第8話 部員たちの秘密
さてさて、この人は本当によくわからないなあ。
何気なく彼の腰のあたりを見ると何か黒いものが取り付けてあるのが見えた。確かこれ、映画か雑誌で見たことがあるぞ。……そうそう、ちょっと売れたアクション映画の敵キャラが使っていたんだ。……仕込みナイフだ、これ。こんなもの何するつもりだろ。
ふと考える……。
噂で聞いた話で眉唾物だけど、彼の性格と態度からして色々とトラブルに遭遇することが多いらしい。敵も多いから常に武装しているとかって聞いたな。
入学当時から先輩に目をつけられ、呼び出されたりしていたそうだ。それに夜とかも繁華街をウロウロしている姿を目撃されている。
上記の事から想像されるように、当然ケンカになり相手をボコボコにしてしまうらしい。彼は危険を避けるタイプというより、むしろ好んで危険に身を投じるタイプのようだ。
ただ、長野先輩の祖父が地元選出の代議士だから、警察はそれをもみしてしまっているとかいう噂だ。そのソースは不明なんだけど。
そう思われても不思議でないのが長野先輩だ。足下に置いてあるウェストバックの中にも何が入っているかわかったもんじゃない。
……。
しかし、このミステリ研究会は、2人の美少女と、会社社長の金持ち息子と代議士の孫という結構、というかかなり凄い部活だな。普通集まらないぞ。学校全体ならなんとか理解できるレベルかなあ。
なんでもないのは僕と村野先輩くらいか……。もっとも村野先輩も普通ではないんだけど。
ずっと無言で座っているのに耐えきれなくなった僕は、席を立った。
周りを見回すと、綾と部長、そして村野先輩が何かを話している。
深町先輩は考え事をしているのか、話の輪から少し離れた場所でコンロの中の炭火をじっと見つめている。
よし、深町先輩に話しかけてみよう。僕は彼女の方に歩いていった。
「深町先輩、隣いいですか? 」
しばらく反応がなかったが、急に気付いたようにこちらを振り向いた。
「あ、ごめんなさい。ちょっとボーっとしてたから。どうぞ」
「あ、すみません」
僕は彼女の横に腰掛けた。
「先輩、どうしたんですか? なんだか元気がないようですけど」
「そんな風に見えるかしら? ちょっとお酒のせいでぼんやりしているのかもしれないわ」
「そうなんですか? あ、ちょっと待ってください」
僕は席を立つと向こうで村野先輩と話している綾に叫んだ。
「おーい、綾。そこのクーラーから飲み物取ってくれないか! 」
僕が先輩の横にいるのを見て一瞬むっとしたような顔をした。
「何を取ったらいいの? 」
「ビール以外にあるかな」
綾はクーラーの中をごそごそと探し、どうやら見つけたらしい。
右手に小さめの缶を持っている。烏龍茶と書かれているのが見えた。ビールばかりでは無かったようだ。まああたりまえか。
「はいどーぞ! 」
ぶっきらぼうに言うと、綾は僕に向けてその缶を投げた。
放物線を描いて僕のほうに飛んでくる。
僕は右手を伸ばし、缶をキャッチした。……したはずだった。
ゴン!
鈍い音がしたと思うと、僕の顔面に激痛が走った。金属音を立てて烏龍茶の缶が下に転がり落ちるのが見えた。
「徹君、大丈夫! 」
驚いた顔で綾が駆け寄ってくるのが見えた。
缶は僕の額にまともに当たったようだ。押さえた手を下ろし見てみると、血がにじんでいた。額が切れたんだ。
「ご、ごめんね。大丈夫、ごめんね。……血が出てるよ。大丈夫なの」
泣きそうな顔で綾が僕を見る。
ポケットからハンカチを取り出し、額に当ててくれる。
「大丈夫だよ。ちょっと受け損ねただけだから」
「あたしがきちんと渡したら良かったのに……。ごめんなさい」
「たいした怪我じゃ無いから平気だよ。心配しなくても大丈夫。酔ってるからちゃんと取れなかった僕が悪いんだ。綾は悪くないよ」
目の前の少女は少しパニック状態になりつつある。普段の彼女からは想像できないくらい、オロオロとしている。
「山寺さん、中に救急箱があったからそれを持ってきて」
今まで黙っていた深町先輩が指示する。
誰に言われたのか分からないのか、綾は相変わらず取り乱している。
「山寺さん、急いで!]
