第39話 終わりなのか終わりじゃないのか?

 僕もこれ以上部屋にいる必要性はないので、そそくさと廊下へ出、ドアを閉める。


 廊下に出ると、早速シャワーの音が聞こえてきた。

 長野先輩がシャワーを浴びているのだろう。

 ……早いな。


 部屋に戻ると椅子に腰掛けた。

 僕もシャワーを浴びたいし、着替えもしないといけないからだ。死臭が全身にまとわりついているような気がするし、そんな状態で綾たちのところを訪ねるわけにはいかない。

 20分くらいして、外に出ると風呂は静かになっていた。どうやら先輩は出たようだ。

 着替えを持つと僕も風呂へと入った。

 

 髪まで洗い、すっきりすると僕は服を全て着替えた。部屋を出ると廊下を玄関へと進み、二階へと続く階段を上っていく。

 廊下の両側にドアが三つずつ並んでいる。本当は右側に女子部員がいたのだが、最初の事件で真ん中の深町の部屋の窓ガラスが割られたため、深町先輩だけは反対側の部屋に移っている。


 僕は一番手前の部屋のドアをノックした。

 そこは綾の部屋になっている。


 少し間をおいてドアが開いた。

「あ、徹君……」

 疲れた顔をして綾が顔を出す。


「大丈夫かなって思って」


「うん。ちょっと疲れたけど大丈夫。……なんか、事件が解決したせいで張っていたものがプツンって切れちゃったみたい。ものすごく体がだるくなって……」


「そうか……たしかにホッとして疲れが来ることはあるもんな。……深町先輩はどうだった? 」


「さっきまで先輩の部屋に一緒にいたんだけど、疲れてたのかしら? 眠ってしまったわ」


「そうか……。先輩もずっと大変だったもんな」


 一瞬の間が開く。

 僕は彼女の顔を見つめていた。


「どうかしたの? 」

 不思議そうな顔でこちらを見る。

 

 僕はすぐに気づいた。

 疲れたような振りをしているが、綾は疲れていない。もちろん、疲れているのは間違いないが、さっき言ったように、「事件が解決して緊張が切れた」状態では無い。何か隠し事をしている時の仕草表情を綾が示しているのを見逃すはずがなかった。


「何か隠しているだろ? 」


「え? べ、別に何もないけど」

 左手の中指で左の目尻を押さえ、右下方の虚空を見る綾。


「それだよ、その仕草。目尻を左の指で押さえて、右っかわを見てる……。それ、綾が何か隠している時必ずやってることだ」


 一瞬、ハッとしたような顔をして、慌てて腕組みし、こちらを見つめる。

「……ばれちゃったか。やっぱり徹君には嘘はつけないなあ」

 諦めたような顔で笑う。


「何となくは分かってしまうんだよな。ずっと一緒にいるからな」


「そだね。全然ありがたくないけど、しかたないよねえ」


「今回の事件の結末。気になるところがあるんだろ? 」


「……」

 しばらく綾は腕組みして考える。


「どうした? 」


「ここじゃ何だから、外に出ない? 」

 どうやら、この宿泊施設では話したくないみたいだ。

 僕は頷いた。


「ちょっと待ってて」

 綾は部屋の中に戻るとGジャンを右手に出てくる。

「さあ行きましょう」


 トントントン、と小走りで廊下を駆け下りていく。

 僕も急ぎ足で後を追う。

 玄関先で立ち止まると、廊下の奥の方を見る。食堂の電灯はついているが、長野先輩の姿は無い。すでに部屋で寝ているのだろうか。


「行きましょ」

 さっさとスニーカーを履くと、ドアを開け、外へと歩いていく。


 昼間の暑さが嘘のように、開けたドアからひんやりとした冷気が入り込んできた。

 すでに空では星が無数に輝いている。

 僕は靴を履くと、下駄箱に置いたままになっている懐中電灯を掴み、綾の後を追う。


 外は月明かりに照らされ、懐中電灯無しでも歩ける状態だ。

 綾はさっさと道を下っていく。

 どうやら港の方へと行くつもりらしい。念のため、綾の足下を電灯で照らしておく。


 月の光に照らされ、風景の陰影がさらに強調される。

 光の届かない場所は、完全な暗黒……。誰かが隠れていても全く分からない。遠くから虫の鳴き声が聞こえる。そして遙か遠くから犬の鳴き声が聞こえる……。

 来た日から犬の鳴き声が存在していた。しかし、その姿を見ることは無かった。こんな島でも住んでいるんだな。あいつらは一体何を食べて生きているのだろうか。

 

