第28話 鬼哭島殺人事件

「まあ、良くないことは分かっていたけど、あの時、外部犯か内部犯か不明だった。部長の荷物の中に、何か秘密があるかと思ったんだ」


「……済んでしまったことをどうこう言っても仕方ないわね。で、何かあったの? 」


「いや……。事件の秘密に迫るようなものは何一つ無かった。着替えとパソコンしかなかった」


「そのパソコンには何か入っていたの? 」


「起動してみたが、パスワードでロックされていて、ログインさえできなかった。いろいろ適当なパスを入れてみたんだけど、どうにもならなかったよ」


「そう。どうすることもできなかったのね。……そういえば、さっきみんなで話をしていたのよ! 」

 思い出したように綾が膝をポンと叩いた。


「何かあったのかい? 」


「徹君が部屋に消えた後にみんなで話をしている時に、DVDディスクを見ていた深町さんが気づいたの。ケースのレーベルの裏に、二つに折りたたんでいたんだけど、その裏に文字が書かれていたのよ」


「それにはなんて書かれてあったんだい? 」


「えっと確か”hasegawa”と”kidgsummer”だったと思うわ……」


「ユーザー名とパスワードだろうな。これが正しいとすると、部長のパソコンを使うことができるよ。あのパソコンはDVDドライブも積んでいるタイプだし」


「じゃあ、早速みんなに報告しましょうよ」

 席を立とうとする綾に僕はストップをかけた。

「……どうしたっていうの? 」


「部長がパソコンを持ってきていることなんて、僕以外知らないはずだよ。……彼がパソコンを出しているところなんて無かったんじゃないか? 」


「……そういえば、徹君が来る前の日もそんなもの見なかったわね」

 綾が腕組みして左上の方向を見る。


「いきなりそんな話持ち出したら、何で知っているんだって話になる。だから、どうしようかなって思ったんだ」


「そんなの簡単じゃない。みんなにパソコンとか持ってきてないかって聞いて……たぶん無いって言うだろうけど、部長が持ってきているかも! って振ればいいんじゃない?」

 あっさりと解決方法を提示され、僕はあっけにとられた。

 そういえば、そんな方法でもいけそうだ。

 自分に負い目があるから、頭がそこまで回らなかった……。


「そうだ。そんな言い方もあったんだ。思いもつかなかったよ」


「まったく。いっつもその辺が抜けているんだよねえ。じゃあ、みんなそろったときに徹君からそれとなくそっちへ話を振ってくれる?あとはあたしが誘導するから。それと徹君はもうしばらく休んでいたほうがいいわね。大丈夫だと思ったら来てね。」


