第30話 名探偵「村野」現る

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。ドアをノックする音で僕は目が覚めた。

 

 ボンヤリした頭のまま、部屋の扉を開ける。

 そこには長野先輩が立っていた。

「寝ているところをすまない。とりあえず見張りを交代してくれ」


 僕が頷くと、長野は自分の部屋に戻っていく。

 ドアを閉める前に、

「4時になったら起こしてくれ。鍵は掛けていないから」


「わかりました」

 時計を見ると、深夜1時だった。何という厳しい時間だ。


 僕は仕方なく、宿舎を見回ることにした。

 階段を上り、二階へと上がる。階段、廊下の電灯は明々と点灯している。

 綾の部屋も電灯をつけたままだ。

 どうやらそのまま眠ってしまったらしい。部屋の向こうからは音は聞こえない。


 特に以上はなさそうだ。僕は階下へと降りていく。


 廊下、トイレ、玄関。全ての蛍光灯が点灯させられ、外の暗さがより目立つ。

 微かに音を立てる蛍光灯。

 あとは僕が歩く足音だけ。……不気味だ。


 本来なら夜の闇に怯え、幽霊の存在に怯えるシチュエーションだ。

 なのに僕たちは殺人鬼たる部長という、リアルな存在を恐れながら夜を過ごしているのだ。


 僕は玄関のロックを再確認し、再び食堂へと歩いていく。


 食堂は明かりが消されている。村野先輩は寝てしまっているのだろうか。

 しかし、時折光が明滅することから、テレビだけはついているようだ。


 点けっぱなしで寝てしまったのか、仕方ないなあ。

 そう思って中へ入ろうとした刹那、

「やっと掴んだで。ウケケケ、……ウチに隠し事はでけへん」


 慌てて息を潜める。

 村野先輩は、まだ起きていたようだ。

 ……独り言か。


 ゆっくりとドアの陰から中を覗く。

 村野がテレビの前に座ったまま、右手にPHSを持っているのが分かった。


「ウチは全部分かってしもたんや。あんたの今回の悪巧みもな。もうどないがんばっても無理やで。ヒヒヒ……ざまあないなあ」

 後ろ姿でしかないが、僕は彼女が邪悪な笑みを浮かべている姿が想像できた。

 今回のという台詞から、今合宿で起こっている事件のことか。

 確か、何かをつかみかけているとか言ってたな。

 もしかすると核心に迫ったというのか?

 

「この事は黙っておいたげる……。せやから、ウチのいうこと聞いてくれんやろか」


 何やら会話が続いている。

 黙っておいてあげる? そもそもは誰と話しているんだ。

 状況証拠から部長の仕組んだ罠だということは決定だったはず。なのに隠すとはどういうことなのだ。

 部長の共犯なのか? それとも部長は犯人ではないのか。

 

 思考が迷走する。

 

「うんうん。分かってくれたんやな。そしたら安心や。大丈夫や。ウチは絶対に黙っておくから」

 満足そうに頷きながら、彼女はPHSを床に置いた。


 僕はゆっくりと後ずさり、玄関まで戻る。

 少し深呼吸をし、何事も無かったように食堂へと歩いていく。

 わざと大きな足音をたてて。


 食堂に入ると、村野先輩が振り返る。

 テレビのブルーの画面に照らされて彼女の顔が青白く見える。

 ほとんど幽霊みたい。


「村野先輩、起きていたんですか」


「おう、あんたも大変やな。まあ見回りしてもらわんと、安心して寝られへんもんな」


 僕は何事もなかったように問う。

「そういや先輩、何かをつかみかけているとか言ってましたね。決定的な証拠を発見しましたか? 」


「全然や。ウチの勘違いやったみたい。なーんもビデオには映っとらんわ」

 白々しいく答える。

 僕は先ほどの彼女の会話を知っているだけに顔に出ないように必死になった。


「今日は徹夜ですか? 」


「あかんあかん。無理って分かったら寝るが勝ちや。睡眠不足は美容の敵や。……あんたはきちんと見張りをするんやで」


 僕は今がチャンスだと思った。

 前々から聞こう聞こうと思っていたミステリ研究会の去年の事件について。

 先程盗み聞きした内容の詳細はよく分からないが、彼女は何かを知り何かを得たようだ。この状態なら精神的にスキが出来ているはず。それに喋るのを止める部長も、長野先輩もいない。

