第26話 残された時間

 僕は後ろを振り返り、少し遅れてついてくる二人を見た。


「大丈夫ですか? 」


「ええ、なんとか大丈夫よ。外に出られそうなの? 」

 と、深町先輩。さすがに疲れているようだ。

「どうやらそのようです」

 僕は出口を指さした。

 遠くで村野先輩が大きく手を振って何かを叫んでいるようだ。


「良かった……。ちょっと足が痛くなっていて、これ以上は無理かなって思ってたところなの」


「あ、手を貸しましょうか? 」

 そう言って僕は深町先輩に近づく。


「徹君、あたしのことも心配してよ」

 不機嫌そうに綾がぼやく。


「綾はこれくらいでは何ともないだろ? 」


「! 」

 怒ったように綾が頬を膨らます。


「冗談だよ。ご苦労様。……疲れただろ? 先輩には何もしないから、僕が手を貸してもいいかな」


「本当にいつも一言多いんだから。最初から素直に言いなさい」


「へいへい。以後気をつけます」


 綾はぷっと吹き出した。

 つられるように深町先輩も笑う。


「ふふふ……。本当に二人は仲がいいのね。羨ましいわ……」


 綾は顔を真っ赤にしてバタバタした。

「そ、そんなことないですよ。あたしたちはそんなんじゃないです! ……それに先輩たちのほうが仲良さそうです。美男美女のカップルですからね。みんなのあこがれですよ! 」

 照れているのか本当に嫌なのか、綾は必死になって否定をする。


「……そうかしらね」

 深町は一言だけ呟いた。

 僕たちの仲を勘ぐったのか、それとも自分たちの事を言ったのか。この言葉だけではわからなかった。

 ただ、彼女の顔がやけに寂しそうだった。


「さあ、行きましょう。田中君、手伝ってくれるかしら? 」

 先輩はいつもの顔に戻って、僕に話しかける。


「そうですね。じゃあ行きましょう」


 遠くから村野先輩が何かを呼んでいるのが聞こえる。

 相変わらず騒々しい人だ。

 僕は深町先輩に肩を貸し、出口へと急いで行った。


「遅い遅い!! なにチンタラやってんの。ホンマとろいなあ」

 来るなりこれか。毒舌復活の村野先輩だ。


「ごめんなさい」

 深町先輩が何故か謝る。


「ちゃうちゃう。深町さんに言うてるんやないわ。田中に言うてるんや。女の子一人くらい背負って連れて来いってな。……ホンマ当てにならんなあ。長野先輩とはえらい違いや」


「長野先輩みたいに力ないですよ、僕は」


「そんなんわかってるがな。言うてみただけや」


 全くずけずけと言う人である。

 こんな人でも恋人でもできたら、可愛い言葉を言ったりするんだろうかな? そんなことを思い、思わずにやける。


「何笑てるんや? 」


「いや、なんでもないですよ」


「そんなことより先輩、さっきから何か叫んでいましたけど、何なんですか? 」

 綾が僕に助け船を出してくれた。


「せやせや。洞窟の岩壁の陰にこんなもん置いてあったんや」

 そう言って村野はプラスティックのケースを差し出した。


 何のラベルもついていない、プラスティックの薄いケースだ。

 CDだろうか……。

 よく見るとDVD-Rと書かれている。


「何なんだろう? 」


「そんなん決まってるやないか。DVDやろ! 」

 解りきった事を言う人だ。


「いや、そういうことじゃ無くて、何が入っているんだろうって思ったんですよ。そもそも、無人島になんでこんな物が……。DVD-Rといえば1997年にバージョン1が発表されその後、バージョン2が出されて現在の4.7ギガの記憶容量となった1度だけ記録できるメディアですよ。今でこそ片面2層で8.4ギガの容量となりさらに使い勝手が……。まあそれはさておき、そんなごく最近のものが、誰も住んでいない無人島で発見されるなんてありえないことです。これこそ最も大きな謎と言えるんじゃあないでしょうか」


