第22話 探索

 暗闇から明るい外へと出ると夏の強い日差しのまぶしさに目がくらむ。

 僕たちは、宿舎棟へと歩いていく。

 

「こっちだ! 」

 玄関のところで待っていた長野先輩が僕たちを呼ぶ。

 彼に導かれるまま、僕たちは建物内部へと入っていく。玄関から入ってすぐの部屋へと進む。

 初めて来たときに見た管理人室だった。あの時は探索を急いだせいか、中には入らなかった。


 外に面した窓からの光で、室内の状況はよく分かる。

 畳が敷かれただけの殺風景な部屋だ。玄関に面した場所にガラス戸がはめ込まれていて、ここから建物内部に入ってくる人間を確認していたのだろう。現在では作りつけの小さなテーブルが残されているだけだ。


 長野先輩は土足で入っていくと、部屋の奥にある襖を開ける。

 そこはぽっかりと大きな暗闇が口を開け、階段が下へと向かっていた。

「ふええ! こんなところに地下への道があったんや。ほんまからくり屋敷みたいやな」

「何の為かわからないが、管理人室からしか地下へと行けなくしていたようだな。それがなんの為なのかは分からないが。どっちにしろ、ここから地下へと行けることは分かった。みんな行くぞ」

 長野先輩を先頭に、階段を下っていく。

 

 壁面はコンクリートで固められている。

 人がなんとかすれ違えることのできる通路が階段の下に続いていた。

 天井にはところどころに小さな蛍光灯が設置されていて、当時はここを何かの目的で使用していたことがわかる。

 床には埃が積もっていたが、ごく最近、誰かが通ったらしい痕跡がライトに照らしだされている。

 それが誰だったかは言うまでもない。


 何メートルくらい歩いただろうか? 突き当たりに大きな扉が現れた。

 金属製の扉だ。

 あちこちに錆が出ている。


「よし、奥へと進むぞ」

 取っ手に手をかけると、力任せに扉を開く。金属が擦れる嫌な音を立てて、扉が開く。


「ここは……」

 中に入った僕たちは、各々ライトで室内を照らす。

 約10メートル四方の広さの空間がそこにはあった。

 床はコンクリートで所々にロッカーや椅子などがうち捨てられたように放置されている。さらに部屋の中央にはコンクリートの欠片が散乱していた。そして天井にはぽっかりと大きな穴が開いているのが分かった。


「ここは部長の落ちていた部屋やないか! 」

 村野先輩が驚きの声を上げる。

 そう、間違いなくここなのだ。部長が殺害された、されたと思った地下室だった。その証拠に黒ずんだ大量のシミがそこにはあった。

 僕たちは現場に近づくと、辺りをライトで照らす。


 どこにも人の気配は無い……。

 ふと見ると、多量の血痕の側に長野先輩が座り込み、黒いシミを見つめていた。

「先輩、どうかしたんですか? 」

 僕は話しかけた。

 彼は何も答えず、指を血痕に近づける。

 ネットリとした液体が彼の指先にへばりついている。どうするのか考えるまもなく、彼はそれを口へと運んだ。

「! 」

「……やはりな」

 小さく呟くと彼は立ち上がった。

「先輩、どないしたんや? 」

「何のことは無い。このシミはただの絵の具だ……」

 口に含まれた絵の具が気持ち悪いのか、彼は何度も唾を吐いた。

「絵の具ってことは」

「そうだ。みんなもうすうすは感づいているだろうが、長谷川が殺害された事件は、あいつの狂言だったということだ」


 衝撃的な出来事だったが、みんなが予想していた事だったため、そのことに関しては騒ぎは起こらなかった。

 

 だが、次に新たな謎が生じたのだった。

 1.部長はどうしてこんな事をしたのか?

 2.食材を隠すなりしたのは部長なのか。

 3.深町先輩を襲ったのも部長なのか。


 1に関しては全く不明だ。

 何のデータも無いことから、推理すらできない。

 せいぜいこの合宿の余興で行ったとしか思えない。しかし、以後続く出来事によりその可能性は小さい。


 2に関しては、どちらとも言えない。

 部長がやったとしたら、僕たちより早く宿泊施設にたどり着き、食材を隠すことが可能なのかという問題が発生する。こんな隠し部屋や通路があるような施設だから、僕たちに見つかることなく先回りする出口がこの建物に存在するかもしれないが、僕たちは事件後すぐに外に出た。5人の目に発見されずにはたして建物から出られるものだろか?

