第20話 時間は平等に流れる
いつも口うるさいだけの女だったがそんなに悪い人間じゃないと思っていた。
あれほど人を疑い、敵意をあらわにするようなタイプには見えなかっただけに、ショックは大きかった。
殺人などという非現実的な事案に本性が出たのか、それとも衝撃と動揺で精神的に少し不安定になっているのか。そのどちらかは分からないままだった。
綾も村野先輩があそこまでに自分のことを否定的に思っていたとは思わなかったのだろう。椅子に座って俯いたままだ。
「さて、これ以上の議論は意味がないな。……田中、深夜二時になったら起こしてくれ。それまでは見張りを頼む。俺も疲れたから少し寝る」
そう言って、長野先輩も食堂を出ていった。彼も少し疲れているようだった。
僕は席を立った。
見張りを頼むと言われたから、部屋に帰って寝るわけにもいかないな。やはり食堂とかでいないと問題があるだろう。多分問題は無いだろうけど、万一のこともある。
「綾、君も疲れただろう? 風呂でも入って寝たらどうだ」
「……ううん。なんか疲れているんだけど、眠れそうにないわ。だって、あんなことがあったんだもの」
確かにそうだ。
身近な人が殺害されたという非現実的な出来事がほんの何時間か前にあったのだ。まともな人間ならいつも通りの生活ができるはずがない。気持ちの整理などできないだろう。
しかし、そう思うと不思議だった。先ほどの討論もまるで白昼夢のようだ。
身近な人間が殺されたというのに、僕たちはまるでミステリ小説の登場人物達のように
犯人を推理しあっていた。本当なら悲しみに暮れるべきなのに、死がまるで架空の世界の出来事のように思え、自分たちがミステリ小説の中の住人のよう推理をしあう非現実……。
最後にはお互いさえも疑うとは。
「眠れなくてもせめて休んでおいたほうがいい。まだ迎えが来るまでしばらくかかるんだ。食べ物もちょっとしかない。寝ていないと体がもたないぞ」
「……ありがとう。でも、朝までいた人が突然、それも殺されていなくなったんだよ。そんなことがあったのに、眠れったって眠れるわけないよ」
緊張の糸が切れたかのように、いつになく弱気な綾がそこにいた。いつも闊達で元気いっぱいの女の子が、落ち込み怯え悩んでいる。
「なのにみんなは犯人当てゲームのように誰が犯人だとかって議論して……。あたしまでがそれに参加して。人が殺されたっていうのに。深町先輩があんなに悲しんでいるっていうのに……。みんなどうかしている」
綾の大きな瞳が涙で潤んでいる。
僕はどうしたらいいか困惑した。
彼女は混乱状態にあるのだ。何とかして落ち着かせてあげなければならない。
でも、どうやればいいか見当もつかない。
部長のように女の扱いに慣れていたら、気の利いた言葉をかけられるのだろうけど。
今の僕にはかける言葉のボキャブラリーが無いのだ。
「綾、しっかりして。誰もが今日起こった事から目を逸らそうとして、あんな風に振る舞っているんだ。現実から目をそらし、まるで遠くの世界で起こったことのように思いたいんだ。誰だってそうだよ」
「うん……、みんな悪気があるんじゃないと思う。でも……」
僕は綾に近づき、肩に手を置いた。
「今はみんな動揺してるんだ。綾だってそうだ。こんな気持ちは時間が解決してくれる。犯人だって警察が来ればすぐに捕まる。何も心配することは無いよ」
ああ、何でこんな意味不明な事を口走るのだろうか。
綾はもっと違った言葉を求めているのだ。
しかし、それは僕には思いつかない。
「な、何なら僕が犯人を見つけだし、部長の仇を取ってみせるから……。まあ、あんまり期待しないで欲しいけど。……あ、それは分かっているか」
綾がクスリと笑った。
「どうしたんだい? 」
右手で涙を拭いながら、綾が微笑む。
「徹君って相変わらず不器用だね。あたしを慰めようとしてるんでしょ? そんな言葉じゃ訳わかんないわよ」
「ご、ごめん」
また彼女が吹き出す。
「本当に不器用なんだから。……でもありがとう。
あたしを励まそうとしているのだけは分かるから」
「さあ、元気を出して。休息が一番だ」
「そうだね、眠れるかどうかは分からないけど、横になれば少しは疲れが取れるかもしれないわね」
そう言うと綾は椅子から立ち上がった。
「そうそう。それがいちば……」
言いかけてるところに、綾が僕に抱きついてきた。
「あ、うお」
何かを言おうとして、言葉が出てこない。
