第35話 探索

 宿泊施設と唯一同じ敷地にあり、長野先輩が仕掛けた罠を作動させることなく深町先輩の部屋へ侵入し、さらに逃げおおせる場所……それは展望台しかなかった。

 展望台からなら宿泊所から出入りする人間をチェックすることができる。

 さらに盗聴器でもつけておけば会話もチェックできる距離だ。(高低差があるからそのままでは電波を受信できないかもしれない。よって、そういったときは近くまで来ているんだろうが)


「確かに、先輩の推理通りです。様々な状況から判断して正にその解答しか得られないです。今すぐ……」

 僕が言葉を続けようとするのを彼は制した。


「今行ったところでアイツはいないだろう。おそらくは、島のどこかに潜んでいるに違いない。かつての集落跡地かもしれないし、洞窟かもしれない。頭が切れる奴だから、その辺りは抜かりないはず。遠くから俺たちの状況を見ながらほくそ笑んでいるに違いないのだ。後手に回っているのは仕方がない。

 アイツの方が島に詳しいし、仕掛けてきた方というアドバンテージもある。俺たちができることは基本から始めることしかできない。班編制をして島を探そうと思う……」

 喋りながら、側にあった紙にペンを走らせる。


【盗聴器が仕掛けられている可能性があるから、お前達も合わせろ】


 僕たちは頷くと、彼の話に合わせる。

「確かにそうですね。じゃあ僕と綾、先輩と深町先輩の2パーティーに分かれて行動するほうがいいですね」


「仕方ないわね。徹君じゃ不安だけど、あたしが深町先輩と動くわけにもいかないし」

 綾は話しながらペンを走らせる。

【先輩、これからどうするつもりですか? 】

 丸い可愛い文字を綾は書く。


【俺たちが島中を探しに行くのを知ったら、とりあえずは上に戻ると思う。昼間に行動をするとは思えない。リスクが高いからな。おそらくは昼間は眠り、深夜に行動を行うつもりだろう。今晩手を下せなくても、見張りを立て続けなければならない俺たちは、どんどん衰弱していく……。向こうは焦ることはないのだ。こちらが自滅するのを待つだけで良いからな。食事も無い。睡眠もとれない。迎えが来るという希望もない……。圧倒的に不利な状況だ。】


「個人的に僕は深町先輩とがいいなあ」

 間が開いたので僕は思わず変なことを口走る。


 一瞬怒ったような目を綾がした。

 すぐに間をとる為の発言だと気づき、穏やかな目になった。

 いや、すべて僕の想像だけど。

「フン! 徹君は一人でウロウロすればいいのよ。あたしは深町先輩と行動します。長野先輩も一人で大丈夫でしょう? 」

 冗談めいた口調だが、目は笑っていない。

 怖!


【どうすればいいんですか? このまま部長の思うつぼ? 】


【いや、それはない。アイツは必ず展望台にいる。今度はこちらが罠にかける番だ】

 綾の問いかけに、長野先輩が答える。

 その目は自信にあふれた……というか、楽しんでいるようにさえみえた。


「私は長野先輩と一緒に行動すればいいんですね。まだ足が痛くて動きが鈍いとおもいます。迷惑掛けてすみません……」

 すまなそうな声色で深町先輩が呟く。単純に声だけ聞いたら本気にしてしまいそうな弱々しいさにあふれている。

【どういうふうに行動するんでしょうか? 単純にこの会話だけを聞いただけで納得するとは思えませんが】

 喋りながら、紙にペンを走らせる。なかなか綺麗な文字だった。


 片方で部長を罠に掛ける筆談をしているというのに、なかなかの演技力だと関心させられる。女というのはそういった面を持っているのだなと再認識する。


【口頭で話したように、二班に分かれて外へ出て、一定の時間を過ごす。 俺たちの行動を見て、アイツは安心して夜に備えるだろう。俺たちは頃合いを見て、展望台へと一気に向かう】


 深町先輩は軽く頷く。

【わかりました】


「深町、心配するな。急ぐことは無いし、無理をする必要はない。だいたいの見当はついているからな。準備ができたら行動を開始する」


「わかりました。徹君も体調悪いでしょうけど、がんばるのよ」

 

「はいはい」

 綾にハッパをかけられ、やれやれといった感じで返答する。


【田中たちは海側へ、俺たちは洞窟方向へ向かう。そして展望台から見えない場所まで到達したところで待機する】

 そう言って長野先輩は時計を確認する。

【現在時刻はPM3:32だ。時計合わせはいいか?】


 残りの部員達が頷きながら、腕時計の時刻を合わせる。


「よし、俺と深町は洞窟側を調べる。田中と山寺はここを下って集落を調査、その後、島を迂回して旧日本軍施設へと向かってくれ。俺たちも洞窟を通って施設へと向かう。……これならば、アイツも逃げ道がない」


「そうですね。うまくいきそうです」

 深町先輩が頷く。


 長野先輩はみんなを見回し、軽く頷く。

【三十分後に玄関前に集合だ。遅れないように。アイツは俺たちの探索が徒労に終わると思い、高笑いをしているだろう。馬鹿な、そして予定通りに動く連中だとな。その隙を突く。そうなればアイツは破綻してどうにもならなくなるだろう。思考ゼロとなりあっさりと陥落するはず。それがアイツの脆い所だ】


 長野先輩の性格分析っぽい文章になるほどと頷く僕たち。天才ゆえ、裏をかかれると弱いというわけかな。


「では、出発する!」

 彼の声を合図に、僕たちは玄関へと歩いていった。


 玄関を出る前に、僕はちらりと展望台へと続く階段に目をやる。

 視界の隅に展望台の屋根が見える。……部長は上から監視しているんだろうか?