「は、はい! 」
綾は慌てて建物の中へと駆けていった。
「田中君、傷は大丈夫? 」
「ええ、ちょっと額が切れたみたいですけど、どうってことないですよ」
「ちょっと見せてみて……」
言うより早く、顔を近づけてくる。
ふんわりと良い香りが漂ってきた。何の香水なんだろう……。
「うーん、傷はそんなに深くないみたいだから、絆創膏でも貼っておけばいけそうだね」
僕は彼女の言葉を上の空で聞いている。
すぐ側にほとんどふれそうな位置に深町先輩がいる。彼女の唇が僕の鼻にあたりそうになる。……このままぐっと抱きしめてキスなんかしたらどうなんだろう。
そんな変な気持ちになる。
「先輩、持ってきました」
僕の妄想を遮るように綾が駆けてきた。右手には救急箱を持っている。
「じゃあ山寺さん、箱の中から絆創膏を取りだして、田中君のおでこに貼ってあげてくれる? ちょっと切れているだけだから大丈夫みたい」
そういうと、彼女は僕の側から離れる。入れ替わりで綾が絆創膏を片手に近づき、たどたどしい手つきで絆創膏を貼る。
「ありがとう」
僕が言うと、綾は俯き小さな声で「ごめんね」とつぶやいた。パニック状況は既に脱しているようで、とりあえず良かった。
おでこに手を当て、きちんと貼られていることを確認すると、僕は深町先輩にもお礼を言った。
「ううん。田中君も怪我が大したこと無くて良かったわね。ほんと、缶が当たったときはどうなるかと思った。鈍い音がしたから」
「大げさですね、先輩は。あれぐらいでどうこうなるようなヤワな体じゃないですよ」
意味もなく格好を付けてみる。缶を顔面キャッチした段階ですでに格好よくないんだけれども。
「違うわ、田中君は大丈夫だってすぐに分かったけど、山寺さんがあんなに慌てるなんてびっくりしちゃってね。こっちまで驚いてしまったわ」
綾は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「やっぱり自分の彼氏が怪我をしたって思うとああなるのかしらね」
その言葉を聞いたとたん、今まで俯いていた綾が反論する。
「彼氏じゃ無いです。徹君はそんなんじゃないですよ。……ただ、あたしが投げた缶が徹君の顔面を直撃したんでびっくりしたんですよ。すごい音がしましたから。おまけに頭から血を流しだすもんだから、怪我させちゃったかなっていうことで焦っただけです」
「ふうん。そんな感じだったのかしら。私にはそうは見えなかったけど。……その後のやりとりは、凄く仲の良い恋人同士のやりとりに見えたけど。本当に心配そうにしていたもの。山寺さんがあんなに取り乱すなんて初めてみたから。田中君は山寺さんの中ではとっても大事な存在みたいね……。うらやましいわ」
冷やかすように深町先輩が綾をからかう。その言葉にまた綾は反応し、真っ赤な顔になって反論を繰り返している。
そんな二人をボンヤリと見つめる。
ああ、深町先輩ってあんなふうに楽しそうにしていることもあるんだって思った。普段は落ち着いた感じで、どこか悲しげでそして寂しげな顔をしている。その姿は綺麗だって思うけど、綾と姉妹のようにはしゃいで笑っている姿の方がもっと素敵だと思う。
深町先輩にあんな一面もあることを知り、それだけでも合宿の成果ありだ。
「もうー知りません。もー知らないんだから。先輩なんか嫌いです。大嫌い!! 」
あまりにからかわれたせいか、綾は怒ったようで、立ち上がって歩いていった。
「遅くなりましたけど、お茶をどうぞ」
僕はやっと本来の目的を達することができた。
「ありがとう」
そう言って僕に微笑んだ。