綾の体から香水の香りが漂ってきて、頭が真っ白になりそうになる。
綾は僕を見上げる。
潤んだその瞳を見て、僕は顔が赤くなるのを感じた。
「ありがとう、徹君。いつもあたしを守ってくれて。……これからも守ってね」
小さな声で彼女が呟いた。
僕は頷いた。
彼女は僕から離れると、
「おやすみ」とだけ言って食堂を出ていった。
僕は一人部屋に残された。
これからも守ってね、か。
そう、僕は綾を守り続けなければならない。
自分の感情を決して伝えることなく、僕は彼女を守るのだ。
そのためになら、自分の命がつきようとも構わない。それが償いになるというのなら、僕はそれを選ぶ。
罪は償えるが、決して赦されるものではないのだから。
綾は幸せにならなければならない。僕ではそれは決してできないこと。
しかし、僕はこの誓いを守り続ける。……あの時の約束だから。
「安心しろ、綾。僕はどんなことがあっても君だけは守ってみせるから」
僕はつぶやいた。
僕は宿泊棟を見回りすることにした。
一階から順番に戸締まりを確認していく。
長野先輩の部屋は既に電気が消えている。疲れて寝てしまったのだろうか。
自分の部屋の戸締まりをチェックし、部長の部屋の戸締まりを確認した。静まりかえった部屋は、ある意味不気味ささえ感じる。まるでいまにも部長が帰ってきそうですらある。
トイレや風呂場にも人の気配はない。
女性達も今日は風呂にさえ入る気がしないのだろう。まずありえない事ではあるが、殺人犯が入浴中に侵入してきた時のことを考えているのだろうか。
確かに無防備だからな怖いな……。
玄関の扉を再度確認した後、僕は二階への階段を上がっていく。
宿泊施設の廊下や階段は電気は点けっぱなしにしている。こうすれば犯人も侵入しにくいだろうとのことだ。
階段を上り、二階にたどり着く。
部屋は6部屋あり、海側の3部屋に女性陣が宿泊している。
奥から順番に村野先輩、深町先輩、綾となっているが、村野先輩と深町先輩の部屋はすでに電気が消えている。
綾の部屋だけから灯りが漏れてきている。
まだ起きているのだろうか? 眠れないでいるのだろうか。
僕は一瞬、ドアをノックしようとしたが、すぐにその手を引っ込めた。
綾と何を話す気なのだ? ……答えは見つからない。ただ不安がる彼女を励ましたいという気持ちだけだ。
僕は空室の施錠を確認すると、下へと降りていった。
食堂に戻ると、柱に取り付けられた時計は、12時を回ったところだった。
一日がこれほど長いと思った日があっただろうか?
ふと思った。。
今日はあまりにも多くの事が起こった。
旧軍事施設の探索。……そして部長の死。外部との連絡は閉ざされ、食料もほとんどが奪われた。外部との連絡が可能となるのは、迎えの船が来る予定の5日後。
それまで僕たちはこの閉ざされた無人島で過ごさなければならない。犯人がこの島に留まっているのでは? という不安と戦いながら。
こういった状況では、人は皆不安になり、ちょっとしたきっかけでトラブルを産む。そんな問題が早くも起こりかけた。
このまま迎えの船が来るまで、僕たちはうまくやっていけるのだろうか。そんな不安がどうしても払拭できずにいた。
僕はヤカンからお茶を注ぐ。
湯飲みのお茶を口に含むと、生ぬるさと苦みが口の中に広がる。実に変な味だ。しかし、それしか飲み物は無い。ミネラルウオーターも何本かあるが、それは本当の非常時にと冷蔵庫に入れられている。
物は考えようで、こういった苦い茶の方が眠気には効果があるのかもしれない。
しかし、かなり不味い。何か金属っぽい苦みさえ感じる。
そういえば、ここは井戸水だったな。長期間使われなかったはずなのに、僕たちは何も気にせず飲んでいる。恐らくは管自体が錆び付いて、金属臭さが出ているのだろうと考える。
これから数時間どうしようかと考える。
時々見回りをして、またここに戻ってくるくらいしかすることがなさそうだ。
本とかも持ってきてないし、テレビは映らない。外から微かに聞こえてくる虫の音だけが時の流れを感じさせる……。
今日の事件について考えを巡らせてみる。
いくつかの説が夕食時にもたらされたが、そのどれもが違和感を感じる。
外部犯と想定すると、犯人は部長を待ち伏せしていたはず。ならば、どうやって部長が研究室棟を調査することを知り得たのか。調査箇所を決めたのは現地であり、部長が決定したこと。犯人はその会話を聞いていたというのか?