「田中、何わけわからん蘊蓄語ってんのや。ふん、どっちにしても、あんたが言ってるようなことわかるわけないやん」


「たぶん、何かの映像が入っているんでしょうけど、こんなところに置いてあるなんて変ね。一体誰が置いたのかしら? 」

 二人のやりとりを無視して、もっともな疑問を綾が口にする。


「恐らく、部長のものだと思うわ。ここは無人島、誰も住んでいないし、誰も訪れることのない島だから。つまり、ミステリ研究会の人間しか置く事ができない。……他の部員がこんなところにわざわざ置くわけ無いから……。私たちがここに来ることを想定してメッセージを残したとしか」

 深町先輩が呟く。


「そやなあ。するとこれは部長からウチらへのメッセージってわけか」


「すると、この中身は何か意味あるものですね。さっそく観てみないと……」

 そこまで言って僕は気づいた。


 DVDプレーヤーなんてこの島にあるわけないし、誰もそんなもの持って来ていないはず。

「再生するにも、誰かDVDプレーヤとかパソコンを持ってきてますか? 」

 僕の問いに誰もが否定的な表情を見せる。


「再生する機械が無いと中身は観られないわね。徹君、どうしよう? 」

 そう問いかけられ、僕は言葉を詰まらせた。

 記憶を溯らせる。確か、何か引っかかっているものがあったのだ。

 そうだ!

 DVDを観る環境なら、ある。

 部長が持ってきていた荷物の中にパソコンがあったからだ。

 しかし、あれはぼくが勝手に荷物を漁りそれを発見しただけだ。存在を口にするということは、ぼくが人の持ち物を勝手にいじくり回したということがみんなに知られてしまう。

 それを言うべきかどうか。


「長野先輩なら持ってきているかもしれない。聞いてみましょう」

 ぼくが黙っているので、綾は勝手に完結してしまったようだ。


「残念ながら、俺は持ってきていない」

 突然声がし、出口方向を見ると、いつの間にか長野先輩が立っていた。どうやら外で待っていたらしい。

 僕たちの声が聞こえたから、こちらに降りてきたのだろう。


「長野先輩、待ってたんか。人が悪いなあ、それやったら最初から待ってくれたらいいんや」


「お前たちと行動していたら遅くなる。一刻も早く確認をしたかったからな。……あの施設からこの出口まで、お前たちの足で40分程度かかったようだ。島の外周を回るよりそれでも20分以上速い」

 腕時計を確認しながら言う。


「つまり、この道を知っている人間だったら、海沿いの道を帰ったあたし達よりも最低でも20分は速く宿泊所にたどり着くことができる」


「そして、この道を知っていた人間は、ただ一人。長谷川だけだということだ」


「そんなら、無線機を壊して食べ物を隠し、深町さんを襲ったのは部長ってことなんか」


 長野先輩は首を横に振った。

「断定はできない。現段階で言えることは、無線機破壊と食材紛失の犯人が長谷川の可能性が最も高いということだけだ」


「深町さんを襲ったんは違う言うんか」


「それはわからない。現段階ではそれを指し示す証拠が無い。もっともグレーなのは長谷川というだけだ」


「ふうん。探偵みたいなこと言うなあ。どう考えたって……」

 そこまで言って彼女は言葉を止めた。

 深町先輩が悲しそうな顔をしているのが見えたのだろう。


「私に気を遣わないで。犯人は決まり切っているもの」

 そういう彼女の顔はどこか悲しげだ。

 恋人が自分を襲い負傷させたことは、彼女の中で否定したくてもできない状態なのだ。


「とにかく宿泊所に戻りましょう。みんな疲れたでしょうし。このメディアを観ることができないのは残念ですが、とにかく帰って今後の対応を考えませんか」

 僕は気まずい状況から逃げるため、とにかく動くことを提案した。


「!! 」

 一瞬、僕の左側頭部が激しく痛んだ。急激に視界がうねり始め、まともに立っていられなくなる。


「徹君、大丈夫!? 」

 ふらつく僕に綾が駆け寄る。


 僕は力無く地面に座り込んで、朦朧としながら綾を見上げる。

「だ、大丈夫だよ……。ちょっと目眩がしただけだから」

 自分の体を襲った唐突な変調に困惑した。

 なんなんだ、この目眩は。

 そして、ここ数日僕を襲う頭痛と吐き気……。家にいるときはこんな症状は無かったのに。まさかこの島で体験している様々な状況が症状の進行を進めているっていうのか?

 くそっ。

 僕は絶望的な事に考えが至ってしまった。

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