第13話 旧日本軍施設探索

「さて、出かけることにする」

 部長を先頭にミステリ研究会の面々は、旧日本軍のかつての研究施設であり、その後製薬会社の研究施設となった場所へと歩き始めた。

 部長、深町先輩、綾、僕、村野先輩、長野先輩と縦に並んで歩いていく。

 何となく連行されているようにさえ思えるな。

 照りつける夏の日差しに、すぐに体が汗ばんでくるのがわかった。

 時折、木々に日差しが遮られた場所に来ると涼しい。蝉の鳴き声がいやに騒々しい。こんな本土から離れた無人島にも蝉の鳴き声があり、生態系はどこにでも存在するのだなとか思ったりする。

 右手にはどこまでも続くかと思えるような海が広がり、岸壁に小さな飛沫を上げている。道は崖沿いを這うように作られており、セメントで舗装されている。舗装といってもすでに朽ち果て、あちこちで雑草がセメント舗装を突き破り生えている。雑草の生命力と、この島の廃墟化具合がよくわかる。


 じりじりと照りつける日差しが部員達を襲い、みんなはタオルで吹き出す汗を拭っている。

 時折、部長と深町先輩、そして綾が何か会話を交わしている。

 肩に食い込んだクーラーボックスの紐が鬱陶しい。全くこの重さは何だ?


「田中、だいぶへたってるみたいやけど、まだまだ先は長いからがんばりや」

「あ、はい。がんばりますよ」

 村野先輩の問いかけに答えるのも怠い。前方では部長の話で盛り上がっている。深町先輩も綾も笑い声を上げながら楽しそうだ。

 それに村野先輩も参入して、さながら仲良しクラブのピクニックのようだ。僕も会話に入りたいが、ずっしりと肩と背中にのしかかる荷物のためにそういった余裕が無い。呼吸がかなり荒くなってくる。

 もう休憩することだけが僕の頭の中を占めている。

 

 ふと後ろを振り返ると、長野先輩が無言で歩いている。呼吸は全く乱れていないし、この暑さなのに分厚そうな上着にブーツという出で立ち。上着はボタンを全てとめている。普通なら暑くてたまらない筈なのに汗もかいていないようだ。

「長野先輩、暑くはないんですか? 」

 目があったので、とりあえず話しかけてみた。

「この程度の気温は、暑いとは言わない」

 ぼそりと呟き、それっきり黙り込んだ。

 全く、話の糸口さえつかまさない人だな……。

 時折彼の体から金属が摺れるような音がする。なんなのかはわからないけど。

 イメージ的に武器なんかもってそうだな。

 僕は前をむき直し、歩くことを続ける。

 いろんなことを考えて少しでもこの苦痛を忘れようとするが、そんなことは不可能だった。ジリジリと照りつける日差し、肩に食い込むクーラーボックスのベルト。そして普段運動をしていないのに長距離を歩くことの苦痛。すべてが僕を苦しめる。他のことを考えて意識をそらそうとしたって、やはり痛いものは痛い。

 冗談抜きで意識がなくなりそうな気さえする。

「大丈夫? 」

 不意に声をかけられて顔を上げると、いつの間にか綾が僕の隣に来ていて、心配そうな顔でこちらを見ていた。

「あ、ああ……。たぶん、大丈夫」

「何だったら荷物持つわよ。徹君は普段から運動不足なんだから、限界じゃない? 」

「いや、大丈夫だよ」

 まさに限界だが、強がってみせる。

 綾は何も言わず、僕の背負ったリュックを取り上げた。

「無理しないでね。倒れたりしたら大変なんだから」

「ありがとう……」

 僕はポツリと言った。

 女の子に助けて貰っているということに罪悪感を感じたせいか、声に力が入らない。

「あー!! そんなんあかんで、綾ちゃん! 田中は荷物運びが仕事なんやから、手伝ったりしたらいかん。……だいたい、男なんやから、これくらいの荷物で根を上げるなんて恥ずかしいわ!! 」

 村野先輩がそう言いながら近寄り、綾が担ごうとしたナップザックを取り上げようとする。

 綾は抵抗してそれを手放そうとはしない。

「あたしが持つんで気にしないでください。徹君も重い荷物を持ち続けているんで限界みたいですから」

 言葉は丁寧だが、しっかりとした意思を示す態度を彼女は示している。

「そ、そう? 山寺さんがええっていうんだったら、それでええんやけど……」

 先輩は気圧されたように引き下がった。

「綾……。やっぱり僕が持つよ。荷物運びは僕の仕事だからね」

「大丈夫大丈夫。そんなことより徹君はもう限界でしょ。無理してるの分かり切っているから、強がりを言わない」

「ごめん……」

 僕は呟いた。

 綾は軽くウィンクをするとさっさと歩き始めた。

「話は付いたようだな。行くぞ……」

 僕たちのやりとりを見ていた部長が不機嫌そうに呟いた。

 再び僕たちは歩き始めた。


 途中の岬の木陰で休憩を取りつつ、僕たちは一時間の行程を終え、やがて前方に目的地が見えてきた。


 視界が開け、古ぼけた建物が見えてきた。

 山を削り取って造った広場にいくつかの建物が建っている。

 敷地には雑草が生い茂り、地面が見えない。地面どころか大きく成長したそれの一部は

 建物の一階の窓さえも覆い隠しているものもあった。

 部長達が切り開いたのか、獣道のような物が敷地を這うようにできている。


 崖に張り付くように四階建ての古ぼけたコンクリート作りの建物が二棟。それらは渡り廊下で繋がっているようだ。元は白かった外壁の色も風雨にさらされたせいか、どす黒く黒ずみ、窓ガラスはあちこちで割れている。