広場で僕たちは話していたから、近くには誰もいなかったはず。それに聞いてから行動したとして、部員達がすぐに敷地のあちこちに散って行ったから、目撃されずに移動可能なのだろうか? 僕と綾だって施設の近くでいたのだから。
また、犯人がたまたまあの研究室棟にいて、偶然部長に発見され殺害に及んだとして、犯人は船はどこに隠していたのか?
僕たちが来ることを知っていたら、その間は何かをすることを中止していただろう。それ以前に殺害をしてまで守らなければならない秘密は想像できない。
施設にからむ秘密ならば、施設撤収後数十年も経つのにそんな秘密を放置している奴などいないはず。
内部犯説に関しては、論外だと思う。
誰もが物理的に不可能だということは分かっている。部長の悲鳴を聞いてすぐに僕は敷地に入ったし、殺害現場に到達するのも僕が早かったはず。外では綾が待っていたから彼女に見つからずに中に侵入することは建物の外観から想像して不可能。そして内部を探索する僕に出くわさずに外へ出ることはありえないはず。
それ以前に人を殺したすぐ後で、平然としていられる人間がいるとは思えない。動機云々は語られたが、どれも決め手に欠けるものでしかない。
結局、どれも犯人特定となるようなものではないのだ。
全ての謎は解けないまま、僕たちは迎えの船を待つしかない。空腹と不安と猜疑心に苛まれながら……。
僕はため息をついた。
いろいろ考えたところで僕の頭では解決できない。ミステリの探偵のように明快な推理ができればスッキリするのだろうが……。
それを僕に求めるのは酷。
僕にできることといえば、こうやって夜中の見回りをすることでみんなに起こる危険を未然に防ぐ努力をするだけだ。
トイレに行こうと立ち上がった刹那、激しい物音が宿泊棟全体に響いた。
ガラスが破砕される音だ。
同じくして甲高い悲鳴が聞こえた。
僕は食堂を飛び出した。
「なんだ? 」
廊下に出るなり、ドアが開いて長野先輩が飛び出してきた。
「わかりません。どこかのガラスが割れる音がしただけで……」
「上だ! 」
僕は廊下を走る彼の後を追った。
音と悲鳴は二階からだった。誰が悲鳴を上げたかは分からない。だが何か異変が二階の誰かに起こったことは間違いない。
僕はそれが綾でないことを祈りながら、階段を駆け上がった。
二階に駆け上がると、廊下にはパジャマ姿の綾と村野先輩がいた。深町先輩の部屋の前で叫び声を上げている。
「深町先輩! どうしたんですか? ここを開けてください!」
「何があったんや! 」
二人がドアを叩き、叫んでいる。
相変わらず村野先輩はビデオカメラを持っている。
僕たちが到着したのに気づくと、綾が僕たちに叫ぶ。
「先輩の部屋からガラスが割れる音がして、悲鳴が聞こえたの。ドアを開けようとしても鍵がかかっていて……」
僕はノブに手をかけ、回す。
鍵がかかっているようでびくともしない。部屋の向こう側からは何か微かにうめき声が聞こえる。
「退け! 」
僕は長野先輩に言われて場所をあけた。
「深町、もしドアの前にいるなら離れろ」
そう叫ぶと、いったん後ろに下がり、助走をつけてドアに体当たりをした。
鈍い音がしたが、ドアは開かなかった。
「チッ! 」
長野先輩は再び体当たりをする。
一体、内部では何が起こっているのか? 侵入を果たした何者かがまだいるのだろうか。
もしそんなことがあれば深町先輩は。そう思うと何もできない自分が腹立たしかった。
何度かそれを繰り返し、ついにドアが破壊された。
長野先輩を先頭に部屋の中に飛び込む。
へやは電気が消されているため、ほとんど何も見えない。
「電気をつけろ! 」
僕は壁にあったスイッチを入れる。蛍光灯の明かりが点灯し、中の状況が明らかになる。
部屋の中央に深町先輩が倒れていた。意識はあるようで、ボンヤリとした瞳で僕たちを見ている。
部屋の窓ガラスは割れ、破片が室内に飛び散っている。
「深町先輩、しっかりしてください」
綾が駆け寄る。
深町先輩のパジャマは一部引き裂かれており、その下から白い肌が露出している。
内出血を起こしたのか、顔には殴られたような痣ができはじめている。
綾が彼女を抱き起こそうとした時、深町先輩が小さく悲鳴を上げた。
「ご、ごめんなさい! 先輩、どこか痛いんですか? 」
「足が……」
「ちょっと見せてみろ」
