第34話 困惑ばかりしていられない
「じゃあ行こう」
僕は会話を打ち切ると、先輩達の待つ食堂へと歩き出した。
綾とすれ違い様に
「長野先輩には気を付けたほうがいい」
と、ささやいた。
綾はその真意が分からず、しばらく立ちつくしていた。
僕自身、何でそんなことを口走ったのか、しかも綾にしか聞こえない声で言ったのか理解できなかった。
ただ、なにか今日までの合宿の事に思いを馳せた頭脳が警告を発していたのだろうか。
食堂ではテーブルに向かい合うように二人が腰掛けている。
部屋にはまだ微かではあるが、先ほどの村野先輩の嘔吐物の臭いが残っている。
「お待たせしました。どうもすみません」
僕は、長野先輩の隣のテーブルに腰掛ける。
「よく眠れたか? 」
「はい。眠るつもりはなかったんですが、シャワーを浴びてすっきりしたら、猛烈に眠くなって……」
「田中君、大丈夫? なんだか疲れているみたいだけど……」
心配そうな顔で深町先輩が僕を見る。精神的に参っているんだろうけど、それでも綺麗な人だ。
「ええ、ご心配掛けてすみません。体調を崩しているのは事実ですが、まあ、なんと大丈夫みたいです」
僕はわざと元気そうな声を絞り出す。
その姿に安心したのか、彼女は微笑む。
ああ、なんて美しいんだろう。美しいという表現が自然と似合うなんて……。そんな場違いな思考を繰り返す。
恋人が殺人犯……。
自身が恋人殺されそうになり、友人が惨殺されている。こんな現実に直面して、他のことなど気にしてられないはずなのに、彼女は僕の体調を気遣ってくれた……。あんなに華奢で今にも折れそうな感じの彼女ががんばっているのだ。僕が「実はもうだめデス」なんて言えるわけ無い。
「すみません」
遅れて綾が食堂に入ってきた。
深町先輩の隣に座る。
綾の視線に気付き、彼女を見ると、何故か怒ったような顔をしたと思うと、目をそらされた。
どうかしたのか?
「さあ、みんな集まったからこれからのどうするかについて、話をしたいと思っている」
長野先輩が話し始める。
「深町が襲われ、村野が殺された……。あらゆる状況から推測し、犯人は長谷川しか考えられない。そのことに関して、何か異論はあるか? 何か疑問点、異論があれば」
全員を見渡し、異論がなさそうなのを確認すると、再び話を始める。
長野先輩を巻き込んだ狂言殺人イヴェント、無人島の地理に精通していること、過去の事件に過剰反応する所、この合宿を企画したこと、DVDによる殺人予告等々。
あらゆるものが部長犯人説を指し示している。当初考えられた外部犯説さえも、すべては狂言イベントにより演出されたものだ。
「よし。なら問題はない。長谷川はDVD予告にあったように、俺たち全員を殺そうと考えているようだ。冗談ならアイツらしいツマラン話だが、村野が毒された以上、もはやその推測は間違いないようだ。その順序はどうなっているかは分からない。しかし、それをこのまま待っている訳にはいかない。逆にアイツを出し抜き、捕らえる! 」
「でも、どうやって部長を捕らえると言うんですか。この島は狭いようでかなり広いです。それに洞窟があったことから予想されるんですが、地理に不案内な僕たちで、果たして部長を出し抜くことができるんでしょうか? 部長のことだから、綿密に計画を立てていたりするんじゃないかと思うんですが」
先輩はゆっくりと頷く。
「確かに、田中の言うとおりだろう。この島の地理に詳しくない人間にとって、アイツの隠れている場所を探すのは困難だろうな。それに最悪の事態を想定してるのも間違いない。
……そう簡単には見つからないだろう。実際、アイツはそう考えているに違いない。だからこそ、出し抜くことができるんだ」
「どういうことなんでしょう? 」
珍しく深町先輩が話に入ってくる。
「まあ油断ってやつだ。アイツは常に完璧に近い計画で物事に挑んでいる。今回もおおよそ計画通りなんだろう。
圧倒的に有利な条件を作り出し、その中で登場人物を誘導し操る。絶対的な自信、それが付け目だ」
「先輩、どういった方法でそれを行うんですか」
「深町、お前だってアイツの性格はよく分かっているだろう? アイツは常に完璧主義だ。ゆえに自分で作り上げたシナリオ通りに事が進まない場合、必ず動転し動揺し、冷静さを失うだろう。そんな条件を作り出せばいいんだよ」
僕たちは彼の言うことが理解できないままでいた。
「簡単なことだ。アイツが潜伏している場所を俺たちが押さえればいいだけのことだ。それで捕らえられればいいし、もし失敗しても奴の焦りは相当なものだ。必ず後々にもボロを出し始めることになる」
「たしかに見つけられればいいんでしょうけど、どうやって部長が隠れている場所を見つけるというんですか? 私たちには何の手がかりもないんですよ」
深町先輩の指摘をそんなこと分かりきっているとでも言わんばかりに長野先輩が否定を始める。
「隠れているといっても、この宿泊施設から遠くにいるわけじゃない。アイツは自分のシナリオがどのように進捗しているか、それが気になって仕方がないはずだ。俺たちがどのような反応をし、どのように行動するか。そして、次の手を考えているのだ。だとすれば、自ずと隠れ場所が絞られてくる……」
「うーん。いまいちわかんない……。徹君はどうなの? 」
小声で綾が問いかける。
そうはいっても何も分からない。僕は探偵じゃないし……。
情けない顔で首を振るしかできなかった。
「考えてみろ……。この宿泊施設が監視でき、長期の滞在ができる場所」
「監視するということは、この宿泊所から離れていないところね。港のほうの廃屋からは距離もあるし、高低差もあるから直接監視はできないわね」
深町先輩が冷静に分析する。
「でも先輩、監視カメラとかを付けていたら、離れた場所からでも監視できます。否定はできません」
と、綾が反証をあげる。
「それもそうね。さっぱりわからないわね」
「監視カメラは無い。それは調べている。仮に調査漏れがあったとしても、さほど関係のないことだ。なぜなら、アイツの隠れ家はこの宿泊施設の敷地内にあるからだ」
一瞬の沈黙の後に、動揺が走る。
部長はずっと敷地内に隠れ、息を潜めていたというのか?