 廃村の中を歩いていく。

 かつてはにぎやかだったこの漁村? も今は誰一人もいなくなり、単に不気味さを醸し出すアイテムでしかない。

 綾は一度もこちらを振り向かず、僕に話しかけることもなく歩き続ける。

 どうやら、何か考え事をしているようだ。


 やがて波の音が聞こえてきた。港が近い。

 潮の香りがかなり濃くなってくる。


 コンクリートの港がその薄墨色の姿を見せ始める。防波堤が海へと伸びているのがはっきりと見える。


「この辺で良いかしら」

 綾は僕の方を振り向く。

 防波堤の壁面に体を預けるようにすると、再び話し出す。


「ここなら誰にも聞かれないわ……」

 思い詰めたような瞳が月明かりに照らされる。青白く見える肌、微かに光っているように見える瞳。どういうわけかドキリとしてしまう。


「先輩達に聞かれたくない話なのか? 」


「そう。徹君以外には聞かれたくない話よ」

 

「それは一体なんなのかな」


「……もちろん、合宿で起こった殺人事件についてよ。徹君は部長が犯人だったことに納得できた? 」

 いきなり核心を突く発言だ。

 

「さあ……。不自然な所はあるかもしれないけど……。でも、これが真実だと言われればそうかなって思う。

 最初の自作自演の殺害から始まって、食料消失・無線機破壊。そして深町先輩が襲われた事件も部長の犯行は確定だろう?

 村野先輩の毒殺はよく分からないけど、毒物の入手とかを考えると部長以外考えられない。他の部員には毒物の入手なんて不可能だと思うけど」


「そうね……。徹君の言うとおりだと思うわ」

 僕の解答に頷きながら綾が言う。

 なんだか先生にほめられる生徒になった気分……。

「じゃあ部長の最後については? 」


「まさに見たまんまだろ? 僕たちは島中を探しにいったと思いこみ、油断していたところを急襲され、焦った部長はもうダメだと判断して身を投げたと」


 再び綾は頷く。


「……綾」


「なあに? 」


「何か疑問があるんだろう? 早く教えてくれよ」


「まだ完全に証拠がある訳じゃないの。だから断言はできない。疑問点がいくつかあるんだけど、徹君はどう思うか教えてくれる? 」


 ちょっと時間がかかりそうだな。

 そう思った僕は、防波堤をよじ登り、腰掛ける。綾も僕をみて、同じように座る。


「じゃあ、一つずつあげていくね。……まず一番最初の疑問は、徹君が最初に来たときに島のあちこちを見て回ったのを覚えてる? 」


 僕は頷いた。

 最初に島に着いたとき、綾が迎えに来てくれて、時間があるということで島を巡ったことを思い出す。あの時は他の部員はみんなどこかに出かけていたな。


「山に登って洞窟に行ったことを覚えてると思うんだけど、あの時、洞窟の入り口に誰かが花と煙草を置いてたでしょ? 」


「そう言えばあったな。アザミの花とマイルドセブンだったように思う。誰が置いたのか分からなかったけど」


「お供えしてそれほど時間の経っていない、アザミの花束とマイルドセブン・スーパーライトが一箱。

 徹君は知らないでしょうけど、アザミの花言葉は『権威・触れないで・独立・厳格』

 とかいうのがあるけど、『復讐』って意味もあることを思い出したわ」


 花言葉なんてほとんど知らないから何とも言えない。

 しかし、復讐だなんて穏やかじゃ無い話しだ。

 それにしても、煙草の銘柄まで良く覚えていたなと感心する。

 それから花言葉なんて女の子らしいことにも興味があったんだと驚いた。

「綾って花言葉にも興味あるんだ」


「茶化さないで……。死んだ人に対する献花としてはアザミは適切じゃないわ。だからその人に対する決意を示したものじゃないかって考えた。

 ……今回の事件の犯人と献花した人は同一人物ではないかと、あたしは思うの。そう考えると事件は矛盾を抱え出す」


「ふむ……」

 