外灯の薄暗い光に照らし出された彼女の顔は青白く光り、妖艶ささせ漂わせる、なんとも言えない美しさを持っていた。
どういう訳か鼓動が高鳴るのを感じる。
黒く長い髪、華奢な体つき。深淵を思わせるような黒い瞳。
……まさに吸い込まれそうだ。
そして吸い込まれたら、そのまま深きその谷底に墜ちていきそうだ。
「田中君、今日はご苦労様。いろいろ手伝って貰ってありがとう」
「いや、とんでもないですよ。僕なんか荷物を運んだだけですから。先輩こそいろいろな準備で大変だったでしょう。村野先輩や綾は手伝ってたといっても邪魔してただけみたいですから」
深町先輩はクスリと笑った。その顔は小悪魔のようでもある。
見るたびに彼女の顔は表情をコロコロと変え、まるでとらえどころがない感じがする。
「山寺さんはよくやってくれたわ。確かにあまり慣れてないみたいだけど、一生懸命だから。……ほんと、見てて可愛いわ。1つしか変わらないんだけど、妹みたいな気がするわ」
「まあ、あいつは生活能力ゼロですからね。さっきもあいつの焼いた肉を食わされて、やばかったですよ。何せ生肉ですからね」
「ふふふ。でも彼女は田中君の為にいろいろ一生懸命やっているのよ。昨日だってあなたの泊まる部屋の掃除も時間をかけてやってたわ。さっきだって田中君が額から血を流しているのを見た途端、あんなに取り乱しちゃって。……自分が原因だったといってもあそこまでばたついちゃうんだもの。本当に心配してたんだわ。……幸せものね。あんなに可愛い子を彼女にしてるなんて」
僕の彼女云々っていう発言はともかく、部屋の掃除の件は聞いていなかった。確かに、部屋は誰かが暴れたように荒らされていたから掃除をしたとしたら綾しか考えられないとは思うが。
「そうなんですか……。あとで綾に礼を言っておきます。でも、先輩」
「はい? 」
「僕とあいつはつき合っている訳じゃないですよ。彼女とは幼なじみで兄妹みたいに生活してきただけですよ」
「そうかもしれないわね。でも、山寺さんがあなたに好意を持っていることは間違いないわよ」
いかん。これ以上この話題を続けたら、訳が分からなくなりそうだ。
僕は話題を無理矢理そらすことにした。
「ところで、前から不思議だったんですが、先輩はどうしてミステリ研究会なんかに入ったんですか? 」
「どうしてって? 」
「いや、先輩は僕たちと同じ時期に入部したし、どうしてミステリ研究会なんて地味な部活を選んだのか気になって」
彼女はコップのお茶を口に運ぶ。
「そうね……もともと推理小説とかに興味があったからかな。不可解な謎を論理的に思考し解決していくといったミステリの過程が好きだから、かな」
本当だろうか?
確かに彼女はどちらかといえばインドア派といったイメージだが、辛気くさい地味なオタクっぽいミス研に入るようなタイプではない(ミステリが辛気くさくオタクというのは偏見でしかないけど)。
部長とつき合っているということから推測するに、恋人がミステリ研究会に入っているから自分も入部したと考えるほうが良さそうだ。それは口にする必要性はないが。
「はあ。そうなんですか。なんかイメージとは違いますね」
「興味の無い人から見たら、ミステリ小説を読むこと自体は何とも思わないかもしれないけど、ミステリ研究会って聞くとオタクの巣窟みたいに思えるわね。でもそれは一面をとらえただけの偏見のようなものだわ。
確かにミステリのような事象は現実世界では考えられないけど、架空世界の論理基準に基づいて、その事象の隠された秘密を暴くパズルみたいなゲームを楽しむのも悪くはないわ。パズルと思えばそれほどコアなものじゃないでしょう?