「どうしてそんなことがわかるんですか? 」
当然の疑問を綾が問う。
「思い出してくれ。深町が襲われた晩の事を。あの夜、俺と田中が夜の見回りを続けていた。そんな中、深町が襲われた。みんなは知らないだろうが、俺は面白半分で罠を仕掛けていたんだ」
「罠? それは一体なんですか? 」
「アイツはあの夜に事件を起こすと言っていた。俺はアイツがどこに隠れているのか、何をしようとしていたのか、詳細なことを聞いていなかった。恐らく下の廃屋に隠れて、宿泊施設に仕掛けたカメラでモニターしながら行動するんだろう、山寺と同じ考えを持っていた。
ちょっとした悪戯心が起こって、この宿泊施設の門にごくごく細い糸を張っておいたんだ。少しでも触れれば、切れてしまうような弱い糸をな。誰かが敷地に入れば分かるように。
……事件後、門の所に確認にいったんだが、その糸は切れていなかった」
「! つまり、宿泊施設の敷地外からの侵入者はいなかったと。そういうことでいいんでしょうか? 」
「でも、塀を乗り越えてきたら……見つかる危険が減るんじゃないでしょうか」
綾の意見に深町先輩が反論する。
「深町の言うことももっともだ。しかし、よく思い出してみろ。宿泊施設は山の斜面を削って造っている。玄関以外から敷地に進入を試みようとするならコンクリートで補強された斜面を伝い、塀にたどり着かなければならない。
罠が仕掛けられているのを知っているならともかく、普通、暗闇にそんな危険を冒す理由があるんだろうか。そんなことをしなくても、玄関への通路はあるのだ。見張りもいないし、門扉が閉められて鍵がかけられているわけでもない」
「確かにそうです。そう考えるのが普通です」
あっさりと綾は意見を引っ込める。
確かにあの段階で僕たちが狙われるとは思っていなかった。万一の可能性を考慮して行動しようとしていた。ならば油断もあったはず。
部長ならそのあたりも考慮済みだろう。そうすればわざわざ転落のリスクを冒してまで塀を乗り越えたりしない。
「糸が切れていなかったということは、すなわち……」
「部長は外から進入したわけじゃないってことですね。……すると、部長はこの宿泊棟の中に隠れていた?! 」
綾が自分の発言に驚いたように見える。
「綾、それは無いんじゃない? こんな小さな施設なんだから隠れる場所なんか無いよ」
「でも徹君。あたし達はこの島については何もしらないのよ。島の中央を横断する秘密の通路だって存在したんだから。宿泊施設の中に秘密の部屋や、秘密の通路があったって不思議じゃないわ」
その考えに一理あることも僕は理解できた。
「山寺、……それは無い。洞窟は太古からあったものを旧日本軍が延長させたものであり、意味のあるものだし、目的があって造られたものだ。この宿泊施設とは違いすぎる。
さらにこの施設はこの20年程度の間に造られた、福利厚生用のものだ。そんな施設に隠し部屋や、抜け道が必要か?……それに安心しろ。少なくとも俺が調べた限りでは、そういったものは無い。俺の確認で不安なら仕方がないが……」
「長野先輩が調べたんなら間違いないです」
あっさりと綾が引き下がる。
確かに、彼が調べたのなら間違いない。僕たちが彼以上の知識や能力が無いのは火を見るよりも明らかである。
「可能性は絞られてきただろう? 外部からの侵入ではなく、宿泊施設に隠れていたわけでもないし、外部からの秘密の通路も無い」
部員達を見回す。
「すると他に隠れられる場所といえば、……あれですか? 」
深町先輩が何かを思いついたようだ。
「そうあれだよ」
「展望台……ですね」
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