第24話 島の洞窟

 僕の発言を無視し、彼女たちは歩き出した。

 深町先輩だけは済まなそうに僕を見た。


「待ってくれよう」

 僕は情けない声を上げて彼女たちを追った。

 彼女たちは振り返りもしない。


 村野先輩の肩が上下に揺れているのがわかった。……どうやらからかわれているらしい。

 ヤレヤレだ。


 地下の広間は奥の壁のところに穴が口を開け、僕たちを待ちかまえているように見える。ここからさらに地下へと向かうのだろうか?

 綾達はどんどんとその中へと入っていく。


 通路は人が通るに十分な高さと広さを持っている。

 高さは僕がまっすぐ立って、両手を伸ばしても天井に届かないくらいある。

 幅だって深町先輩と綾が並んでもまだ余裕がある。

 通路は岩肌がむき出しになっていて、ところどころが湿った感じになっている。あまり人工的な感じがしない。どちらかというと、子供の頃親父と旅行で行った鍾乳洞を思い出した。

 人が掘ったというよりは、もともと自然に存在した洞窟に若干の手を加えた程度といった感じがする。


「これって自然の洞窟なのかな? 」


「たぶんそうやろな。しっかし、こんなところに洞窟があるなんて、シランかったなあ。良く言えば鍾乳洞って感じやもんな」


 僕の問いかけに村野先輩が反応した。


「深町先輩、足下が滑りやすいから気をつけてくださいね」


「ええ、ありがとう」


 綾と深町先輩の会話も聞こえる。二人が先頭を歩き、村野先輩、僕の順番で歩いているのだ。


「徹君」


「は、はい」

 唐突に綾に声をかけられ、思わず飛び上がりそうになる。


「足下滑りやすいから転ばないでね」


「あ、……ああ。気をつけるよ」


「徹君はいっつも不注意なところがあって気をつけてても突然転んだり、電柱にぶつかったりすることがあるんだから……。大丈夫?、本当に気をつけてね」


 どうやらいつも通りの綾に戻っているようだ。怒りは収まったらしい。


「ヒューヒュー! 熱いなあ、二人は」

 村野先輩がチャチャを入れてくる。

 しかし、レトロな冷やかしかただ。


 それでも僕は少し照れてしまった。

 ライトで前方を照らし、綾達が歩きやすいようにする。


「それにしても、田中。あんたそんなに転んだり電柱にぶつかったりするんかいな」

「それは綾が極端な言い方をしているだけですよ。たまにぼーっとしたりしてたり、話に夢中になっているときにそういうことが何回かあっただけですよ。それの場にたまたま綾がいただけなんですから……」

「ぷっぷー。本音が出てしもうたな、田中。綾ちゃんが側にいたからぼーっとしたり話に夢中になってまわりが見えんようになっただけやろ。そりゃそうやな。こんな可愛い子があんたみたいなヘナチョコと一緒にいてくれるんやからな。綾ちゃんの顔にみとれて、ぼーっともするわな」

「いやそんなんじゃなくて」

「あ、そうなんだ。徹君、あたしに見とれて転んだりしてたの? 」

 綾までが話に入ってきてややこしくなる。

 深町先輩が笑いをこらえているのが感じ取れて、僕はさらに恥ずかしくなった。

「もうやめてくださいよ……」

 僕はそういって否定した。

 本当はそうみんなが思ってくれた方がありがたい。どうして僕が転んだりするかの本当の事を知ったら、綾がどう思うか。それを考えたら胸が苦しくなる。

 彼女に覚られてはならない。

「ささ、先を急ぎましょう」


 ……まあ何だかんだとありながらも、僕たちは地下道を歩いていくことになった。


 通路は人工的に掘られたものには見えない。

 もともとこの島にあった洞窟のようだ。

 かつて研究施設を建築した者、もしくは旧日本軍がこの洞窟を発見し、通路として利用でもしていたのだろうか?

 軍の施設があったということで、こういった通路が島に存在するのではないか? ということは想像できた。しかし、僕がイメージしていたのは鍾乳洞もどきではなく、防空壕みたいな地下施設を想像してただけれど。

 ……島に鍾乳洞があるから、わざわざ通路を作る必要はなかったというわけか。

 それで納得した。


 濡れた壁面がライトに照らされ、ピカピカと光を放っている。

 自然の洞窟らしく、天井の高さは進むたびに変化し、通路の幅も一定ではない。

 大きな物資を運んだりするには不適であるように思うが、通常の荷物を運ぶには大した問題はなさそうだ。。


 湿り気を帯びた空気が前方より微かに吹いてくる。

 その風は外気より遥かに冷たい。蒸し暑さから開放され、心地よさを感じる。

 

