第29話 すべてはエクササイズなのだよ
「部長やんか」
画面に椅子に腰掛けた長谷川部長の姿が映る。
どうやら部室で撮影したもののようだ。学生服姿の部長が不敵な笑みを浮かべてこちらを見つめている。
「さて……」
画面の中の男が話を始める。
「このディスクを発見したということは、すでに事件は起こっているようだね」
顎に右手を当てながらゆっくりと話す。
「何を考えているのかしら」
と、綾が呟く。
「しっ」
僕は話を続けようとする綾を遮った。これから始まる彼の話を聞き逃すわけにはいかない。パソコンのボリュームを上げる。
「何者かの手により無線機破壊され、さらに食料もすべて無くなっていると思う。外部への通信は完全に閉ざされ、僅かな食料さえも残りわずか。
まさに絶海の孤島に取り残されたミステリ研究会……。そして部員達を襲う殺人事件。……これぞミステリじゃないかと思わないか? 」
「何を言ってるんや、部長何考えてんのや! 」
机を叩き、村野先輩が喚く。
「静かに」
長野先輩に言われ、彼女も黙り込む。
「みんな安心してくれ。君たちは一週間後に迎えの船が来ると思っているだろう。だが、残念なことにそれはかなわぬ願いとなっている。おもしろい話をしてあげよう。……非常に残念なことなんだが、迎えは来ない。私が迎えに関しては断っているからね」
ニタリ、と笑う部長。
「なっ! 」
何かを言おうと村野先輩が立ち上がるが、ちらりと長野先輩に見られ、思い直したように椅子に座り直す。
「今回の合宿は何の為に開いたか。本当の目的を教えてあげよう……」
その言葉を待っていたかのように映像が切り替わり、いくつもの白黒画像が激しく明滅する。
鬼哭島の全景、洞窟、ロープ、宿泊棟、部員達の集合写真。日誌、真っ暗な闇が広がる縦穴。
これは一体何の映像なのか?
僕は部員達を見渡す。そして、長野先輩と村野先輩の顔が青ざめていくの見た。
再び部長が現れる。
「この合宿の目的は、ちょっとした実験をしてみたくなったのさ。……本格ミステリにありがちな絶海の孤島を訪れた主人公たち。ただの保養目的だった合宿がある時を境に変貌していく。合宿の部長が何者かによって殺害されたのだ。
部員達は警察に連絡を取るべく、無線機のある宿泊施設へと大急ぎで帰る。しかし、そこで彼らはさらなる衝撃の事実を知る。なんと無線機が何者かによって破壊されていたのだ。
島外との唯一の連絡手段である無線機が壊され、さらには食料までもがわずかな量を残し紛失してしまっている。
部員以外の何者かがこの島をうごめいている。そしてそいつが部長を殺した……。だが、内部犯の可能性も否定できない。
そういった状況のなかで悩む部員達。
そして第二の事件、深町理彩殺人未遂事件が部員達の宿泊する施設で真夜中に起こるのだった」
部長は言葉を紡ぐのを止めた。
僕たちは黙ったまま、部長の次の句を待っている。
「とりあえず発生した事件はこれくらいだろうか? 長野、どうだろう? 」
にやりと笑いこちらを見ている部長。
長野は無表情のまま画面を見つめている。
「さて、このディスクを手に入れたということは、私の殺害が演出だったということが分かった訳だと思う。
……そう、第一の事件、第二の事件は全て私が仕組んだものだ。
理沙……生きているかい? もしかしたら死んでいるかもしれないけれど、ふふふ」
「な! なんて事を言うの! 」
綾が机を叩いて立ち上がる。その目は怒りに燃えている。
「静かにするんだ」
長野先輩に制されるが、綾は黙っていない。
「部長が今なんて言ったかわかるんですか? 生きているかなっていったんですよ。部長は先輩が死んでも構わないというつもりで襲おうとしてたなんて! 」
「今はアイツの話全て聞くんだ。感想はその後にしたらいい」
恐ろしいまでに冷静な口調だ。
気圧されたのかどうなのか分からないが、綾は小さな声で謝ると椅子に腰掛ける。
僕は深町先輩を見た。
彼女は苦しそうな、そして悲しそうな瞳で画面を見つめている。
恋人は彼女が死んでも構わないという気持ちで襲うつもりだったのだ。それを知った時、どれほど悲しく苦しく空しいのだろう。
「すべてはエクササイズなのだ……よ」
まるで僕たちの口論が終わるのを待っていたかのように、再び部長が口を開く。
自分の発言がどの程度これを見ている部員に影響を与えるかどうかを計算しているように感じた。
「この極限状態における連続殺人事件……。冗談と思うかもしれないが、今後も人は死んでいく予定だ。自分が殺されるかもしれないという極限状態で人はどれほど変わるのか、それとも変わらないのか? 私はそれが知りたい……」
「この異常者があ!! なに考えてんのや、アホ部長」
「みんなに認識しておいてもらいたいことは、迎えの船は君たちが望んだところで来ないということだ。私に殺されることがなくても、このままでは飢え死にするようになっている。緩やかな死が、ね。
……私はずっと君たちをみている。
そして私の都合の良いときに君たちの誰かを一人ずつ、確実に涅槃へと連れ去るよ。
この状況で君たちは不安にさいなまれ眠ることもできず、弱っていく。
私はそれをじっくりまってもいいし、行動に出てもいいのだ。手を下さずとも君たちは死への道程を歩むしかないし、気まぐれに、そして君たちが隙を見せたときに行動を起こしても良いのだからね。
フフフフ、狩人の愉悦を感じさせてもらうとするよ」
吼える村野先輩をあざ笑うように、部長の声が部屋に響く。
「とりあえず私からのメッセージはこれだけだ……。
果たして君たちは生き延びられるのか? ミステリ小説の現場に放り込まれた高校生達がどういった行動をし、そしてその結末はどうなるのか! そのレポートを書かせてもらうよ」
ボンッ!