 共犯者がいたとすれば簡単だが、この島の存するなどを考慮するとかなり難しいと思うし。


 3については、深町先輩の証言から、ほぼ間違いないだろう。暗かったからと前置きしていたが、彼女の態度が全てを物語っている。どうして恋人を襲ったのかという動機は、僕には想像すらできない。

 

「部長はなんでこんなことしたんやろ? 冗談にしてはきつすぎるわ。深町さんに怪我させてしもうてるしな」

「狂言殺人だけだったら、あたし達を試すイベントかもしれないけど、深町先輩に怪我をさせるなんていくらなんでも許せないわ。部長が何を考えてるのかわからないです」

 二人がいろいろと会話をしている間も長野先輩はこの地下室を探索している。壁を叩いてみたり、床に這ってみたりとせわしなく動いている。



 深町先輩は床に座り込んだまま、うつむいている。

 恋人が生きていたことの喜び、恋人が自分を襲ったことの恐怖と困惑で自分をどう表現して良いのか悩んでいるようにさえ見える。

 ふと思ったが、彼女は自分が襲われたときに部長の生存について知ってしまっていたのだから、それほど変化無いとも言えるのか。今回の探索で部長が生存しているという事実が確認されただけなんだから。

 ぼくは彼女に部長が生きていてよかったですね、とも言えないし部長を責めることもできないでいた。

 結局、綾達の会話を聞くだけだった。


 部屋の奥の方から鉄板が擦れるような音がした。

 音の方向を見ると、長野先輩が床から何か板のようなものを剥がしているところだった。

「みんな来てくれ」

 彼の声にみんなが集まる。僕は深町先輩に肩を貸し、ゆっくりと近づいた。


 部屋の隅の床に1メートル四方の小さな穴が開いていた。

 どうやら先ほど先輩が剥がしていた鉄板で蓋がされていたようだ。

 鉄板には薄くセメントが塗られているのか、そういったプリントがされているのかは判別できないがカモフラージュがなされていた。よく見ると、鉄板といってもかなり分厚い。重さもかなりあるだろう。

 貧弱な僕では持ち上げられそうにもない。


 床に開いた穴からは地下に向かってハシゴが続いている。

 この部屋への地下通路といい、今現れているハシゴといい、この施設は何か普通ではない仕掛けがなされている。

 軍の研究施設なら理解できるが、ここはどう考えても民間企業の研究施設として造られたもののはずだ。

 どうしてこういった仕掛けをする必要があるのか? 一般の研究員に見られては困るものでもあったのだろうか。


「しっかし変な建物やなあ。何でこんな風にしてるんやろ? 」

「何かここの施設には秘密があるのかもしれませんね。でなければ、こんな仕掛けを作ったりしないはずです。それが何なのかはわからないですけど」

「去年来たときは、こんなんあるって知らんかったしなあ。部長は知ってたんかなあ……」

 そう言った途端、しまった! という顔をして黙り込んでしまった。

「村野先輩、去年はって言いましたよね。何か知っているんですか? あたし達は初めて来た場所だし、何も事情が分からないんです。教えてください」

 素早く綾が追及を始める。

「え、いや、なんやったけなあ。ウチもよ〜わからんわ。……そんなことは今はどうでもええことやんけ」

 普段の強気さが消え、急に弱気な一面を村野は見せている。

 それ以上綾が追及しても、ばつが悪そうな顔をし、口ごもったままで埒があかなかった。


 彼女が何かを隠しているのは間違いない。

 しかし、あの口の軽い彼女が喋りたがらないということは、本当に去年の合宿が事件のキーにさえなりそうな気がした。

 長野先輩は僕たちの会話を無視するかのように、懐中電灯で地下を見つめている。

 去年の合宿に参加した二人の先輩……。

 彼らから語られないかぎり、それは永遠に分からないままなのだろう。

 合宿に参加していなかった3人は釈然としないまま、地下室に立ちつくすだけだった。


 しばしの沈黙が暗い地下室を覆う……。


 僕は去年の事件が語られるまで動く気は無かった。それは綾も深町先輩も同じ気持ちだっただろう。

「おい、お前ら……。こんな所で突っ立ったままでいるつもりなのか? 」

 この状態に辛抱しきれなくなったのか、長野先輩が不機嫌そうに口を開いた。


「先輩達が隠している去年の合宿での事件。それが今回の事件に絡んでいるとしか思えないんです。先輩……、そのことを話してくれませんか」

 珍しく強い口調で綾が話す。


「去年の合宿の事を聞いてどうなるというんだ? それが今回の事件に関係があるというのか。フンッ……くだらん。事件はアイツが何らかの意図を持ってやっているだけだ」


「しかし、動機が見つかりません。部長が殺されたという演出だけだったら、あたし達を試す為のイベントになるかもしれません。しかし食料をどこかに隠したり、 無線機を壊したりしてるんですよ」

いつになく感情的になっている幼馴染に 僕でさえも圧倒されている。


「それだけならまだしも、深町先輩は襲われ怪我をしているんです。この事実をゲームの代償と片付けるには、あまりに度を越えています。何か相当な理由があるはずなんです。あたし達の知らない何かが……。