「アザミのしおれ具合からして、ごく最近に置かれたものだっでしょう? ……でも、ここは無人島。定期便も無い、船をチャーターしなければ来られない島。……考えるまでもないわね。消去法で献花をした人物は、あたし達ミステリ研究会の誰かになる」


 僕は頷くだけだった。

 部長以外の人間を犯人と考えているのだろうか。では一体だれなのか。

 彼女は髪の毛をかきあげる仕草をしながら、話しを続ける。


「洞窟の入り口に、わざわざ復讐を意味する花言葉を持つ花を供えたということは、あそこで亡くなった人に対する献花であり、その人に対する誓いとも言えるんじゃないかしら。

 つまり、長野先輩が話した、去年の事故……。それに対する決意の表れと判断するしかないと思うの」


 僕は村野先輩の語った去年の事件を思い出した。

 台風の中、一人の部員が洞窟に行き縦穴に落ち込んで負傷した。それを助けに行った部長たちのうち、ロープで救助に向かった篠本という二年生部員が負傷した部員とともに転落し、海と繋がっていた地下洞窟から吹き上げた海水に吸い込まれて行方不明になった事件。

 僕はその事を綾に話した。

 彼女はそれを聞き、むしろ納得したようだった。

「村野先輩は、事故ということで終わったって言っていた。警察も事故で処理したはずだよ」


「徹君だって納得していないでしょ? 全ては証拠が無いから、事故で片づけられた。遺体も発見されない事故として。それに村野先輩は他に何か隠している感じね。まあそれはいいわ。

 その事実だけを聞かされて、犯人は事故とは思わなかった。間違いなく事件だと思っていた。当然、本当のことを知ろうとして行動するはず。そして全てを知った犯人は犯行に及んだのじゃないかしら」

 綾は、そこで言葉を止めた。僕のほうを見つめる。その瞳は思い詰めたものに見えた。


「……そう考えると、犯人は去年ミステリ研究会にいて、あの事件に関わった者ということなのか? だとすると……、長野先輩しか考えられない」

 僕は驚きを込めた。


 綾は首を振る。

「それは短絡的じゃない? 去年の合宿に参加していて、唯一の被害者でない人が犯人なんてさすがにそんな分かりきったことはしないと思う」


 あらら、あっさり否定された。普通、そんな分かりきった犯人はいないよな。あまりに簡単すぎる引き算だからな。


「これは二つの意志が働いたから、ああいう結末になったと思うの」


「え? それはどういうことなんだ」


「思ったんだけど、去年の事故が、部長による殺人だったとしたらどうかしら」


「う、ウェイ?、いや」

 僕は言葉を失う。

 

「そもそも事件のあった合宿に翌年も来ようなんて、考えること自体が不自然じゃない?普通の人なら避けると思うの。それなのに今年も島へ合宿に来た。……普通じゃないわ」


「それはその通りだけど」


「あたしたちには、島にかつてあった施設と未解決事件の秘密を探るとかもっともらしい話をしていたけど、それはあくまで事情を知らない者への説明でしかなかったんじゃないかしら。そして、去年の事故を知る人たちには、遺体を探すとか原因を究明するとかって説得したと考えたほうがわかりやすいわ」


 確かに、去年の事故に立ち会った部員達が翌年も同じところに行くことは、理解しにくい。だが、原因不明のまま終わってしまった事故の謎を究明すること、発見されなかった遺体を探す名目で、といわれれば被害者をよく知るものなら、その話に乗ってくる可能性はある。


「仮にそうしたとして、どうして部長が殺そうと? 」


「理由は、一つしかないわ。去年の事故は事故ではなく、事件だった。そして犯人は部長だったからよ」


「は? ずいぶん突拍子もないことをいうなあ」

 僕は目の前の少女の推理に驚きを隠せなかった。

 