唐突に画面がブラックアウトする。
しばらくの沈黙。
「何なんや、あれは。最初からこれが目的やったんか! 連続殺人をやろうなんて、気でも狂ったんかいな」
「信じられないことだが、あいつは最初から俺たちを皆殺しにするのが、目的だったんだろう。常軌を逸した行動でしかないが、今や奴がルールなのだ。全て奴が先手を打ち、俺たちは後を追うだけ。主導権は奴にあるんだからな。……俺たちは狩られる側に回されたということだ」
「部長は何を考えてこんなことを考えたんでしょうか。連続殺人を犯して、逃げ切れると思っているんでしょうか」
僕は、基本的な疑問を口にした。
「確かに、徹君の言うとおりです。たとえここが無人島で殺人を犯しても目撃者がいないとしても、あたし達がどこへ言ったかは、家族とかが知っています。
行方不明としても部長だけが生き残ったら疑われるし、どんな答弁をしても、追及を逃れる事なんてできるはずないわ。そんなこと部長なら分かるはず」
綾も同調する。
「さあな……。それはアイツにしか分からないだろう。異常者の思考など、普通の人間では読めないからな」
あっさりと僕たちの意見は否定された。
綾は何かを言おうとしたが、どうやら意見を引っ込めたようだ。
「どっちにしても意味がないことだ。犯人は長谷川だと確定したわけだから、戸締まりさえきちんとしていれば大丈夫だ。得体の知れない化け物や殺人鬼がこの島を徘徊しているのではなく、俺たちの知る長谷川が、俺たちを狙っているという事実が判明したというだけでもずいぶん違う。相手は普通の人間だ。複数名で対処すれば奴を抑えることは簡単だからな。さて、食堂でみんなが固まって寝るのもストレスのもとだろう。食堂で眠りたい者は眠ればいいし、部屋に戻りたいなら勝手にすればいい。どちらにしても、俺と田中が見回りはするから安心しろ」
「そうね。男の子と一緒に寝泊まりするのって、お互い気を遣うから落ち着かないわね。私はどこか空いている部屋で休んでもいいかしら」
深町先輩の言葉に少し驚いた。
この中で唯一の被害者である彼女がストレスを感じるというだけで一人になりたいというとは。
……本当なら怖くて仕方がないと思うんだけど。
「深町先輩、大丈夫なんですか? 」
案の定、綾が心配そうにしている。
「確かに一人は怖いんだけど、やっぱり男の子たちと同じ部屋で寝るのは……」
「あ、じゃあ、あたしと村野先輩が同じ部屋で泊まればいいんですよ。それなら気を遣う必要ないでしょ? 」
「そ、そうね……」
「ウチは食堂で寝るわ。ちょっと調べたいこともあるし、パソコンとテレビがある食堂のほうが都合がええねん」
二人の会話を遮るように村野先輩が割り込む。
相変わらず右手に持ったビデオカメラは撮影中の赤ランプが点灯している。
「調べるって何を調べるんですか? 何か手がかりを見つけたんです? 」
僕は彼女を見た。
「いや、まだ何もあらへん。でも何か引っかかるモンがあるんや。手が届きそうなところまで来てるんやけど、あとちょっと届かへんのや。今晩一人で考えたら、何かみつかりそうなんや。
データはきっとこのビデオと部長の残したDVDにあるんや。せやから、長野先輩も田中も自分の部屋で寝てや。ウチは一人で考えたいんやから」
妙に自信たっぷりの口調だ。あたかも探偵のようでさえある。
「お前がそう言うんなら、好きにすればいい。田中も異論は無いな」
「は? はあ。構いませんけど」
僕も同意するほかなかった。
他の二人と添い寝できるんなら魅力だけど、村野先輩と添い寝なんかしても何も面白く無いし。
僕たちはビデオ女を食堂に残すと、それぞれが部屋に帰っていく。
長野先輩は玄関で見張りをするとのことだった。
当然、途中で僕は交代するんだろうな。
綾と深町先輩は二階に上がっていった。恐らく、綾の部屋で眠るんだろう。
食堂を覗くと、村野先輩が椅子に座り、どうやらこれまでに撮影したビデオの再生をしているようだ。
ちらりと見ると、画面は僕が綾と抱き合っているシーンだった。恥ずかしくなり、僕は部屋へと入っていった。
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