 山側の建物の屋上には無線か何かのアンテナが倒れているのが見えた。通信施設か?

 二つの建物は外観は似ているが、窓の形状から、片方が研究室棟、もう一方が宿舎か何かと思われる。


 その側に燃料タンクらしきものが二つ。どちらも赤茶けた錆に覆われている。あちこちに穴が空いているのが分かる。

 少し離れた海側に二階建ての木造の瓦葺きの建物もある。これは他の建物より更に年代が古い物のようで、屋根瓦は割れ、一部は朽ち果てたのか無くなっている。建物自体が微妙にゆがんでいるのが遠目にもわかる。

 奥の方には、倉庫らしき物が二棟。これらはブロック作りの平屋だ。入り口には錆びて朽ち果てたシャッターがある。中がどうなっているかは、ここからではうかがい知れない。しかし、その形状からするに、車庫だったと思われる。

 その他、小さな小屋が数棟。

 これが施設全体だ。

 山を切り開いて造った広場に密集するように、これらの建物が無秩序に並べられている。

 そして海へと続いている。

 海岸の方を見ると、防波堤の突端に古ぼけた灯台が建っている。しかし、この施設の面する港は、現在では全く機能していないようだ。防波堤があちこちで寸断され、崩れ落ちているのがここからでも分かる。

 何らかの力が働いて破壊されたようだ。

 小さな船でなければ、この港には入ってこれないだろう。


 僕は肩に食い込むクーラーボックスを降ろして、そこに腰掛けた。

「ふう……」

 思わずため息が漏れる。

「お疲れさま」

 綾が僕の隣に座る。

「荷物持たせてごめん。重たかっただろう? 」

「全然。徹君とは鍛え方が違うからね」

 そういって微笑んだ。

「この借りは、近いうちに返すから」

「うん、当てにしてないけど、まあ期待しておきますか」

 僕も微笑んだ。


 時間を見計らい、僕はクーラーボックスの蓋を開け、そこに入っているペットボトルをみんなに配った。

 氷を大量に入れていたから、飲み物はかなり冷えている。

 村野先輩にはみんなに渡した物とは全く違うお茶を手渡す。

「ありがとう。これこれ、これやないとあかんのや。ウチはこのお茶やないと飲めへんのや。……うー。キンキンに冷えててうまそうや」

 そう言ってお茶を受け取ると、腰に手を当てグビグビと音をたてて飲む。


 黒ずんだ深緑色の不気味な液体をあんなに旨そうに飲むなんて、とても信じられない……。そんなことを思いながら、僕もペットボトルのスポーツドリンクを飲む。水を欲する体に染みこむようだ。ほんの一瞬ではあるが、生き返る。


「さて。みんなご苦労様。疲れたかもしれないが、これからが本番だ」

 そう言って部長はみんなの注目を集めた。

 リュックサックから何か図面を取り出して地面に広げる。

 部員達はその図面の周りに集まった。

 そこにはどうやらこの周辺の配置図らしき物が書かれている。一体、部長はこれをどうやって入手したのだろうか。

「この図面を見てくれ。これはここの施設の配置図だ」

 言いながら、マジックのキャップを開ける。

「今から探索する担当分けをする。……崖よりの4階建ての建物だが、昨日も私が探索していたので、私が探索を担当する。その隣の同じ4階建てのは山寺君と田中君でお願いしたい。面積は広いが二人いるからいけるかな。どうだろう? 」

「あ、はい。分かりました」

 綾が楽しそうに答える。

 僕も返事をした。

「よし。次に奥にあるブロック作りの車庫近辺だが、これは深町君が担当してくれ。倉庫類は村野君、お願いしていいだろうか? 」

 部長に二人が答える。

「最後に、長野。君には瓦葺きの建物付近をお願いする」

「ああ。いいだろう」

 ぽつりと長野先輩が呟く。

「よし、これで決定だな。敷地内は雑草に覆われていて、蛇とかがいるかもしれない。 注意してくれ。それとみんな常にPHSは手放さないように。そして何か有ればすぐに連絡するように」

 部員達は、それぞれ指示された場所へ向かって歩き出した。

「君たちも早速調査に取りかかってくれ」

 そう言い残し、部長も僕たちが調べる建物の隣の、同じく四階建ての研究施設へと走っていった。

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