 僕たちは手にしたライトで辺りを照らしながら進んでいく。

道は若干の傾斜を保ちながら、下へ下へと続いている。

 壁から水がしみ出し、床を流れていく。一部滑りやすくなっていて、慎重に歩かなければならない。

 ただでさえ、視野が人より狭いのだから。


「先輩、気をつけてください。足元は滑りますから」


「ええ、大丈夫よ。ごめんなさい、迷惑かけちゃって」


「とんでもないです。先輩、足は痛くないですか? 無理をしないで、疲れたら言ってくださいね」

 綾と深町先輩の会話が洞窟内に反響する。

 彼女は深町先輩の体を支えながら歩いている。

 後ろから見る限り、深町先輩はかなりの痛みを堪えながら歩いているようだ。時折、ビクッと体が震える。

 部長、確証は無いが部長が彼女を襲ったのは間違いない。自分の彼氏に暴行された傷が痛むのだろう。傷の痛みだけでなく、彼女の心の痛みを思うと、なんだか守ってあげなければと思う。


「風が吹いてくるってことは、この洞窟は外と繋がっているのね」

 前を歩く綾が、誰にとなく話し掛ける。


 言葉使いから同じ年の僕に向かって言ってるようだ。

 どうやら先ほどの怒りがさめたようだ。ちょっぴりホッとする。

「そうだな……。あの施設の地下からどこかに抜ける道があるってことだろうね。すると……」


「そうね。この洞窟が島を縦に反対側に抜けているとしたら、宿泊所の無線機破壊や食料の紛失の謎が解けるわ」

 僕の推理を遮る様に綾が言う。


 そう……。

 今までは宿泊所から研究施設跡地をつなぐ道は、海沿いのあの道しかないと思っていた。しかし、この研究施設跡地の地下から通じる通路が紀黒島を左右に分断している山の中を突っ切って、反対側に通じているのなら、無線機を破壊し、食材を廃棄した者の正体が判明するのだ。

 この地下道が近道ならば、僕たちと同じ時間に出発し、気づかれることなく先回りすることが可能だ。

 この道の存在を知るものが他にいないとするならば、この道を使った者は確実なアリバイを手にできる。


 部員以外の誰かがやったという無理な推理をする必要はない。

 ……。

 何の事は無い。無線機破壊や食料紛失も部長が犯人だったのだ。

 

「部長が殺されたふりをして、ウチらを混乱させ、警察に連絡をするために海沿いの道を必死で歩いてる間に部長は地下洞窟を使って先回りしてたってわけやな! 」


「そうですね……。この洞窟が抜け道になっていたら、間違い無く、ここ数日の事件は部長の犯行に間違い無いでしょう」

 綾はそう言いきって、深町先輩がいることに気付き、思わず目を伏せた。

「すみません、深町先輩」


「……いいのよ。事実だから仕方ないわ」


 彼女は自分が怪我をさせられたことに関しては触れなかった。

 怪我人さえ出ていなければ、ただのイヴェントとして受け入れられる。しかし、怪我をさせてしまった以上、冗談で済ませられるレベルを超えてしまった。彼は超えてはならない一線をすでに越えているのだ。そしてこれからも越えていくのだろうか?


「しっかしやなあ、部長も洒落にならんで。ウチらの食べ物、全部隠してしもうて。飢え死にしたらどうするつもりなんや」


 相変わらず自分のことしか考えられないのか?

 村野先輩は吐き捨てるように呟く。


「部長や言うても、もう限界や。帰ったら絶対に警察に通報や! ウチらを飢え死にさそうとしたからな。みんなもそれでええやろ? 」

 ビデオカメラのファインダーを覗きながら、捲し立てる。


 モニター用の画面があるのに、わざわざそんなことをしなくてもと思う。

 遠近感が無くなって危ないのではないだろうか。

 そう思って気づいた。

 バッテリーの残量を気にしてモニターを使用しないのだな。


「村野先輩、冷静になってください。事を荒立てたら、みんなにとっても良くないです」

 綾が深町先輩を気にしながら反論する。

 

 深町先輩を負傷させたことで、すでに警察沙汰を避けられない。村野先輩が言うとおり、食材を隠し外部との連絡手段を絶ったことも、一歩間違えれば命に関わることだけにこれもうやむやにできる問題ではなさそうだ。

 しかし、それでもこの事をできるならば、内々で済ませたいという意識が僕たちにはあった。


「そうです、先輩。この場合、深町先輩がどう思っているかが一番大事なことだと思います。僕たちの被害は大したこと無いんですから。今後どうするかは、深町先輩がどうしたいかを聞いてからだと思います」

 深町先輩のことを思ってのことでもあり、また不祥事を起こしてしまったことで、ミステリ研究会の存続にもかかわるという現実的な問題もある。

 他の部員がどの部分を重要視しているか、それは定かではない。

 しかし、その辺りの事や、その他様々なことを考えるに、このまま無事に帰りつけるのならば、今回の事件は不問にしてもいいのだ。やむを得ないとさえ思う。

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