長野先輩が駆け寄り、彼女の足に触れる。
「ふむ……。どうやら折れてはないようだ。単なる打撲だ、大丈夫だ。他に痛いところはあるのか? 」
「足以外は大丈夫です……」
力無く答える。
「よし、田中、手伝ってくれ。彼女をベットに寝かす」
綾が慌てて箒を持ってきて、部屋に飛び散ったガラス片を窓際に掃き寄せる。
僕は深町先輩の側に寄り、長野先輩と二人で抱え、彼女をベットに寝かせた。
「山寺は冷蔵庫から氷と何か袋を持ってきてくれ」
はい、と言って綾は部屋から走り去っていく。
足の痛みが酷いのか、深町先輩は時折うめき声を上げる。
「深町さん、しっかりしいや。もう大丈夫や」
そう言って、村野先輩がどこからか持ってきたペットボトルを差し出す。
こんな状態でもビデオカメラを回すのは止めない。無神経極まりないが、誰もそれを口には出さない。それどころではないからだ。
「ありがとう……。もう大丈夫だから」
ペットボトルを受け取りながら答える。水を口に含み少しは落ち着いたようだ。
綾が戻ってきて、ビニール袋にたっぷりと入った氷を持ってきた。
「先輩、氷持ってきました」
長野先輩はそれを受け取ると、近くにあったタオルでくるみ、深町先輩の膝に当てた。
「湿布があればいいんだが、当面はこれで大丈夫だろう。……深町、話を聞いてもいいだろうか? 」
深町先輩は、まだショック状態が解けていないのか反応が鈍い。
長野先輩は彼女が話せる状態まで待つつもりらしい。
じっと黙ったまま見つめている。
綾達もベッドの側に寄る。
僕もそうしようとして、派手に割られた窓ガラスが目についた。
ハンマーか何かで侵入者は割ったようだ。窓ガラスの持ち手部分を中心に大きな穴が開いている。
クレセント鍵の付近にはまだガラスが張り付いていた。
まだ床に小さなガラス片があるのが見え、僕は壁に立てかけてあった箒で掃いた。
暫くの時間が流れ、深町先輩がやっと口を開いた。
「ごめんなさい……。何がどうなってこんなことになったのか」
「大丈夫だ。おまえが混乱しているのはよく分かる。一体、何があったんだ」
いつもよりだいぶ優しい口調で長野先輩が問う。
「……眠ろうと思って目を閉じたら、今日の光景が浮かんで眠れなかったんです。とても悲しくて……。それでただボンヤリとしていました。
どれくらいの時間が経ったかは覚えてません。でも、ふと窓の外を見ると、屋根の上に誰かが立っているのが月明かりで見えたんです」
「そ、それは誰やったん? どんな奴だったんや」
性急に村野先輩が言う。
長野先輩が目で彼女を制する。
「部屋の電気を消していたし、暗くてどんな人だったかも分からない。でも暗闇の中で確かに目が合ったのが分かりました。でもその瞬間、人影は窓ガラスを割って、部屋に入って来て……」
その時の恐怖を思い出したのか、彼女は急に言葉を止めた。
「深町、分かる範囲でいい。そいつに何か特徴はなかったか? 」
「わかりません……。部屋から逃げようと必死だったから。ドアに手がかかったところで顔を思い切り殴られて、すぐに鍵を掛けられたんで。悲鳴を上げて助けを求めたら持っていた何かを振り回して襲ってきて。……怖くて腰が抜けて、這って逃げるしかできなかった。その瞬間、膝に激痛が走って、意識が朦朧として」
そう言うと、彼女は顔を伏せた。
「お前が知っている人間では無かったのか……」
独り言のように長野先輩がつぶやく。
深町先輩は意味を理解できなかったのか黙ったままだ。おそらく、怨恨説を考えて、彼女の知っている人間ではなかったか問うたのだろう。
「犯人はやっぱりこの島に留まってたんや。こりゃホンマにやばいわ。ウチ、怖くて耐えられへん」
半泣きになった顔で村野先輩が喚く。
「犯人がこんなところまで来るなんて、本当に危険です。長野先輩、あたし達はどうすればいいんですか? 」
綾までが弱気なことを言い出す。
長野先輩は腕組みをしてベッドに横たわる少女を見つめる。
彼女はどういうわけか視線をそらすようなそぶりを見せた。
それでも彼は見つめ続ける。
暫くの沈黙が続く。
長野先輩は何故、彼女を見続けるのだろうか? その視線は彼女を責めているようにさえ見える。
「何なんですか。どうして私をそんなに見るんですか? 」
耐えきれなくなったのか、ついに彼女が口を開いた。