そう言う田中君こそどうしてミス研に入部したりしたのかしら? 」
「僕の場合はもっと単純ですよ。綾に脅されて入らされただけですから」
「ふふふ、山寺さんが入ったから、あなたも入部したってことね」
いかん!また話が元に戻ってしまう。
僕は少し焦った。
確かに綾に誘われはしたが、僕が入部する理由は無い。ただ辛気くさいオタクの巣窟に綾一人を行かせるのが心配だったのは事実だ。さらに噂で聞いた話だけど、そこの部長が女癖が悪く、手が早いという噂を聞いていたから余計に放っておけなかったというのが本音だから。
それはあくまで幼なじみとして変な男に騙されないように気遣っての話だけど。
「いやいや。そういうものでは無いんですよ。僕は僕なりにミステリに興味があってのことですから」
「あんまり苛めても可哀想だから、これくらいにしておきましょうか。ちょっとごめんなさい」
そういって深町は席を立った。そのまま宿泊所の中へと消えていった。
トイレなのかな。
僕は一人になったということで、どうしようか考えていた。コップの中で生暖かくなったビールを飲み干す。
少し気持ち悪い。おまけにさっき烏龍茶の缶が当たった頭が痛む。
何気なく周囲を見ると、綾と村野先輩、そして部長が話し込んでいる。
長野先輩はいつの間にかいなくなっていた。彼は一体どこへいったのだろうか?全く気付かなかった。いつも捕らえ所の無い男だ。
「どうしたのかい? 」
唐突に話しかけられた。
いつの間にか部長が僕の前に立っていた。
「部長……、お疲れさまです。どうぞ」
僕は慌ててビールを注いだ。
「ありがとう。……田中君こそお疲れだったね。君一人にいろいろ雑用を押しつけてすまなかった」
「いえいえ、一番の下っ端ですから仕方ないですよ」
部長は一口ビールを飲むと、再び話し始める。
「どうだい、田中君。……ミステリ研究会の活動には慣れたかい? 」
「え? ああ、楽しいですよ。みんないい人ばかりですからね」
何を思ってわざわざ僕の所に来たんだろう。しかも意味ありげな聞き方をしてくるので、僕は警戒した。
「本当にそうなのかな? 私が見た限り、君はミステリとかにまるで興味が無いように思えるんだが。ミステリ討論にもあまり積極的でもないし、本を読んだりしている感じもしないんだが」
部長は酔っているのか、普段は言いそうもないような事を言う。口調は静かだが、なんだか攻められているかのようだ。目つきも普段以上に冷たい感じがする。
「確かにミステリ小説とか読んだこと無かったんで、討論とかには参加しにくいのは事実です。実際、これまであんまり本なんて読んだこと無かったですからね。でも僕なりにいろいろな本を読んでみたり、ビデオを見てみたりしてはいるんですよ。それで最近では、ミステリのおもしろさがわかってきた気がします」
僕は思ってもいないことを口にした。
ここはうまく逃げておかないと攻められそうだ。弱みを見せたらズカズカと部長に踏み込まれると考えた。
「それならいいんだけどね。事情を詳しくは知らないけれど、私が見た限り、君はミステリに興味を持ってミス研に入ってきたようには思えなかったんだ」
ビールを一気に飲み干す。
僕は、慌ててビールを注ぐ。
「それはどういうことでしょうか。僕が好きでもない部活動に入っているということでしょうか」
「はっきり言うと、そうだ。君がこの部にいるのは、どう考えても違う理由でとしか思えないね。別の理由……それは山寺君がいるからだろう? 」
部長は一気に核心に斬り込んできた。
ズバリその通りだ。バレバレだけどはっきりと指摘されると辛いものがある。
「はい。確かにミス研に入部したきっかけは、彼女に誘われたからです。最初は単なるおつきあい程度で来てたんですけど、ま、僕なりにミステリってやつに目覚めたのか、最近ではミステリ小説とかを読むようになりました。部活も楽しく思えています」
フン、と部長が鼻で笑ったように思えた。
世間一般にいう二枚目の顔に何やら冷たく、人を蔑んだようなものが現れた事を彼は気付いただろうか? それともこれは怒りの表情なのだろうか。
「まあ楽しくなってきているのだったら、それでいい。ただ、部活は恋愛目的のサークルじゃないことだけは理解してもらいたい」
「もちろんそれはわかってます」
僕は返事だけはきちんとした。
じゃあ部長はどうなんだ? という問いは発さずにいた。
深町先輩と恋愛関係になり、さらには綾にもちょっかいを出しているこの男、はたしてそのことを認識しているのだろうか?
