第25話 洞窟の中

 最大の理由は部の存続なんかではなく、深町先輩のことを思ってのことだが。

 恋人が犯罪者として逮捕されることに耐えられるだろうか? もし、彼女が襲われたことを問題視しないならば、無かったことにしてもよい。

 それが一番無難な解決策だと思う。

 ミステリ研究会がどうなろうと知ったことじゃない。ただ、彼女の事だけが気になる。


 たとえ負傷させられたとはいえ、いまだ彼女は部長の事を思っているだろう。それは今まで部長のことを一切批判しないことからも明らかだ。

 自分の告発で恋人が処分を受け場合によっては将来さえ失うとするなら、あえて事を荒立てたくはないだろう。

 そう思った。

「そうやな、確かにウチらだけの考えで動けんわな。……深町さん、アンタはどうしたいんや? 無事に島から出られたら、警察へいくんか? どうなんや」

 深町先輩は少し考えた後、小さな声で話始める。

「ごめんなさい。みんなが酷い目にあっているっていうのに、私は彼のことを憎みきれないでいるんです……。今でも私を襲ったのは彼じゃないって思いたい気持ちでいっぱいで……。でもすべては彼が犯人だと示している。……ごめんなさい。我が儘ですけど、できることなら、本当にできることならでいいんです。みんなが酷い目に遭って、彼に対して許せないという気持ちだということはよく分かっています。でも、でも今回の事件は無かったことにしてもらえたら……」

 そういうと、彼女は泣き出してしまった。今まで抑えていた感情が唐突にあふれ出したのか、それはやがて嗚咽へと変わっていく。

 恋人に裏切られ怪我までさされたというのに、未だに長谷川部長の事を想っていることが感じられ、胸がなんだか苦しくなった。……あんな目に遭わされても、まだ部長のことが好きなのだ。

 裏切られた悲しみ憎しみと愛情が入り交じった感情に彼女自身翻弄されているのだろか。


「先輩、そんなに苦しまないで下さい。……あたし、先輩が許すっていうのならそれでいいんです。だからそんなに泣かないでください」

 綾が深町先輩に寄り添い、背中をさすってあげる。先輩は「ごめんね、ごめんね」と言いながらまだ泣きやめないでいる。

「……そうやな。すべては無事家に帰ってからや。深町さんが合宿での事を水に流し、部長から謝罪があったら、ウチも何も言わんようにするわ」

 村野先輩も納得したようだ。


「本当にごめんなさい……」

 深町先輩が村野先輩に頭を下げる。


「気にせんでええわ。あんたの気持ちもようわかるし。そんでも一発くらい部長を殴らんとウチの気が済まへんことは覚えといてな」

 冗談ぽく怒ってみせる彼女に場の雰囲気が一瞬和む。


 僕たちはさらに地下道を進む。

 道は一本道のまま続き、まるで永遠に続くようにさえ思えた。

 ひんやりとした地下の空気のため、かなり歩いたが汗はほとんどかいていない。

 ……ある意味快適である。


 歩き続けるうちに、やがて視界が開けてきた。

 天井も急に高くなり、ライトで照らしても、その光が届かないくらいだ。


「うわあ。ほんま広い洞窟やなあ」

 自然の神秘というか、この空間はあまりに特殊だ。

 天井は10mはあるのではないだろうか。この空間の広さは天井の高さの倍くらいあるように思える。


 ライトの明かりに鍾乳石が照らし出され、神秘的な雰囲気を醸し出す。

 この辺りは本当に鍾乳洞のようだった。はるか天井から床へと石つららが何本もできていて、それを水が流れて地面へと落ちていく。

 こんな場所がこの島にあるとは。こんな状況ではあるが感動した。


「すごい綺麗」

 ありきたりな表現で綾が呟く。


 僕は彼女たちを置いておいて、この空間を探索した。


「あちゃー。これどうするんや! 」

 僕の反対側の場所から奇声があがる。

 どうやら、僕と同じように探索をしていた村野先輩の声だ。


 僕は彼女のところへと駆け寄った。

「どうしたんですか、先輩」


「ちょっと見てや。壁に穴が開いてる」


 見ると人一人が入って行けそうな穴が二カ所、口を開け、さらに地下へと下って行っている。

 僕はライトで他の場所も照らしてみる。数メートル離れた場所にも、うっすらと穴があるのが見える。


「こっちにもあるわよ」

 いつの間に探索をしていたのか、綾が声を上げる。どうやら彼女たちのいる辺りにも通路があるようだ。


「うわ、こっちもあるやんか! 」

 再び村野先輩の声が聞こえた。この大広間には何カ所もの通路があるようだ。


「困ったな……」

 僕は一人考え込んでしまった。

 みんなが僕の所に集まってくる。


「何を悩んでいるの、徹君」


「いや、これだけ通路があると、どこへ進めばいいのかわからないじゃないか。不用意に進むと先がどうなっているかわかりませんし」


「そうやな。だいたい鍾乳洞ってもんは長い時間をかけて浸食されてできあがってるっていうからな。中は迷路みたいなもんやろ? こんなとこ考えなしで進んだら、道に迷って餓死やで、餓死餓死」