先輩は部長が何らかの意図で、と言いますが、それが去年の事件と関係があるんじゃないでしょうか? 」


「……さあな。あいつが何を考えているかなんて俺にはわからない。お前達がそこにいるんなら勝手にすればいい。俺は先に行くぞ」

 彼は痺れを切らしたかのように吐き捨てた。 その姿はあえて議論を避け、 この場所から逃げたい一心で出た言葉にさえ思えた。


「ほら、長野先輩も怒ってしもうたやないか。深町さんもみんなもこんなところで議論してる場合やない。さっさと行こかんと危ないわ。ホンマ、怖ーてしゃーないわ」

そう言うと、彼女も逃げる様に梯子に足をかけ、地下へと降りていった。


「綾、どうするんだ? 」


「全く、どうして隠そうとするのかしら? 本当、アッタマ来ちゃうんだから! きっと何かがあったんだわ。 ……あたし達には知られたくない何かが」

僕の声が聞こえていないかのごとく、 独り言を言うと、意を決したかのように梯子へと進んでいった。


「お、おいおい」

 僕が声をかけるが聞こえていないようだ。あっというまに彼女の姿は地下へと消えた。

 困ったもんだ……。

 思いつめると周りが見えなくなる。昔からあの性格だけは直らないな。


 結局、このフロアには僕と深町先輩だけが残された。

 怪我人を残してさっさと行くなんて、連中は何を考えているのだか。

 僕はそんな薄情な奴ではない。

 彼女の方を向くと、

「先輩、どうしましょうか? 僕達も後を追いますか。それとも外で待っていますか」

 

 怪我による痛みのためか、彼女は長く立っては居られないようだ。右足を伸ばした格好で座り込んでいる。

「この奥に何があるかも知りたいわ。……田中君さえ良かったら、私も下に行きたいんだけど」


「もちろん僕は構いませんよ。でも梯子なんて下りられますか? 」

 僕はライトで地下への穴を照らす。

 深さは二メートル程度しかない。しかし、入り口が狭いから、長野先輩ぐらい力がないと、彼女を背負って降りては行けないだろう

 さて、どうしたものだろうか?


 ……そうだ!

 僕の頭の中に素晴らしい案が浮かんだ。

 背負っては行けないが、肩車なら大丈夫だ。僕が梯子を何段か降り、そこで深町先輩を肩車をするのだ。

 僕が彼女の足代わりをして、降りれば怪我をした足にも負担はかからないだろう。彼女は両腕でバランスどりをするだけでいいのだ。


 僕自身には自分の体重プラス彼女の体重がかかるが、僅か二メートルくらいの上下移動だ。何とかなるんじゃないだろうか。


 それに公然と憧れの彼女の体に触れられるという一石二鳥の計画だ。

 我ながら完璧な理由付け!、計画性だ!

 この状況下であれば、虚弱体質と馬鹿にされる僕でも、普段の力以上のものを出せるに違いない。

 そんな妄想を抱いて、僕は少しだけ鼓動が高鳴るのを感じた。


 早速、彼女にその提案をした。

 下心を見せずに、あくまでスマートに、かつ、これはやむなく行うこと、下に降りるにはそれしか方法が無いということを、さりげなく……。


「……田中君、無理をしないで。私を肩車して梯子を降りるなんて無茶よ。……大丈夫、自分一人で降りられるから」


「でも、先輩は足を怪我しているじゃないですか。梯子を降りるなんて無理です。それに踏み外したりしたら、大変なことになります」


「心配してくれて、ありがとう。でも大丈夫よ。さ、急がないとみんなに遅れてしまうわ」

 僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女は僕の提案をやんわりと断った。


 僕の下心を読み取ったのだろうか?

 そんな想いを抱き、ちょっぴり赤面しているのを感じた。暗闇であることをこれほどありがたいと思ったことはない。

「わかりました。じゃあ僕が先にしたに降りて、ライトで梯子を照らしますんで」

 これ以上同じフロアにいることに耐えられず、僕は急いで地下へと降りていった。


 更なる地下も上と同じくらいの広さがある。

 ただ上と異なる点は、ここが単純に穴を掘って広間にしただけの部屋であるということだ。

 部屋の四隅に柱が立てられ、木を立てかけて落盤防止対策が取られているのがわかる。

 床や壁はむき出しの岩盤であり、床には天井から落ちてきたらしい岩の破片が散乱し、あまり安全そうには見えない。


「田中君、じゃあ降りていくから……」


「分かりました」

 僕は降りやすいように、懐中電灯で彼女の足下を照らす。


 彼女は痛めた足をかばうように少しずつ足を梯子へと乗せていく。

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