「この考え方なら説明がつくからよ。確かに物的証拠なんて何もないけど」


 極端な考え方だなあ。そう思いながらも僕は彼女の推理に興味を持っている。

 次の言葉を発そうとしている少女をじっと見つめる。

 

「推測でしかないけれど」

 そう前置きして、綾は話し始める。

「去年の滑落事故は部長の仕組んだものだとして、どうして今年もこの島を訪れたか? それは簡単なこと。

 仮設1として、何か自分が犯人だと示す痕跡を残してしまっていることを思い出してしまった。

 仮設2として、事故について何かを思い出した、もしくは不審に思い調べている部員がいることを気づいた……。

 そして、その部員が自力でも紀黒島に行こうとしていることに気づいた。

 この二つが思いついたわ。で、仮設1は部長はお金持ちだし自分で船を出すこともできるから、一人で来て証拠を消せばいいだけとなるわね。だから、残る仮設2が正しいんじゃないかって思ったの」


「部員の誰かが部長の犯行に気づいた?ってこと」


「違うわ。誰かが事件性に気づいて、正義感か何かしらないけど、島を再訪する計画を立てたのよ。恐らくその人は部長が犯人だとは思っていなかった。だから部長に相談したんだろうけどね」


「なるほど。紀黒島に行こうにも船を借りないといけないから、金持ちの部長に相談したってわけだな。……つまり、部長は邪魔者を消すために合宿を企画した?!」


 月明かりを浴びて、いつもにまして綾の肌が白く透き通るように感じる。その姿は幻想的な雰囲気さえ漂う。

 僕は、綾の推理を聞きながらも、異世界に迷い込んだような気さえしていた。


「相談を受けた部長は、自分の身に迫る危険を察知したと思う。そして、その部員が誰か他にも相談した人間がいないかと疑心暗鬼になった。証拠云々はともかく、その段階で殺害計画を練りだしたはずよ。それも状況に応じて、複数人を殺害する計画を」


「ちょっと待ってくれよ、綾」


「何かしら? 」


「いくら何でもそんなことで人を殺そうって思うのかな」


「その辺の人間心理は分からないわ。でも現実に部長は行動を起こしたのよ。こんな無人島で唯一の連絡手段の無線機を壊したり、食べ物を全部隠しちゃう事自体、相当な悪意がなければできないことよ」


「……そう言われればそうなんだけど」


「じゃあ、次に行くわよ。次に部長は合宿を行うにあたり、自分自身が殺されるというイベントを長野先輩に持ちかけた。

 単なる余興と思った長野先輩は協力したけど、これは本当は計画の第一段階だったのよ。島に殺人鬼がいる……それを部員達に印象づけるだけで他の部員には充分な効果があったはず。

 それに最初に自分が殺されることで、部員達の推理から自分を外す効果もあった。あとは島の洞窟のトリックを使ってあたし達より早く宿泊施設へ帰り、無線機を壊したり、食料を隠したりすることにより外部犯行説をより確実にした」


「いや、また待ってくれるかな」


「どうかしたの? 」

 不思議そうな顔でこちらを見る。


「僕が犯人だったら、そして部員を殺そうと考えたのなら、最初に計画を知る長野先輩を殺すと思うんだ。本当に部長が人を殺し始めたら、長野先輩だって秘密を黙っちゃいないだろう? なのに最初に襲われたのは深町先輩だった」


「やっぱりそこに来たかあ……」

 感心したように綾が頷く。

「確かにそこが弱いのは事実なのよね。長野先輩の口封じをしておかないと、一つ事件を起こせば、犯人が部長だってすぐばれるのにね。それに連続殺人を犯すとなると、最初に一番恨みを持つ相手もしくは一番障害になる相手を葬っておかないとね。後になるほど相手は警戒するはずだから。

