第33話 異常な時
「さあ、行くぞ」
先輩は遺体の両脇を抱えた。
僕も持ち上げる。
部長の部屋だったところに入ると、ベッドの上の荷物を足で蹴り落とす。
遺体を横たえた。
長野先輩はドアの側のエアコンのスイッチをいじり、室温調整をする。
ゴオッと音を立てて、久しぶりにこの部屋のエアコンが動き出す。強い冷気が顔に当たってくる……。
僕は窓の遮光カーテンをしっかりと閉めた。暗闇がこの部屋をつつむ。
「よし、念のために鍵を掛けて、誰も入られないようにしておく。鍵はお前が持っていろ。いいか? 」
先輩は部屋を出て、こちらを振り返った。
「あ、はい。構いませんが」
「よし。食堂の掃除はお前に任せる。その間に俺はシャワーを浴びておく。お前もだいぶ臭う……。掃除が終わればシャワーを浴びた方がいいな」
言い残すと、さっさと部屋を出て行った。
僕は死体と二人きりで部屋に残されている。
ほんの少し前までは元気に騒いでいた人間が今はこんな惨状を呈している。
そんな現実に恐怖する。冷たい奴かもしれない。しかし、僕は急ぎ足で部屋から出て行った。
食堂に戻ると、部屋中の窓を開放してから掃除にかかる。
まずは床にまかれた吐瀉物をビニール袋に押し込む。今後、警察が来たときに、この内容物を鑑定する必要性があるからだ。
長野先輩の言うとおり、青酸カリによる毒殺だと僕も思う。何かの本で読んだとおりの状況だからだ。
ひととおり村野先輩の吐きだした内容物をビニール袋に押し込むと、口を堅く結び、その袋をもう何も入っていない冷蔵庫に入れる。
毒物の特定ができればもうけものだ。
バケツをトイレから持ってくると、たっぷりの洗剤を含ませた雑巾で床を拭く。何度か床を拭いて、最後に水拭きで仕上げた。おおよその臭いは無くなったようだ。
窓を開けっ放しているため、室温は急激に上昇している。額を汗がつたい、床にぽたぽた落ちる。
バケツを元の場所に戻そうと廊下に出ると、長野先輩が風呂から出てきた。
「終わったか? さっさと汗と臭いを洗い流したほうがいい。それにしても、かなり臭う……な。どうもしばらくはとれそうにない」
自分の腕を鼻に当て呟くと、部屋へと消えていった。
人が殺された事をさほど認識していないような口ぶりにある意味驚きながら、僕は着替えを持って風呂へと行く。
脱いだ服は洗濯機に放り込み、水道の蛇口をひねり、洗剤を入れてスイッチを入れる。
二層式の洗濯機が鈍い音を立てながら動き始める。
風呂場に入って、タオルに石けんをたっぷりとつけると、強めに擦る。そしてタオルをすすぎ、またたっぷりと石けんをつけて、全身を擦る。
何度もそれを繰り返し、熱いシャワーで洗い流す。確かに僅かながら臭いが残っているように思う。それでもだいぶマシになった。
風呂から出ると、すっきり感とともに猛烈に眠気を感じた。
僕は部屋に戻るとすぐに横になっていた。
すぐ近くの部屋に死体があるのに、体は正直だ。すぐに深い眠りについていた……。
外の騒がしさに僕は目を覚ませた。
ぼんやりとした頭を働かせ、腕にはめた時計を見る。
デジタルの画面は14:04と表示されている。—————かれこれ5時間近く寝ていたのか。
思考がほとんど働かない状態のまま、僕はベッドから起きあがり、廊下へと向かう。
部屋の扉を開けると、綾が食堂から出てくるところだった。
「あ、徹君。起きたのね」
「どうかしたの? なんだか騒々しいけど」
「長野先輩が部長を捜しに行くっていうから、あたしも、もちろん深町先輩も一緒に行くことにしたのよ。それで、徹君だけ置いていくわけにはいかないから、みんなで待ってたの」
深町先輩も行くということは、彼女は立ち直ったというのか。……まあそれは良かったといえるな。
「探しに行くったって、あてはあるのか? 小さい島と言ったってこの人数で探すといったら、かなりの手間だぞ」
「そんなのわかっているわ。でも、じっとしてられない。
深町先輩が襲われ、村野先輩が殺された……。次は誰が狙われるか分からない。でも一つだけ分かっていることがある。……それは部長が本気であたし達を殺そうとしていること。待っているだけでは、どうにもならないということ」
きっぱりと彼女が言い切る。
すでに犯人は長谷川部長であり、自分たちは生還する為に部長を捜さなければならないのだと。
「しかし、探すのはいいけど、あてはあるのか? 小さい島だといっても、山あり洞窟あり、廃墟あり。おまけに山の中はどうなっているか分からない。
隠れる側にとっては有利だけど、探す側にとっては困難だ。どうするつもりなんだ? 」
「え、うん。……そういわれればそうなんだけど。……先輩に考えがあるんじゃないかしら? 」
返答に困り、綾は食堂のほうをみる。
どうやら食堂にあとの二人がいるようだ。
「まあ先輩なら考えているんだろうけど……。綾ももう少し考えて行動した方がいいんじゃないか? 」
とっさにそんな言葉が出てしまう。
綾は少し怒ったような表情を見せる。
「徹君に言われたくないなあ……。そりゃ、あたしもおっちょこちょいな部分があるけど、徹君みたいに考えて考えて、結局何もしないってのもどうかと思うんだけど」
「……まあどっちもどっちなんだろうけど。まあ先輩が先導してくれるんなら、大丈夫だろうね」
綾と話している時だけ、この異常な空間・時間から抜け出し、いつもの日常に戻ったような気になり、心がやんわりするのを感じた。
しかし、今は学校にいるときとは違うのだ。
全てにおいて異常な刻なのだ……。
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