「さあ、急ぐぞ」

 長野先輩に促され、深町先輩が少し足を引きづりながら歩き出す。二人はさっさと道を歩いていった。


「徹君、行きましょ」


「ああ、そうだね」

 僕たちも彼らと逆方向、港の側にある集落跡地へと道を下っていく。


 集落へとたどり着き、ちらりと後ろを振り返る。展望台からは丸見えという位置に来ている。

 僕は綾を促し、廃屋が建て込んだ場所へと進む。

「ふう。ここなら展望台からは見えないだろう」

 僕は地面にしゃがみ込みながら綾を見る。 


「本当に部長は展望台に隠れているのかしら? 」

 時間が気になるのか、時計をチラチラ見ながら綾が呟く。


「さあ、どうなんだろうね。綾はどう思うんだい? 部長はどこに隠れていると思う? 」


 綾は僕の前にしゃがみ込む。少し上目遣いで僕を見る。

 あ、大きい瞳だなあ。


「あたしは部長が違うところに隠れているんじゃないかって思ってるわ。だって、徹君だって知っているでしょ? あの展望台の中が暑かったこと。あんなところで隠れてたら、熱中症で絶対死んじゃうわ」

 ほっぺたを膨らませながら捲し立てる。


 僕が来た初日に展望台に昇って中に入ったっけ。

 村野先輩がビデオを回し、なんだかわけのわからない撮影をしたな。室温は40度を軽く超えてたんじゃないか?


「そうだね。あんなところに夜ならともかく、真っ昼間から隠れていられないよね」

 僕は、ほんの数日前までは平和な合宿だったということに思いを馳せながら呟く。


「どうして長野先輩はそんな分かりきったことをいうのかしら」


「僕たちは島の事をよく知らない。でも部長や長野先輩は去年もこの島に来ている。何か展望台のことで知っていることがあるんじゃないかな。そういったデータがあるから部長の潜伏先が展望台であると判断したんじゃないだろうか? 」


 しゃがみ込んだ状態で両膝を抱え込んで考え込む綾。

 次の答えを待ち彼女の顔を見る。

 ……何かをいい推理でも浮かぶのかな? 何気に目線を胸元へと移動させた。

 !

 俯いた体勢のため、Tシャツの襟が広がり、その中が見て取れた。

 微かに白いものが見える。

 あれって下着なのかなあ? もうちょい上から見たらはっきりするんじゃないかな? 僕は僅かに位置を調整し、背伸びをしようとする。


「ん?徹君、どうしたの?」

 僕の動きに気づいたのか、綾が顔を上げた。


「いや、おや何でもな、もうちょい上からみたら見えそうなんだ……」

 動揺し、返答がおかしくなる。


 一瞬考えた形跡を見せた後、僕が何をしようとしていたか分かったようだ。

「と、徹君。こんなときになにしてるの? 見たんでしょう? この、どすけべ! 」


「え、いや失敬だな……。何を見るって言うんだい? そもそも、綾の襟元を見たのは事実だけど、通常ありうるような起伏が無く真っ平らだったから何でかな?って思ったからなんだよ。どうして通常の女子高生なら見えるであろう胸が見えないのかなって」

 本当はスケベ心丸出しで見てしまったのに、どういうわけかそんな台詞が口から出ていく。実際のところ、綾の胸は小さくはない。


 ドッ!

 視界が光ったと思った瞬間、僕はもんどり打って倒れ込んでいた。


 強く背中を打って、呼吸が止まるかと思った。

 僕は何とか起きあがった。

「な、なにするんだよ。ひどいじゃないか、本当の事を言った……」


「次はコロスよ……」

 その瞳を見て、それ以上何も言えなかった。


 暫くは彼女の機嫌取りに時間をかけた。いろいろと言い訳してみたものの、綾は怒ったままで、状況は変わらなかったようだ。


 僕は軽くため息をついた。 

 時計を見ると、集合時間が近づいている。これ以上言い訳とかご機嫌取りはする時間が無い。

「綾、時間だ、行こう」


 綾は頷くだけで何も言わなかった。立ち上がると、そのまま歩き出す。


「綾……」


 無言で振り返り僕を見る綾。


「ごめん、冗談が過ぎたよ。つい、目が胸元にいってしまったんだ。ほんとスケベ心です。ごめんなさい」

 僕は頭を下げた。


 綾は何も言わずにまた歩き出す。

 どうやら怒ったままなのかな。

 しばらくは無理か……。そう思い、僕も歩き出した。

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