「そうですね。僕もそう思います。調べたところここに2カ所、ちょっと離れた所に

 2カ所……」


「徹君、反対側にも2カ所穴があったわ。どっちも人が十分に通れる広さで、だいぶ奥まで続いているようだったわ」

 素早く綾が追加説明をする。


「……でも、今さら戻るのもどうかしら。それに長野先輩が先にこのどこかの洞窟を進んで行ってるんでしょう? 私たちだけが帰って、先輩が遭難でもしてたら大変だわ」

 深町先輩が心配気に呟く。


 確かに長野先輩は僕たちよりだいぶ先を進んでいる。彼が迷っているかどうかはしらないが、放っておくわけにもいかない。


「だいじょうぶやろ。あの人はこんなとこ得意なはずやし、何も考えんと突っ走るタイプやないで。……もしかしたらなんか目印を残しているかもしれへん」


「あたし見てきます」

 言うより早く、綾が駆けだしていた。


 僕たちがいる場所にある二つの穴はどちらも小さく、とても先へと続いているようには思えない。すると他の場所か?


「僕も探すよ。先輩達はここで待っていてください。」

 綾と反対側へと走る。


 みんなが残っている場所から壁沿いに右へ約4m進む。……そこに大きな穴があった。2m四方の大きな穴だ。

 僕はその穴へと踏み込んでいく。

 かなり大きな通路として奥へとくねりながら続いている。遠くから微かに水の音が聞こえてくるようだ。時折天井から落ちてくる水が体に当たった。

 かなり冷たい……。

 見た限り、目印らしいものは残っていない。どうやらここでは無いようだ。気にはなるが、今は調査する時間がない。

 再び元の場所に戻り、今度は左側へと進む。鍾乳石の柱をかわしながら、目的地へとたどり着く。


 今度の穴は先程より少し幅が少ない。茶色がかった色合いの岩肌。水が付着してぬめぬめした感じだ。

 僕は壁の周囲を注意して見回す。

 どうも何もなさそ、……いや、あった。

 左側の壁に何かが彫り込んであるのが見える。

 ちょうど僕の肩の位置くらいの高さにナイフか何かで彫り込んだものがある。

 一直線に線を引いた形。矢印の形になり、洞窟の奥を指し示しているのがわかった。


 こんなの普通の観光地の鍾乳洞でやったりしたら、こってり絞られる行為だろうな。マナー違反も甚だしい。


「みんな、ここです。ここを長野先輩が通ったようです」


 僕の声に反応し、みんながやって来る。


「ここを見てください。壁に彫り込んだ後があります。しかも新しい……」


「ホンマや! こっち通ったんやな、間違いないわ」


「そうね。 ここに間違いなさそうだわ」

 それぞれに口を開く。


「確かにこの通路でしょうね。風が向こうに向かって感じ取れるわ。……じゃあ先輩の後を追いかけましょう。山寺さん、申し訳ないけど、また手伝ってくれる? 」


「任せておいてください。でも、深町先輩、足は大丈夫ですか? 」


「ええ、……ちょっと痛むけど、歩くのには問題なさそうだわ」


「よっしゃ、ほな行こうか。田中、先頭を頼むわ」


 何だかわからないが、僕が先頭を歩くことになった。

 まあ何が起こるかわからない洞窟だ。男の僕が危険を確かめながらいくのが妥当だろう。

 ライト片手に僕は洞窟を突き進む。

 

 洞窟は少しの間下っていたが、やがてわずかな登り勾配を保ちながら、続いていく。

 時折大きく迂回し、再びまっすぐに伸びている。

 この道には脇道などは無いようだ。洞窟内にはこれといった変化が無いため、僕たちは無言のまま歩き続ける。

 時々村野先輩が「だるいわー。田中、おんぶしてや」と絶対に不可能な事を言うだけだ。


 どれくらいの時間歩いただろうか?

 暗闇を歩き続けるため、時間的な感覚が麻痺しているような気がする。

 たまに黒い何かが天井を飛んでいくことがあり、そのたびに村野が悲鳴を上げる。

 たぶんそれはコウモリか何かだろう。どこかに巣があるんじゃないだろうか。


 やがて前方が明るくなってきた。

 空気の質も変化が生じているようにも思える。僅かに乾燥した空気を感じる。外からは蝉の鳴き声も聞こえてきている。


「出口が来たんかな? うおお!!やっとこんな暗いところから出られるんやあ」

 僕を押しのけて、村野先輩が前へと出る。

 ぽってり体型の彼女は、早足で出口へと歩いていった。

 彼女はどんどん進んでいき、僕たちは離されて行く。

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