そこで、はたと気付いた。
そう言えば、綾は部長に誘われたりした時に、必ずと言っていいほど僕の名前を出して断っていたように思う。まるで僕が同伴しないといけないかのように言い、部長と二人きりになるのを避けていたな。
その風景を見て、みんなが僕と綾がつき合っているように思ったのだろう。部長の苛立ちもそこから来ているのかもしれない。
綾をどうこうしようとしているかどうかは不明だが、他意も無く誘っているだけなのに、僕がいないとなんて言われたら気分を害するのは事実だろうし。女にもてて当たり前の人間にとって、プライドが傷つく行為なんだろうな。
確かに綾の部長の誘いに対する反応は明らかな拒絶は示さないものの、さりげない拒否をしていることは分かる。部長はどう考えるんだろうか。懲りずに何度も誘っているところを見ると、自分が絶対落としてやるっていう執念を燃やしているとも見えるんだけど、どうなんだろう。そのためなら土下座でもなんでもするのかな。
……そんなタイプには見えないけど。
想像はさておき、彼は邪魔な僕を排除したいと思っているのだろうか?
今日はアルコールが入っているため、普段言わないような事を言ってきているように思う。普段は自制心で抑制していたものが、アルコールの力で解放され、吹き出してきているのだろうか。
部長が本気で綾を口説こうとか思っているのかは証拠不十分の為、不明だ。同じ部に彼女がいるんだから、そんな行動はしないと信じたいのだが、部長の噂を聞くにつけ、信用はできないのも事実だが。(実際、部長と深町先輩はうまくいっていないという噂もあるし)
「実際、同好会みたいなもんだから、遊び感覚で入部してくる部員もいる。実際昔はミステリ研究会も女の子が多くてそれ目当てに入ってくる男子生徒もいたんだ。そいつらはすべてここを恋愛サークルと勘違いしてね。おかしな話だよ。恋愛がしたいならそれ相応の部活をすればいいんだ。……そうは思わないか、田中君」
「そうですね。でも、それはそれで仕方ないんじゃないでしょうか? 」
「それはどういうことかな」
射るような目で僕を見る。
「部長はミステリ研究会は恋愛禁止だと言われているんでしょうか? しかし、ミステリ研究会にだって、交際している人もいるんじゃないですか」
僕は意図的に部長のことを揶揄して言った。
一瞬ではあるが部長の口元が引きつったように見えた。
「恋愛はだめだといっているんじゃないよ。好きな子が入ってるからそれ目当てで入部するような不純な輩にはご遠慮願いたいっていっているんだよ。たとえば山寺君は誰が見たって美人だろう? そんな子がいたらとりあえず入部しようっていう奴も出てくる。自分がどの程度のレベルか、己を知らない輩が悲しいかな多いんだよ。果たしてお前達に山寺君と同じステージに立つ資格があるのか? って本気で言いたくなる。
まあそこまで言うとさすがに失礼だから、そういった連中にはとりあえず入部はお断りしているんだが、すでに入り込んでいる奴もいるんだ、困ったことに」
それは僕のことか? 少しカチンと来た。
偉そうなことをいって、僕が邪魔なだけだろう。恋愛目当てで動いているのは部長本人だろう。
「女の子目当てで入っても、結果的にミステリに興味を持ってもらえればクラブとしてはいいことじゃないんでしょうか? 」
「そんな連中にミステリを語ってもらいたくないよ。ミステリに興味もないのに女目当てに入ってきて、あわよくばどうにかしようと考えているゲスにはね。……もっと高貴なものなんだからね。ド素人に語る権利は無いんだ」