「先輩、ちょっと時間いいですか? 」

「なんや、急に。恋の相談かいな? 」


 僕は軽く笑いながら彼女の横に腰掛けた。

「違いますよ。そろそろ教えてくれてもいいかなって思ったんです」

「何をや? 」

 少し警戒したようなそぶりを見せる。

「僕が何を聞きたいか、分かってるでしょう? ……時折、話に登ってはすぐ打ち消されてしまっていた、去年の事件の事です。今なら誰もいません。僕にだけ教えてくれませんか? 」

 そういって彼女を見つめる。

「ほっほうーん。そんな目で見つめられたら照れてまうやんか。あんたは全然気づいてないみたいやけど、男前やからなあ。ウチもこんな状況やなかったら口説き落とされてしまいそうやわ」

 いつになく彼女は上機嫌だ。いつもならもっと毒攻撃をかけてくるのに。

「話をそらさないで下さい……」

「へいへい。ウチはホンマの事言っただけなんやけどな。あんたは綾ちゃんオンリーやから気づいてないだけやけど、時々は回りを見てみんとな。……ホンマにたくさんの女の子があんたを見ていることにアホでも気づくはずやで」

 嘘と分かっても照れてしまう話だ。

「冗談は良いですよ。僕なんか何の取り柄もないヘタレですからね。どうせ今まで誰からも告白なんかされたことないですよ。それよりも質問に答えてください」

「アンタ、ホンマに知らんのやなあ。……そりゃアンタの側にはいっつも綾ちゃんがおるからな。誰が見たってアンタ達は恋人同士みたいや。あんな綺麗な子がいっつも張り付いていたら普通の子は近づけへんでえ。どんなに張り合ったって勝てっこ無い子やからな、綾ちゃんは。深町さんレベルじゃないと、まともにあんたにアタックでけへん」

「まあ綾が人から見たら可愛いっていうのは僕も理解していますよ。でも僕たちはそういった関係じゃないですから」

「……まあ、アンタは綾ちゃんと一緒にいられれば他はどうでもいいみたいやからええんやけどな。ホンマもったいないで。アンタくらいのルックスならモテモテなんやけどなあ。ウチやって綾ちゃんがおらんかったらって思うもんな」


 僕は自分が褒められていることより、異常なほど饒舌な、目の前のお喋り女のほうが気になった。それと僕が女の子にもててるという新たなる見解にも。

 しかし、今はそんなことに頓着している場合じゃない。


「本当に話をそらすのは、やめましょうよ」

「田中と二人で話す機会って、めったにないからなあ。ちょっと思ってること言いたかったんや。……まあ、そんならアンタの質問にも答えたるわ」

「じゃあ、去年の事件というのが何度か出てきました。それについて先輩が知っていることを教えて下さい」

 彼女はもったいぶったように考え込む。やがて決めたのか僕を見た。

「部長からはきつく止められてたんやけど、あんなことする人の言う事なんて聞く必要ないからな。ほんなら答えたるわ。……去年の事件っていうのは、今年と同じようにこの紀黒島に探索に来たのが始まりやった。当時、ミステリ研究会は今みたいにショボくれた部じゃのうて、もっと活気に満ちてた。部員も30名近くおったんちゃうかな。もっとも女の子が半分で、ほとんどが部長目当ての子らやったけどな」

 今の5倍近くの部員がいたこと、半分は部長目当てっていうのもなんとなく納得できた。

 先輩は話を続ける。

 僕は黙って聞くだけだ。


「あのときは島の居住者の謎の失踪とかいうんやのうて、島にあった軍事施設とそれを引き継いだ製薬会社が何を研究していたかっていうのを調べるっていうのが合宿の目的やった。ま、そんなんいうても半分は女の子やからな、バカンス気分やった。男の子の部員やって部長目当てに集まる女の子目当てに入ってるような連中も多かったから、真面目に合宿の目的を考えてたんいうたら部長とウチと残り2,3人くらいやったかなあ。長野先輩もおったけど相変わらず何考えてるか分からんかったけどな」

