳がかすかに潤むのがわかった。
僕は彼女を納得させるため、何かを言わなければならないと感じた。
「……確証を得られていないこと。
1.深町先輩が部長を殺害する動機が無いこと。
2.部長を何時、どうやって殺害したのか。
3.村野先輩を殺害した毒物の入手先。
4.深町先輩が襲われた事実をどう説明するか。
思いつくのはこれくらいかな?
これらが解決されないと、綾の推理は成り立たないと思う」
一通りの疑問点を挙げてはみたが、深町先輩に犯行が不可能である証拠は一切なかった。犯人に最も近いのが彼女であることを否定できない自分が空しかった。
綾は頷く。
「他にもあるかもしれないけど、まだまだ推理としては弱いね。知り得た証拠なんかから最も可能性が高いのが深町先輩だというだけ……あたしの勝手な思いこみだったらそれでいいの。できることなら見たままの結末がいいんだけど。今晩はじっくりと考え、明日にでもまた調べてみるわ」
僕はそれに関しては何も言えなかった。
「ありがとう、徹君。誰かに話して意見を聞きたかったの。心の中に押し込めていると耐えきれなくて苦しかった。誰かに相談するったって、徹君以外いないもんね。……すっきりしたわ、ありがとう」
「うん。すこしでも役に立てたんなら良かった。本当は、僕が完全な推理を披露できればいいんだけど、……何も浮かばないからね」
「ううん、期待してないから大丈夫」
クスリと笑う。
「ひでーなあ」
僕は怒った振りをしてみせる。
「冗談冗談。徹君には期待してますよ」
そんなやりとりに僅かだが心和らぐ気がした。
こういった状況下だからこそ、安らぎがありがたかった。
「じゃ、帰ろっか」
「そうだね。もうこんな時間だから」
時計を見ると日付が変わろうとしていた。ずいぶん長い時間話し込んでいたんだな。……ふと思う。この時間が、このまま永遠に続けばいいと。こんな異常な状況下であっても、綾といられるこの時間をずっと過ごしたい。……叶わぬ夢とは分かっている。
僕たちは来た道を再び戻っていく。時折、暗闇で遠近感が無くなり転びそうになる。その度に「いてっ」と声を上げたりする。
綾は立ち止まると、僕の側に近づく。
「徹君……」
彼女がマジマジと僕を見る。
「徹君、前から聞きたかった事があるんだけど……」
「な、なんだい? 」
彼女は何やらかなり躊躇しているように思える。
「……徹君って、よく今みたいに何もないところで蹌踉けたり、酷いときには転んだりすることがあるよね。バーベキューの時だってあたしが投げた缶をキャッチできなかったし。もしかして徹君の眼って」
「うん? いやいやそんなことないよ。僕の眼は普通さ。よく躓いたりするのは注意力散漫だからだよ。親父にもよく言われるんだ。お前はいっつもよそ見ばかりして、きちんと前を向いていない。だから転倒するんだってね。実際なんかしらないけど落ち着きがないっていうのかな?町を歩いていたら可愛い子に目を奪われるし、学校だって女の子のスカートが気になるからね。ふらふらふらふら……さ」
話せば話すだけ不自然だ。隠そうとして必要以上に無駄なことを口走っている。
綾は悲しそうな目で僕を見つめていた。
「あたし、そこまで言ってないよ……。本当に見えないの? 剣道をやめたのもそれが原因? いつからそんなになったの? どうしてなの」
矢継ぎ早に質問を繰り出してくる綾。
「違う違う。何を言ってるんだよ。僕の目は普通さ。—————分かった。本当のことを言うよ。ちょっと勉強のしすぎで視力が落ちてるだけさ。めがねは嫌だし、かといってコンタクト入れるのも苦手だから何もつけてないだけなんだよ。だから今一歩視力がついて行ってないんだよ」
その言い訳がどれほど嘘くさく響いたか。
綾は僕をじっと見ている。なにか思い詰めたような表情を見せるが、それ以上追求することは無かった。
それが僕の嘘を見抜き僕の心情を悟っての事なのか、言葉そのままに受け止めての反応なのかは分からなかった。
ただ、その帰り道ずっと彼女は僕の手を握ったまま、一言も言葉を発しなかった。
彼女の思い詰めた、そして寂しげで悲しげな横顔に、僕は言いようのない痛みを感じた。
部屋に帰ると、僕は一人窓を開けて外を見る。
夜風が先ほどよりさらに冷気をはらんでいる。相変わらず遠くから遠吠えが聞こえてきて、なんだか背筋が寒くなるのを感じた。
これ以上何も起こるはずが無い。全てが終わっている……。僕はそう思っているし、そう思いたい。ただ、あの遠吠えを聞く度に不安に駆られてしまう。
事件は終わってはいないのではないだろうか、と。
たとえ間違いであっても、真実を知らずに終わるほうが良いこともある。それが今であり、綾の推理が間違っていることを願わずにはいられない。
しかし、僕の中でそれを否定するものがあるのも事実だ。
それがコールタールのような、どんよりと粘りのある負の思考が僕に絡みつく。
必死にそれを否定しようとするが、どうにも振り切れないままだった。
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