 ……まあ、そこがあたしの推理の根本になるから、それについては保留にさせておいてもらっていいかしら? 」


「は? ……まあ、綾がそういうのなら別にいいけど。では拝聴させて貰いましょうか」

 僕は疑問を感じながらも、推理の全貌を聞きたいためにあえて綾の言葉に従った。


「では……。次に村野先輩の殺害事件……。明らかに毒殺だったわよね。先輩がわざわざ持ち込んできたオリジナルドリンク? に毒物が混ぜられていたものだったわ」


「青酸カリか何かだと長野先輩は言っていた」


「そう。それ自体は間違いないわね。この事件には、いくつかの疑問点があるわね。徹君はわかるかしら? 」


「うーん。そうだなあ。毒物の入手先と混入方法かなあ」


「そうね。毒物をどこで入手するか、そもそも毒なんて簡単に手に入るものじゃ無い。通常は厳重に管理されているはずだから。それから、どうやって村野先輩のオリジナルドリンクに混ぜたかよね。……たしかに先輩が飲んでいたものを少し飲んだけどあの味、臭い……とても飲めた物じゃなかったわ。あれに混入することさえできたら、少々の毒物の異臭や味は誤魔化せそうだと思う」


 確かに……。

 僕も一口飲ませて貰ったが、強烈な臭いと尋常じゃない吐き気を催す味だった。

「そうだね。あの味と臭いじゃ少々毒物を混ぜられていても気づかないなあ」


「では、毒物をどこで入手したか、そしてどうやって混入したか……」


「町から持ってきたんじゃないのか? しかし、毒物なんてそう簡単に手に入るもんじゃない。……いや、そういや何か見落としているような気がするな。」


「毒に関しては、部長なら何らかの方法で薬物を入手することは可能だと思う。でも他の部員たちにも入手するチャンスはあった。徹君も知っているはずよ。村を散策したときに、倉庫の中で発見したでしょう? あれは間違いなく農薬だわ。つまり、廃村を探索した人なら誰でも発見し、毒物を入手することができた。問題は、毒物を誰がどうやって混入したか—————大事な事を徹君は忘れてるよ」


「え? 何かあったかな」


「良く思い出して。あの飲み物を彼女はどこに置いていたかを」


 僕は記憶を遡る。

 確か、確か……。

「そうだ、村野先輩は誰かに飲まれたりしないように小さい冷蔵庫に隠すようにアレを入れてたな」


「そう。台所のほうにある小さい冷蔵庫にね。……その時にいたのは、あたしと徹君。もちろん村野先輩、そして深町先輩だったわ」


「つまりあれを知り得たのはその4人だけってことか」


「そう……。村野先輩を殺害するチャンスがあったのは、あたし達3人だけってこと。部長は知り得ないことなのよ。さっき言った二つの意志がというのがこのことなの」


 僕は幼なじみの推理に引き込まれていた。

 時折上目遣いに僕を見るその姿に、今まで見慣れた少女じゃないものを感じてしまう。

 探偵……いやそんなものじゃない。彼女は推理を楽しんでいない。何か悲しみに耐えるような表情だ。


「村野先輩を殺害したのは深町先輩よ……」


 予想できた指摘でありながらも、僕は衝撃を受けた。

「……消去法でいけばそうなるかもしれない。でも僕は深町先輩がそんなことするなんて思えないよ。綾の推理は抜かしている事がある」


「何かしら? 」


「僕が犯人である可能性さ。僕だって充分に容疑者だよ」


 綾は呆れたような顔をして僕を見る。

「それを言ったら、あたしだって容疑者だわ。そんなの論外ね……徹君は絶対に犯人じゃない。あたしと徹君は小さいときからずっと一緒だったじゃない。まるで兄弟のように。徹君が人を殺せるはずがない。それはあたしが一番知っている。物証なんて何もないけど、これだけは唯一無二の真実。間違いないわ」


 あまりにはっきりと言い切られた。

 僕だって綾が犯人ということはありえないことを知っている。

 知っている。

 ……彼女だけは人を殺す事なんてできないことを。

 だが、綾……。

 僕は、僕は……。


「どうかしたの? 思い詰めた顔をして……」


「いや、何でもないよ」

 僕は慌てて笑顔を作る。果たして誤魔化せたか。

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