「お願いするよ」


「了解。じゃあ今から行ってくるわね」

 そう言って彼女は立ち上がった。


「綾……」


「何? 」


「ありがとう」

 綾の手を握る。


 一瞬顔を赤らめ照れたような顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻り、

「うん」

 と一言だけ言い、部屋を出て行った。


 しばらくぼんやりとすることで、ある程度の時間をおき、ベッドから起きあがった。

 何とかみんなの前に出ても大丈夫だろう……。

 重い頭を何度か降り起きあがると、まず洗面所に行った。

 冷たい水で何度も顔を洗う。水を口に含むと何度も濯ぐ。

 なんとか、口の中の苦みと血の味を含んだ気持ち悪さが消えたようだ。頭も少しはすっきりした。タオルで顔を拭き、洗面所を出ると再び部屋にもどり、タオルを椅子にかけた。

 軽く深呼吸をし、体調を確認する。

 よし何とか大丈夫っぽい。僕はドアを開けみんなの待つ食堂へと歩いていった。


 食堂に入るなり、椅子に座っているみんなが僕を見る。

「どうだ? 体調は良くなったのか? まだ顔色は良くないようだが」

 ぶっきらぼうな先輩の声。


「綾ちゃんに介抱されて違う意味で元気になったんとちゃうか? 」


「ちがいますって」

 慌てて綾が否定する。


「みなさんご心配をかけました。どうも強い日差しと暑さにやられたようです。目眩がしてたんですが、だいぶマシになったようです」


「そう、よかったわ。みんなで心配していたのよ。まだ怠そうだから、無理しないでね」

 深町先輩が微笑む。


 僕は空いた席に腰掛けた。


「さて、これでみんなそろったわけだ。田中は知らないと思うが、洞窟で拾ったディスクだが、メモ書きがあったんだ」


「へえ。それはどんなメモだったんですか? 」

 わざとらしいと思いながらも問う。

 綾と目が合うのが分かった。


 長野先輩は手にしたメモ書きを見せながら、

「”hasegawa”と”kidgsummer”と書いてある。これが何を意味するかは現在のところ不明だ。それにこのディスクを再生するものはここには無い。どうするかだな」


「誰かパソコンとかポータブルプレーヤーとかを持ってきてはいないんですか? 」


「テープだったらウチのビデオカメラで再生できるんやけどな」


「私もMDプレーヤーしか持ってきてないの。長野先輩も山寺さんもそういったものは持ってきてないわ。この建物にそういったものがあればいいんだけど」

 深町先輩が現状を総括した。


「そうか、僕も持ってませんし。家にはパソコンすら無いですからね……」


「そうだ! 部長ならパソコンとか持ってきているんじゃないですか? このディスクも”hasegawa”って書いてあるくらいだから部長が置いた物に違いないでしょうから……」

 僕が言おうとした台詞を綾が言った。


 一瞬考え込んだようだった長野先輩が頷く。

「確かにな……。このディスクはおそらくは俺たちへのメッセージだろう。それを置いておきながら再生するものを準備しないはずがない。あいつの性格からして、抜かりは無いはずだな」


「そうや! 絶対間違いないで。部長の荷物の中にはパソコンが入っているはずや。間違いなく部長やったら持ってきてるはずや」


「そう決まれば早い。本人がいないのに家捜しするのは問題だが、今は緊急事態だ。田中、部長の荷物を探してきてくれ」


 彼に言われるでもなく、僕は席を立った。

 駆け足で部長の部屋に入ると、一直線にバッグの置いてある所へと進む。バッグの中から銀色のノートパソコンと電源コードを取り出すと、食堂へと戻った。


「ウチに貸してや。セッティングはやるわ」

 僕が戻るとすぐに村野先輩が僕からパソコンを取り上げ、設営を始めた。


 どうやらこのパソコンはDVDドライブを搭載しているみたいだ。

 電源を入れると、ハードディスクがカリカリと音をたて、OSが立ち上がっていく。


 黒い画面が明るくなり、OSのロゴが浮かび上がる。すぐに小さな画面が現れ、ログイン画面となった。僕はここまでしか進めなかったのだ。


「よっしゃ! 」

 かけ声とともに太めの指で村野先輩がキーボードを叩く。

 ブルーの画面が現れ、アイコンが並んでいく。


「ありゃ、何のソフトも入ってへんのかなあ」

 彼女の言うとおり、画面上には基本的なアイコンしか無い。

 実にシンプルな画面だ。

 ハードディスクの空き容量を見てみても、ほとんど空いている。


「ほんとにこれは空っぽのパソコンやな」


「じゃあ、洞窟で拾ったDVDを入れてみませんか」


「そうだな。長谷川からのメッセージを見てみようじゃないか」

 ケースからディスクを取り出す。


 受け取った村野先輩がディスクを差し込む。

 モーターのドライブ音がし、動画再生ソフトが起動する。


 部員達はパソコンの周りに集まる。……今から起こるであろう事に少し緊張している。


 画面が揺らめき、ぼやけた映像が現れる。

 どこかの島の全景映像のようだ。……ひょうたん型の小さな島。

 まわりの海には何もない。


「これって紀黒島じゃない? 」

 綾が呟く。


「そうだね、この島だ。合宿前に部長が見せてくれた映像と同じだ」


 揺らめきが止まると、文字が浮かび上がってくる。



 鬼哭島殺人事件



 ディスプレイには赤い文字でそう書いてあった。


「何を考えているんだ? 」

 画面を見つめ、長野先輩が呻く。


 画面下にさらに文字が現れる。


 ”つぎへ”


 カーソルを合わせて文字をクリックすると、画像が切り替わる。


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