「今とはだいぶ雰囲気が違ったんですね。……仲良しサークルみたいだったんだ」

「せやせや。みんな遊び気分やったな。無人島やからって水着や花火や酒やいろいろ持ち込んでた。海で泳ごうって思ってた連中は、あの気持ち悪い水の色みてかなりげんなりしてたわ。おもろかったでえ。まあそうは言ってもみんなワイワイ楽しんでた。花火大会や肝試し、ほら島の洞窟あるやろ? あそこでやったんや。結構怖くておもろかった。それから誰かが持ってきた酒をみんなで飲んで大騒ぎもしたなあ。それから途中台風が接近してきて、ホンマの嵐の孤島みたいになったりもして、めっちゃおもしろかったな」

 懐かしそうな表情で喋る。

「結構楽しい合宿だったんですね」

「そうなんや。全般的にはおもろかったんや。……部長も普段は結構厳しいのに、部員達が羽目を外して、合宿の目的なんかほったらかしなのに何も言わんかったもんな」

「そうなんですか。部長がそんな感じでいるなんて珍しいですね。まさか部長とか長野先輩も一緒に騒いでたんですか? 」

「そんなんするわけないやろ。部長と長野先輩と篠本先輩は何やウチらが遊びほうけてるのを無視して、なんやいろいろ島を調べ回ってたみたいや」

「篠本先輩? 」

 僕は初めて出てきた人の名前に興味を示した。上級生の中にそういった人の名前を聞いたことが無かったからだ。

「篠本隆一いうて、部長とかと同じ学年やった人や。結構オタクっぽい感じの人やったけど人によっては格好良いって思うタイプやな。ウチは興味沸かんかったけどな。あの三人はミステリ研究会の中心人物やったから、信じられんやろうけど仲は良かったんや」

「一体、その三人は何を調べていたんですか? 」

「わからん」

 と、あっさり答えられ、僕はずっこけそうになった。

「ウチも他の部員と遊びほうけてたからな。なんや分からんけどみんなハメ外し過ぎっていうくらい外してたからな。……後でその原因が分かって、びっくりやったけど」

「その原因って何ですか」

「……それは言えんわい。ホンマにやばすぎるからな。それが部が解散の危機に追い込まれた原因の一つやから」

「ええ? それって核心に触れるような話じゃないですか。是非教えて下さい」 

 僕は食らいついた。

「あかんあかん。そんなんアンタに言うて噂広められたら、ウチお嫁に行けんかもしれん。責任取ってくれるんやったら言うたるけどな」

 その言葉で僕は黙り込んでしまった。

「いや、その」

「うひゃひゃ。冗談やって。アンタには綾ちゃんていうフィアンセがおるさかいな。ウチが割り込んだら殺されるわい。……ヒントだけ教えたる」

 そう言うと先輩はどこかからメモ帳とペンを取り出し、「C10H15N」と殴り書きする。

「は? 」

 意味が分からなかった。暗号か?

「分からんかったらそれでいいんや。あんまり人に言えるような話やないからな。知らんかったいうてもな。あれでみんなこっぴどく怒られたから、これ以上は詮索せんといてえな」

 先輩は少し恥ずかしそうな顔をする。どうもかなりヤバイ話だということは雰囲気で分かった。しかし、そういった話をしてくれるとは、ずいぶんと機嫌が良いのだろう。

 —————やはり、先ほどの電話が原因か?