「痛い思いや怖い思いをしたおまえを責めるつもりはない。……しかし、他の部員達だって恐怖を感じているのが分かるだろう」
問いかけに彼女は頷いた。
「だったら、本当のことを話してくれないか。逃げるのに必死だったから何も見えなかった、それは分かる。だが、おまえはずっと部屋の電気を消して起きていたんだろう? 暗闇には目が慣れているはずだ。そして外を見ていたんだろう。何かが見えたはずだ。……おまえの中でそれが誰だったか推測はできるだろう」
彼女はすこしうつむいて何かを考えているようだ。
責めるでもなく両手をズボンのポケットにいれ、彼女が口を開くのをじっと待っている。
その時、唐突にPHSの着信音が部屋に鳴り響いた。
深町先輩の部屋の机の上に置かれたPHSの着信ランプが点滅する。
着信音に僕は背筋が寒くなる思いがした。他の部員達も同様に感じたようだ。
しばらく動けずにいた。
PHSを手渡された時に、誰からかかってきたかわかりやすくするために、部員ごとに着信音を変えたことを思い出した。
そして、今部屋中に鳴り響いている音こそ、部長からの着信に割り当てた着メロだったのだ。
「そんなアホな!! 」
最初に村野先輩が口を開いた。
誰もが同じ感想だっただろう。
長野先輩が立ち上がり、机に置かれたPHSを取り上げる。
「もしもし、おい! 」
何度か同じ言葉を繰り返した後、小さくため息をついた。
「な、なんだったんですか? 」
「何も答えなかった。ずっと無言のままだったよ」
綾の問いに呟くように答える。そしてPHSのディスプレイを僕たちに見せた。
そこには”部長”と表示されていた。
死んだはずの部長からの電話……。ありえないことが起こった。これは一体どういうことなのだ。死んだ人間が電話をかけてきたのか?
それとも……。
「……さあ、深町。これで話しやすくなっただろう? おまえが思っていること、見たことを話してくれないか? 」
長野先輩は彼女を見る。
僕たちは彼女が語り出すのを待っている。みんなの頭の中に浮かんでいる、ある意味最悪のことを。
「……はっきりと見たわけではないんです。それに、そんなこと絶対にありえないことなんです」
言うべきかどうか悩んでいるようだった。
「暗闇で目があった人物、それは私の知っている人でした。でも、そんなことありえないはずなんです」
「誰やの、深町さん、はっきり言ってや! 」
ビデオを回しながら黙って聞いていた村野先輩がついに辛抱しきれずに叫んだ。
「……それは、……部長だったんです。でもありえない。彼は殺されたはずなのに。生きてここに来られるはずがない。それに、どうして私を襲ったのか……。信じられないことばかりで、何が一体起こったのか」
そういうと深町先輩を頭を抱え込んでしまった。
「そんなんありえへんわ! 部長は殺されたんやろ。なんで死んだ人間がここに来るんや。
与太話や!! 」
「そうだろうか? 」
喚いている村野先輩に長野先輩が答える。
「確かに長谷川は殺された殺されたはずだ。しかし、……誰か本当に確認した奴はいるのか? 」
そう言われ、村野先輩も他の部員も黙り込んだ。
僕たちが確認したのは、ただ地下に倒れた部長の姿だけだ。胸にナイフは刺さっていたが、それは本当のことなのかは、誰も確認していない。
下まで降りることができなかったからだ。
「でも、部長が生きていたとして、どうして深町先輩を襲う必要性があるんですか? 意味が分からないです」
綾が正論を述べる。
「そうだな。今は何一つはっきりしていない。長谷川が生きていることさえ確認はできていない。……すべてが謎ということだ。ただ一つ言えることは、今かかってきた電話が彼奴の電話機からのものだったということだ。それが彼からなのか、それ以外からなのかは分からない。しかし、これで一つの目的はできたな。……明日は再度研究施設に行く必要ができたようだ。何にしろ、現地で確認してみないと、次の推理に進むことはできない」
これで明日の行動が決まった。
僕たちは再び、あの研究施設跡地を訪れることになったのだ。……本当に部長が死んでいるかを確認するために。
こんなことをするとは思いもしなかった。
生きていてほしいと思いこそすれ、死んでいてほしいなんて思わなければならないとは。
もし部長が生きていて、深町先輩を襲ったというならば、どういう意図なのだろうか?
