第12話 出発
さて……。
僕は誰もいなくなった食堂に佇んだ。取り立てて準備をするものはない。シャツの胸ポケットにはPHSを入れたままだし、持っていくものはこの食堂に置いてある。懐中電灯、カメラ……。
僕が持っていくのはこの二つが入ったナップザックと昼食が入ったクーラーボックスくらいだな。
僕は冷蔵庫を開け、ペットボトルのお茶をクーラーボックスに人数分詰め込んだ。その上に女性陣が朝作ったと思われるおにぎりをあるだけ押し込む。
「あ、そうだ。……危うく忘れるところだった」
僕は食器棚の扉を開け、そこから小さな鍵を取り出した。
それは村野先輩に教えてもらった2つある冷蔵庫のうちの小型の冷蔵庫を開けるための鍵だった。僕は冷蔵庫の扉を開けると、不気味な色合いをしたペットボトルを2本取り出し、クーラーボックスに入れる。
村野先輩専用のダイエット?茶だ。
これを忘れたらどんな災難が僕を襲うか考えるだけでも恐ろしい。危ない危ない。
扉を閉めると、きちんと鍵をかけ、元の場所に返す。それから冷凍庫を開け、そこから保冷材を取りだし、おにぎりの上に置く。蓋を閉めてロックをかける。
ふう、これで準備は完了だ。
何気なくクーラーボックスを持ち上げてみる。
「う、なんだこれ、お、重い……」
これは相当な重さだ。
考えてみると500mlのペットボトルが12本(人数×2本)だから、それだけでも6キロくらいある……。あと保冷材やおにぎり、クーラーボックスの本体の重さもあるから10キロ近いのではないか……。
これを持って一時間以上も歩かないといけないとは。
外は相変わらずの真夏の晴天。こんな炎天下で歩かされるとなると、熱中症及び重労働で死ぬかも。そんな予感がしたりして。しかし、愚痴をこぼしても仕方がない。
僕はナップザックを背負い、クーラーボックスのベルトを肩に掛けると、玄関へと歩いていった。
玄関には、まだ誰も来ていない。集合時間にはあと少しあるようだ。
外を見ると、まぶしい夏の日差しが照りつけている。
帽子無しでは日射病になりそうだ。。
僕は慌てて部屋へと駆け戻り、置いてある帽子をかぶった。
バックを開き、中からタオルを取り出し、首にかけた。これでとりあえずの日差し対策は完了だろう。
玄関へとたどり着くと、部長が靴を履いているところだった。
階段を歩く音がして、女性陣三名もやって来た。彼女たちはめいめいが日焼け対策をしているようだ。とりわけ村野先輩の服装は仰々しく、大きなつばのある麦わら帽子、分厚そうな黒い長袖シャツ、大きなタオルを首にかけ、手には手袋までしている。肌の露出はほとんど皆無といった感じだ。
「さて、そろったようだな。みんな準備はいいか? 」
野球帽をかぶりながら、部長がみんなに問いかける。
「あれ、長野先輩がおらんけど」
「俺ならいる……」
声にみんなが振り返ると、僕たちの背後にいつのまにか長野先輩が立っていた。
村野先輩が驚きの声を上げる。
「うわ!!びっくりしたなあ。先輩、いつのまにやら来てるから、びっくりするやん」
長袖のジャケットを羽織った男は何も言わずに靴を履きだした。
全く気配を感じさせずに背後に忍び寄るとは。ただ者ではない。
なんらかの武道、それも並じゃないことをやっているな……あの人は。僕はそう思わざるを得なかった。
「ハア、ほんまびっくりさせるわ。いっつもあんなんやから、怖いわ……。迂闊にうわさ話もでけへんなあ」
驚きを隠さずに村野先輩が呟く。
「さあ、みんな行くぞ! 」
部長が僕たちをみて言う。
慌てて他の部員達も靴を履き、玄関を出ていった。
僕もスニーカーを履き、クーラーボックスを肩に担ぐと、外へと出た。
「さあ、みんな準備はいいか。忘れ物はないな? 田中君」
僕が外へ出るのを待っていたかのように、部長が指示する。
「はい。カメラ、懐中電灯、メモ帳、マジック、白墨、飲み物、そして昼食。すべて言われていたものは準備できてます」
部長は頷く。
「みんなもPHSは準備できているな? 操作方法は前に伝えた通りだ。それぞれに短縮登録しているから、誰からの通信かもわかるようになっている。それとそれぞれの機械はわかりやすいように着信音を変えている。その辺りはいじらないでくれ」
みんなはPHSをめいめいに取り出し、発信したりして動作の確認をする。
「ここから現地までは徒歩で約1時間程度だ。この暑さだから途中休憩を挟みつつ行こうと思う。……何か質問はあるかな」
「ふえええ。炎天下一時間!! 死にそうやわ」
村野先輩が不平をぶちまける。
ダイエットには丁度いいんじゃないかと思うが、それは言わない。
「あ、部長……」
「どうしたんだい、山寺君」
綾の問いかけに素早く反応する部長。
「この宿泊施設に鍵はかけておかなくて良いんですか? 」
「ははは。大丈夫だよ。この島は見ての通り、無人島だ。おまけに人の住む島からはかなり離れているし、近くに漁場もない。だからこの付近に近づく人なんてまずありえないさ。さらにこんな何も無い島にわざわざ上陸してくる可能性なんてまず無い。山寺君は心配性だな……」
「そ、…そうですね。鍵なんて必要ないですね」
「その通りだよ」
「綾ちゃんは、ほんま心配性やなあ」
村先輩野も呼応する。
僕以外の部員はみんな同じ意見だろう。
しかし、綾の心配はわかる。昨晩に見かけたという人影のことを心配しての発言だ。
彼女は僕の方を見ている。僕は首を横に振り、ここで話すべきではないと目で合図を送ると、仕方なさそうに頷いた。
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