 彼女の言うことの意味は分からなかったが、僕の中ではそれよりもみんなが隠したがる事件の方に集中していた。

「……コホン。まあそんなどうでもいいことは置いておいて、田中が聞きたかったのは去年、一体合宿で何があったかやったな」

 僕が怪訝な顔をしているのに気づき、話をもとに戻す。

「去年の合宿は、今年みたいに晴天続きやった訳やない。合宿の途中で台風がもろに島を直撃したんや」

「それじゃあ大変だったんじゃないですか? 」

「そうやな。ものすごい雨と風やったでえ。急に自家発電機が故障して停電にもなったしな。んでも、合宿所事態は結構頑丈な構造やったから、中におる限りはどうってことなかったんや。……でもな、そんな中、部員の一人、ウチと同級生の上本いう子なんやけど、が島の洞窟に行ったってことがわかったんや」

「? どういうことです? 何でそんな台風が来ている時に外になんか出たんでしょう」

 土砂降りの中、どうして洞窟に行かなくてはならないんだろう? 村野先輩と同級ってことは当時1年生の部員か。

「それは分からんかった。……何時、上本君が出かけたか誰も知らんかったしな。部長に言われて初めておらんことに気づいたくらいやからな」

「どうして部長は上本さんって人が洞窟に行ったってわかったんですか? 」

 僕は疑問を口にした。

「置き手紙があったんや。ちょっと洞窟に行って来るっていう殴り書きが、合宿所の玄関の掲示板に書いてあったんや」

 なるほど。それで出かけたことがわかったのか。


「あの洞窟は地下で海とつながっているって部長が言ってた。その時は大雨やったから、洞窟の中も雨で洪水になってるかもしれんかった。緊急時やったんや。……あの時部長らが助けに行ったんやけど」

「台風がどれほどの状況だったかは想像できないんですが、確かに危険ですよ。素人が救助に行ったら二次災害の恐れだってあるし。部長ならレスキューとかに連絡して到着を待ちそうですけど」

 先輩の話を遮る僕。

「そうなんや。最初は部長もそう言ってたんやけど、無線で連絡したら、台風が通り過ぎないと船が出せないってことやったんや。このままやったらホンマに洞窟へ行った部員が危ない。それで、部長と長野先輩、篠本先輩の3人で行くことにしたんや。ほかの部員と比べたら全然頼りになる3人やったから、ウチもそれほど心配せんかった」

 少し考えた。

 去年、そんなことがあったんだ……。部員が命の危険にさらされていて、救助は期待できない。そんな状況でなら上級生の彼らが行動を起こさなければならないだろう。

「3人じゃあ少ない気がします。男子部員も結構いたんでしょう?どうして彼らは行かなかったんでしょうか? 」

「ま、まあそれはみんななんか知らんけどおかしくなってたんやな。酔ってたっていうかな。どっちにしても大雨の中、レロレロの連中を連れて行ったら足手まといになるだけやったはずやから、選択は正解やった」

 村野先輩は意味不明なことを言う。

 どうして彼らはそんな状態だったのだろう。

「まあ分かりました。その後、どうなったんですか? 」

「そこから先は部長らしか行ってないからなあ、詳細はわからん。部長とかは何も語ってくれんかった。……顧問の先生から説明があった内容だけや。ただ、救助に行った3人は、洞窟の縦穴に落ち込んだ部員を発見し、救助に向かったそうや。下の方は地下洞窟を伝ってかなり大きな波が押し寄せてては地下奥深くへと消えていく状態やったそうや。ホンマに近づけないくらい危険な状態やったらしい。部長らはロープを下に投げて上がらそうとしたけど、上山君はどうも骨折してたらしくて動けなかったらしいわ。それどころかほとんど意識が無かったみたいやったそうや。そこで登山の経験がある篠本先輩が自分にロープを結びつけ、彼を救助に向かったんや」