すべては謎でしかない。僕の頭脳では、なんら解決策は見いだせそうになかった。
「ウチらはこれからどうすればええんや? 」
「どちらにせよ、外部からの侵入に備えなければならないな。今晩はもう大丈夫だとは思うが、その油断をついてくるかもしれないからな」
「部長が襲ってくるん? 信じられへん」
「誰も部長が襲ってくるとは言っていない。あくまで可能性の一つでしかない。まだ深町を襲った人間が部長とは決まっていないのだから。明日確認をしてみるまでは、部長以外の何者かという推測も否定できない」
「みんながバラバラに部屋で寝るのは、危険なんじゃないでしょうか? 」
綾が再び口を挟む。
「確かにその通りだ。みんなが別々の部屋にいるのは危険だ。万一襲われた時に手遅れになる。食堂でみんなが寝るようにすればいい。そして交代交代で見張りをすれば乗り切れるはずだ」
「男の人と一緒に寝泊まりするんか。何やイヤやなあ。……でもしゃーないか。命には代えられへんもんなあ」
「大丈夫だ。おそらくそれも今晩限りだ」
「どういうことですか? 」
長野先輩の意味深な言葉に綾が反応する。
「いや、何でもない……。ちょっと気になることがあってな。それは明日確認してくるさ」
それ以上は何も語らなかった。
僕は彼が何を思い行動しているのかは理解できなかった。しかし、何らかの閃きがあったのは間違いない。
ほかの部員も意味が分からないまま、話を打ち切るしかなかった。
「さて、下へと移動するぞ。布団や荷物を下ろさなければならないから、田中も手伝ってやってくれ」
僕たちは食堂へと移動することにした。
深町先輩は一人では歩けないので、長野先輩が彼女を背負って行く。
僕は彼女の荷物と、布団を運ぶことにした。
それぞれが自分の荷物を食堂へと運び、僕は長野先輩とともに女性陣と自分たちの布団を食堂へと運び入れる。
その間、綾達は深町先輩の側にいた。
食堂のテーブルや椅子を玄関へと移動させ、なんとか全員分の布団を敷くことができた。
「これでいいだろう……。みんなもう今日は遅い。明日に備えてさっさと寝るんだ。朝までの見張りは俺がやる」
そう言うと、先輩は食堂の隅に追いやられたソファーに腰掛けた。
「電気は消さないでください……」
横になっていた深町先輩が彼を見る。
「ああ、いいだろう。みんなも異論はないな? 」
誰も文句は言わなかった。
僕は暗くなければ眠れないタチだが、彼女のことを思うとそんなことは言えなかった。
それに疲れているし、たぶん眠れるだろう。
布団は横一列に並べられ、奥から深町先輩、村野先輩、綾、そして僕となっている。
僕は布団に入ると横を見た。
隣で綾が僕を見ていた。
「徹君、おやすみなさい……」
そう言うと彼女は目を閉じた。
「おやすみ」
僕も彼女に答えた。
綾と一緒に寝るなんて、本当に小学生の低学年の時以来だ。
昔の記憶が蘇る。
あの頃は、綾と僕、そして二つ上の彼女の兄貴とよく一緒に遊んだな。
楽しかったな。少しだけ懐かしさがよぎった。
綾の隣では、村野先輩がうつぶせになって、どうやら今日撮影したらしいビデオを見ている。
僕は少しあきれたが、やってきた眠気に耐えられず、いつしか眠りこんでしまった……。
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