「ちょ、」
僕は完全に頭に来て、立ち上がろうとした。
普段なら我慢しているんだけど、アルコールのせいか抑えが効かない。
ぶっとばしてやる、マジで。
「二人ともどないしたんや? 深刻そうな顔して何話してるなあ」
村野先輩と綾が僕たちの所に歩いてきた。
助かった……。
これ以上部長と二人きりで話し込んでいたら、ヤバイ事態になるかもしれなかった。
「ああ山寺君と村野君。いや、大したことじゃない。田中君に部活に慣れたかって聞いていたんだ、なあ田中君」
今まで口論していたことなど無かったように冷静な口調で弁明する。
「あ、はい」
「まあそんなことはどうでもいい。二人とも座りたまえ」
そう言って部長は隣に綾を座らせた。手を綾の腰に回そうとして、さりげなく拒絶される。
言った先からこれか……。
部長を挟んで隣に僕、その隣に村野先輩が座った。
もちろん村野先輩の椅子は、僕が運んできたのだ。
「部長、明日の施設探検はどんな感じになるんでしょう? 」
部長の椅子にくっつくように置かれた椅子を気付かれないように移動させながら綾が聞いた。
「それは明日のお楽しみだよ。きっと謎の連続死事件に繋がる何らかの証拠があそこにある。それを発見するのが目的だからね」
「……せやけど部長、あそこは去年も見て回ったんやなかったです? 」
「去年の調査は表層的なものでしかなかったからね。今回はもっと詳細に調べる予定だ」
確かに村野先輩の言うとおり、去年もここで合宿をしているはず。こんな他に見るべき物もない島で、あの施設を探索せずにどこを探索したというのだろうか。
「去年はどこを探索したんですか? 」
綾の問いに、部長は言葉を失った。
何か言い訳を考えるように目線は中空を漂う。
「……去年はいろいろと他にもすることがあったからね。施設の全部を調べることができなかったんだよ。他に見るところもあったからね」
「そうやったかいな? まあ確かに去年の合宿では施設には最初に見に行っただけやけども、なんもなかったで。ウチ的には洞窟の」
「やめるんだ!! 」
村野先輩が何かを言いかけたのを遮るかのように部長が怒鳴った
「村野君、君は黙っていればいいんだ。それ以上言う必要は無い」
驚いた彼女は口をパクパクしている。
「せやけど、ウチは……」
「憶測だけでものを言うんじゃない。君は何も知らないんだ。余計なことは誤解を招くだけだ。山寺君達は何も知らない。そんな彼らに憶測だけの発言は誤解を招くだけだぞ」
「……すんません」
シュンとして村野は俯いた。
僕と綾は何も言えなくなった。
沈黙がしばらく続く。
「もういい。そろそろ夜も更けてきた。お開きにしよう」
そう言うと部長は宿泊棟へと引き上げていった。
部長と入れ替わるように、深町先輩がこちらへと歩いてきた。
「どうかしたのかしら? 」
「ちょっとありまして」
僕が答えると彼女は察したようだった。
「夜も遅いし、片づけをしましょうか? 」
「そうですね。手伝います」
黙り込んでいた村野先輩も、ショックから立ち直ったのか椅子から立ち上がった。
「ささ、後かたづけや、後かたづけ」
僕たちは各々に片づけを始めた。
コンロの炭に水をかけて消し、空き缶や紙皿をゴミ袋に入れていく。部長が借りた施設だけに、ゴミを捨てていくわけにはいかない。きちんと片づけをしなければ。残された女性陣も各々、片づけをしている。
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