 レスキュー隊なみの行動をする部員がいたんだと感心した。

「先輩はうまいことたどり着いて部員にロープを結び、二人をいっぺんに引き上げることにしたんや。そやけど……」

「ど、どうしたっていうんですか? 」

「引き上げる途中でロープが切れてしもうて、二人とも転落したんや。そんですぐに大きな波が来て二人とも洞穴の奥へと吸い込まれてしもうた……」

 去年の事故。それは合宿中に死亡者を出したことだったのか。

 初めて知った事実に僕は驚きを感じた。

「でもそれは事故だったんだから、そんなに隠したりするようなものではないですよね。っていうかそんな事故を起こしたところによく今年も合宿に来ることができたですね」

「事故いうてもな、なんかいろいろ不審な点があるいうて警察が部長や長野先輩を任意で事情聴取してたんや。それからなんで上本君があんなところに行ったかも謎のままやった。……結局、みんな事情を全く知らんかったし、二人の遺体は結局発見できんかったからなあ。証拠不十分でただの事故で処理されたんや。ただ、警察からはこっぴどく怒られたらしくて廃部の危険もあったくらいや。なんとか部長ががんばって先生を説得して廃部は免れたんやけど、ほとんどの部員はあん時のことを知られたあないから辞めていったんや」

「なるほど。でも、亡くなった上本さんも可哀想ですが、篠本さんて人は無念だったでしょうね。救助できなかったし自分まで命を落としてしまったくらいですから」

「んなことあるかいな。先輩がいらんもん持ち込まなかったら、上本君が出かけることもなかったやろうし、事故も起こらんかったはずや」

「どういうことですか」

 僕が聞いた途端、彼女はしまったという顔をした。

「どうして死んだ篠本さんが原因なんですか……」

 問い詰められ、仕方なくしゃべり出す先輩。

「あの人があるもんを持ち込んで、みんなに配ったんや。それ飲んで、みんなハイになってしもうてな。その影響で上本君は妙な行動をしてしもうたみたいや」

「あるものって」

「それは言えん。それが原因でみんな辞めてしもうたからな。誰に聞いても言うてくれへんよ」

 ハイになってしまうもの……。あきらかに違法な香りがする言い方だ。ドラック系のものだろうか? しかし、薬物を使用したのならみんな補導されたりしているから隠しきれないはずだ。しかし、そのことはほとんどの生徒が知らない。それ自体も謎だけど。

「篠本先輩はどうやってそのあるものを入手したんですか」

「そんなん知らんわ。ただ、上本君が篠本先輩からもらったってこっそりみんなに配っていたし、後で部長や長野先輩が篠本先輩が持ち込んだことを認めてたしな。どうやって手に入れたかなんてどうでもいいことや」

 どういう訳か村野先輩は顔を真っ赤にしている。

「さ、ほなこれで説明は終わりや。ウチが知っていることはみんな話したで。これ以上のことは、先生にでも聞かんとわからんわ。……ふわあ。ウチ眠とうなったから、寝るわ。あんたもこれで満足やろ」

 そそくさとビデオの配線を片付け始める。

「先輩、教えてください。……」

「ああ? 何や」

「今回の事件は、その去年の事故と関係があるんでしょうか? 」

 僕は核心について問う。

 一瞬考えた後、

「さあな、はっきりしたことはわからん。田中みたいな連中にはかなり難しい事件や。そう簡単に真実が見えてくるわけあらへん。しかし、ただ一つだけ言えることがあるんや」

 自信満々な顔で僕をみる。

「フフフ、……探偵村野が明日、すべての謎を明らかにするってことや」

「はあ? 」

「まあ、あんたには分からんやろ。明日の朝楽しみにしとき」

 先輩は高笑いをしながら去っていった。

 

 僕はもう少し先輩に話を聞きたかったが、これ以上は無理なのだろうと諦めた。

 しばらく机に座り、先輩の話のいろいろと推理してみるが何も引き出せなかった。

「さて、もう一度見回りに行くか」

 そういって立ち上がった時、階段を下りてくる音がした。

 ……深町先輩だった。

 足の怪我が痛むらしく、階段を下りるのも大変そうだ。

「大丈夫ですか? 」

「ええ、大丈夫。なかなか眠れなくてね……」

 少し微笑むと、トイレへと消えていく。

 部屋に戻る手助けをしてあげたかったけど、トイレの前で待つのは大変失礼だと気づいた僕は、外を見回ることにした。


 そして何事もなく見回りを終えた僕は、朝四時に長野先輩に見回りを引き継ぐと、そのまま眠り込んでしまった。



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